005 兄が教えてくれた“遊び方”
回想を混ぜながら進めていきます。むずい。
木々のざわめきが、静かに耳をくすぐった。
枝と枝が擦れ合い、揺れた葉が太陽の光をまだらに遮る。
その下、倒木に背中を預けて、シュウユは小さく息を吐いた。
「……はー、やっぱすげぇなこの世界」
戦闘の余韻。
足元には光の粒となって消えたモンスターの痕跡。
汗は額から伝い落ち、微かに湿った風が首元をなでていく。
(一戦ごとの濃さが段違いだ。まるで一挙手一投足に意味があるみたいな)
ただ勝てばいいってものじゃない。
“どう勝つか”“どう戦うか”――それを考える余地がこの世界にはある。
そして、その余地を“遊び”として受け取れる自分がいる。
「そういや、あいつも言ってたっけな」
言葉とともに、記憶の底から声が浮かび上がる。
「“勝ちたい”より“遊びたい”が先に来た方が、結果的に強くなるんだよ」
中学生だった兄が、VRゴーグルを整えながら言った。
部屋の照明は薄暗く、モニターだけがぼんやりと光を放っていた。
シュウユが小学生の頃。
当時のVRはまだ“フルダイブ”と呼ぶには程遠い、ゴーグルとコントローラーを使った不完全な体験だった。
でも兄にとっては、その不完全さこそが面白かったらしい。
「操作も不便、バグも多い、なのにさ――“だからいい”んだよな」
意味がわからなかった。
でも、彼の目はすごく楽しそうだった。
自分で選んだジョブに、自分で不恰好なスキル構成を組んで、
ひたすら“自分なり”の戦い方をしていた兄。
誰かに教わったんじゃない。
攻略サイトを見たわけでもない。
ただ、面白がって、試して、失敗して、また笑っていた。
「テンプレなんてつまんねぇじゃん。
どうせ死ぬなら、自分の好きなやり方で死ぬ方が楽しい」
その言葉が、いつの間にか、心の中に沈殿していた。
(あのとき、たしかに俺は、兄貴の背中を見てたんだ)
森の光と影をぼんやり眺めながら、シュウユはぼそっとつぶやいた。
「強くなる理由なんて、最初からなかったのかもな……」
ただ、面白かったから。
夢中になれたから。
気がつけばスキルを覚えていて、気がつけば敵を倒していた。
“勝ち方”じゃなく、“遊び方”を極めた結果としての強さ。
それが、あの人のスタイルだった。
「俺はまだ、そこまでじゃねぇけどな。……でも、たぶんこっちの方が性に合ってる」
軽く立ち上がり、伸びをする。
背筋から心地よい音が鳴ると、気持ちまですっきりしたような気がした。
草むらの奥から、小さな動物の走る音。
それに混じって、微かな唸り――次の戦いの予兆。
「……さて、もうちょい遊ばせてもらおうか」
手を杖にかけながら、彼は再び森へと足を踏み出した。
森の中、シュウユはゆっくりと歩を進めていた。
風が木々を揺らし、木漏れ日が斑に落ちる。
空気は静かで、だが完全に“無音”ではない。小さな生き物たちが蠢いている気配が、絶えず辺りに漂っている。
さっきまでの戦闘の余熱が、まだ身体に残っていた。
掌の中に残る微かな重さ。剣を振り抜いたあの感覚。
だが、それを“消耗”とは思わなかった。
「……今の俺、たぶん昔の兄貴と同じ顔してるんだろうな」
ふと、笑みがこぼれる。
何も考えずに動いているわけじゃない。
でも、理屈で固められたプレイスタイルとも違う。
“自分の感覚で面白いと思ったことを、ただ素直にやる”。
それが、今のシュウユの戦い方だった。
記憶の中の兄は、いつも笑っていた。
勝っても、負けても、関係ない。
無駄なスキルを選んでも、変な装備を拾っても。
「あーやっちまった」と笑いながら、次のプレイを始めていた。
「誰かに“強い”って言われたいわけじゃないしな」
「最終的に俺が楽しかったら、それでよくね?」
そう言って、兄は常に“次”を試していた。
無駄に見える選択も、全部“自分で選んだ”から意味がある。
「攻略通りやって勝っても、それって“俺の勝ち方”じゃないだろ?」
あの言葉が、ずっと心に残っていた。
(俺は兄貴みたいになりたかったのか、それとも……)
いや、違う。
なりたいわけじゃない。
ただ――そういう“在り方”に、憧れていたんだ。
シュウユは拳を軽く握り直す。
“こうした方が強い”
“こっちの方が効率的”
それを否定する気はない。
けれど、そこに乗っかるだけじゃ、“自分の物語”にはならない。
「選びたくなる選択肢を、わざと外す。
それでも勝つ。それが面白いんだよな」
「攻略勢は、きっと“もっと効率のいい魔式”を習得するだろうな」
だが、シュウユは違う。
“自分が使っててワクワクするかどうか”が最優先だった。
「俺は、俺のやり方でいく」
再び木々の間を抜けて歩き出す。
森はまだ広く、いくらでも広がっていた。
だからこそ――面白い。
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