ep.4 “Silensへの入隊”
早いですが、第二部に入りました。
まじで小説の才能芽生えました。
――と言っても、そもそも何をするのだろう。
言われるがまま、片浜指揮官に連れられてどこかへ向かっている。廊下の空気がやけに重く、足音だけがコツコツと響いた。
黙って考えごとをしていると、後ろを歩く桐生先輩がふと声をかけてくる。
「君……じゃなかった、蒼くんはどこの小学校出身なの?」
「新利根市立新利根小学校です」
「あれ? 私と近いね。私は新利根市立利根小学校だよ〜」
「なんか、僕の学校ではその学校、ちょっと治安悪いって聞いたんですけど……」
「…まあ、悪いには悪いけど、私は優等生だったから」
先輩は笑ってそう言ったが、どこか寂しそうだった。口元だけ笑っていて、目が笑っていない。何か、過去に引っかかることでもあるのだろうか。
そんな空気の中、片浜指揮官の低い声が響く。
「――着いたぞ」
顔を上げると、目の前には巨大なフェンスが立ちはだかっていた。『立入禁止』と大きく掲げられた看板。その奥に、長年使われていない旧一号館が静かに佇んでいた。
「先生が入るなって言ってた場所……まさか、ここに?」
「そうだ。ここは、物凄いセキュリティで護られている。――ほれ、キーだ」
片浜指揮官が差し出したのは、カードキーのようなものだった。
金属製でもプラスチックでもない、不思議な材質のプレート。手に取るとひんやりとして、指先が痺れるような感覚が走る。
「これを持っていないと、警報が鳴る。耳が潰れるくらいにな」
そう言って指揮官は、フェンスの脇のパネルにパスコードを入力する。電子音が鳴り、金属が擦れるような音とともにフェンスが開く。
長い間、草木に覆われていた旧校舎が、徐々にその姿を現す。
少し歩き、昇降口の前で、もう一度パスコードを入力して中に入る。
廊下の壁にはヒビが入り、埃が積もっていたが……どこか、"人が使っている"ような感覚がする。
「こっちだ」
職員室だったらしい部屋へ入ると、片浜指揮官が壁の一角に手をかざした。すると――空中にキーボードが浮かび上がった。その光景に、思わず息を呑む。
再びパスワードを入力すると、床がわずかに振動し、壁の奥から“エレベーター”が現れた。
「下へ行く。B1だ」
ゴウン――という低い音とともに、エレベーターが下降を始める。隣で桐生先輩が僕の肩をつつきながら、いつもの調子で話しかけてくる。
「なんかすごいでしょ。パスワード、毎週変わるし、覚えるの大変なんだよ〜」
「なんか、想像以上ですね……」
「それでやる気をなくされたら困る。君は運動神経もいいしな」
片浜指揮官の声が、冷たく、そして妙に重く響く。すぐに「地下一階です」と音声が聞こえて、エレベーターが停止した。
ドアが開くと、そこには真っ黒な廊下が広がっていた。天井のLEDライトが一筋だけ灯り、奥へと続く。
「この先に本部がある。ついてこい」
歩みを進めるたびに、緊張で喉が乾く。やがて、大きな金属扉の前にたどり着く。
片浜指揮官がカードキーをかざすと、電子音とともにドアが開いた。
「――ようこそ。ここがSilensだ」
中はまるでドラマで見る司令室のようだった。無数のモニター、オペレーターのような人たち、中央にはホログラムの地図。どこか現実離れしていて、けれど息遣いのような緊張感が漂っている。
「ただ、用があるのはこの下の階だ」
といい、ドアを閉め、再び地下への階段を降りる。
先輩が、少しだけ不安そうな声でつぶやく。
「蒼くんにはまだ言ってなかったけど……優斗くんにも、まだ話してないけどね」
「……?」
立ち止まった彼女は、少しだけ目を伏せ、言葉を絞り出した。
「君たちは“試験”を受けなきゃいけないの。――過酷な、稀に死傷者も出る試験を」
頭の中が真っ白になった。死傷者?試験で?それってつまり――死ぬかもしれない、ってことだ。
「し、死ぬって……何をするんですか?」
「えっとね、実弾を使った訓練とか、酸素濃度が低い環境下での耐久試験とか……あとは、とにかく走る、とか」
桐生先輩は冗談めかして笑ったが、その笑顔は少し引きつっていた。
「私も死ぬかと思ったけど、どうにかここまで来れたから」
その時、片浜指揮官が低い声で割り込んできた。
「死んだ場合は、“事故”として処理する。それだけだ。残念だが、ここではそれが現実だ」
背筋が凍る。訓練とは名ばかりの、命懸けの試験。
気づけば、地下二階の前に立っていた。ドアには「小会議室」とプレートがあり、片浜指揮官がカードキーをかざして開ける。
ドアの向こう――そこに、僕の“運命を決める試験”が待っていた。
ドアが開く。中は、会議室というよりも――作戦室といった方が近い雰囲気だった。灰色の壁、中央の長いテーブル、壁面に貼られた地図や無数のコード番号がある。そして、空気がひどく冷たい。
中にはすでに数人の生徒がいた。
全員、僕と同じ中学一年生。けれどその表情は年齢よりずっと大人びていて、何かを悟っているようにも見えた。その中のひとりが、僕の顔を見て立ち上がる。
「……やっぱり来たか」
その声を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。
――優斗だ。
「優斗……!」
「お前も呼ばれたのか。まあ、予想はしてたけどな」
彼は軽く笑うが、その目の奥はいつもと違う。冗談も軽口もない、覚悟を決めたような光。
その横で、桐生先輩が僕に向かって小さく微笑む。
「紹介しておくね。彼も同じ仮入隊候補。神山優斗くん」
「……知ってます」
少しだけ笑いが起こる。どうやら僕らが同じクラスだということは、すでに知られていたようだった。
しかし、同じクラスの人はもう一人いた。
「…岩城さん?」
「蒼くんもか〜!これからよろしくね。」
僕が声をかけるとやっぱり。僕の同じクラスで人気者でもあるあの、岩城優依さんがそこにいた。
「なんで…?」
「なんでって?それはいつか教えてあげる。それよりも早く座りなよ。玲奈の隣、開いてるよ。」
見ると、もう一人同じクラスの子がいる。中村玲奈。この子も同じクラスだ。他クラスも合わせると二十人ほどいる。各クラス四人ずつ選出されたのだろうか…。
片浜指揮官が前に立ち、短く息を吐く。
「全員揃ったな」
その声で、室内の空気が一瞬で引き締まる。
「これより、仮入隊候補生への初期ミーティングを行う。お前たちは本日をもって、Silens候補生として正式に登録される」
重々しい宣言だった。僕は思わず息を飲む。
「ただし、仮入隊にすぎない。実際に“戦える”と判断されなければ、記録から抹消される。――それだけだ」
“抹消”という言葉が、妙に重く響いた。指揮官は続ける。
「この組織は、表向きには存在しない。だが、国家防衛の裏で“教育機関を拠点に活動する防衛組織”として設立された。お前たちは、我々の新世代として訓練を受ける。拒否はできない」
拒否はできない――その一言で、会議室の空気が完全に凍りついた。桐生先輩が気を利かせるように少しだけ明るい声を出す。
「でもね、心配しなくてもいいよ!最初の試験までは、基本的な訓練だけだから。身体能力とか反射神経とか、そういうのを見る感じ。蒼くんも優斗くんも、案外得意でしょ?」
先輩の言葉で、少しだけ張り詰めた空気が和らいだ。ただ、僕は先輩の微笑みの奥に、どこか“試されているような”気配を感じていた。
また、片浜指揮官が口を開く。
「今日のところは説明のみだ。正式な試験はGW期間中。各自、心の準備をしておけ」
そう言って、鋭い視線を僕ら一人ひとりに向ける。目が合った瞬間、思わず息を止めた。
「――命を張る覚悟がある者だけが、ここに残れ」
その言葉の意味を、僕が本当に理解するのは、まだ少し先のことだった。




