004 戦術は、遊びの中にある
戦闘シーンの躍動感を書くのが難しいです。
始まりの樹海――
シュウユは木々の隙間から差し込む陽の光を浴びながら、ゆっくりと森の奥へと歩を進めていた。
剣を抜きっぱなしにせず、杖も振り回さない。ただ、自然体で。
「ふー……静かだな。だが、絶対静かすぎる」
彼は地面に膝をつき、草を手で払うようにどかしながら、耳を澄ませた。
《超感覚》を再び発動。
周囲の“音”が一段階、解像度を上げて染み込んでくる。
水が滴る音、枝の軋む音、獣の気配。
すべてが生きていて、すべてが絡み合っている。
(風向きは一定。気圧も変わってねぇ……なら、南西方向にいた“あれ”がまた来る)
彼は地面の小石を一つつまみ、静かに指先で弾いた。
石は草をすり抜け、わずかに“硬質な音”を立てる。
その一瞬後――茂みが揺れた。
「よし、いた」
飛び出してきたのは、ずんぐりとした低いシルエット。
地を這うように動くモンスター。硬そうな殻を纏い、前足で地面を引っかく。
(うん、あれは斬っても効かない。なら……握るしかない)
「ファントムクラッチ、展開」
指をパチンと鳴らすと、空気がわずかに波打つ。
何もない空間に、見えない“手”が浮かび上がり、目の前の対象を捕らえる。
動きが止まったその隙に、彼は跳びかかった。
「踏みつけるっ!」
空中歩行で空中に位置を固定し、落下する勢いを一点に集中。
かかとを敵の背中に叩きつけると、重低音のような鈍い音が響く。
だが――
「……くっそ、跳ね返された。やっぱ正面からはダメか」
反動で跳ね返され、バランスを崩しながら後方へ転がる。
一瞬、木の根に背中を打ちつける。
「てめ、やるじゃねぇか……!」
嬉しそうに笑って、もう一度立ち上がる。
彼にとって、“負けそうな状況”は、“遊び方の幅”だった。
今度は杖を正面に掲げ、静かに呟く。
「じゃあ、目を逸らしてる間に……熱を消す」
魔式:熱源消失。
身体から立ち上る体温の波が一気に絞られ、周囲の感知レベルが落ちる。
まるで“気配”そのものが希薄になったようだった。
相手の注意が逸れたタイミングで、再び横から回り込む。
「“当たらなければ意味がない”んだよ、そっちは」
疾翔を用いた瞬間加速で側面を取る。
そのまま、斜め上から踏み込む――
ザクッ!
殻の継ぎ目に剣を差し込み、力を込めてこじ開けた。
ギシ……ギギギ……
崩れ落ちる音。
ようやく、敵が沈黙する。
「っし……通ったな」
一息吐く。だが、次の瞬間――
背後で“草が裂ける音”。
「まだいんのかよ!」
彼は振り向きもせず、左足を踏み込んだ。
「転移、真後ろッ!」
身体が空間を滑り、敵の後方に回り込む。
視界に入ったのは、新たな蛇。
攻撃のモーションに入る前に、再び疾翔で距離を取る。
(こいつら、連携してくるわけじゃない。でも湧き方がいやらしい)
「面白ぇな。このマップ」
森の風が、再び枝を揺らす。
「転移ッ!」
視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間には敵の攻撃範囲の外。
空間をスライドするように一瞬で移動するこの感覚にも、ようやく慣れてきた。
「そのまま……跳ぶ」
空中歩行――
足裏に“意志”を持たせるイメージで、宙に足場を創る。
一拍ごとに軽やかに空を踏み、滑るように上昇。
「高度はそこまで要らない。次は“落ちる”ターンだ」
風を裂いて急降下。狙うは相手の頭部――
だが、蛇は首を捻り、回避行動を取った。
ギリギリで踏み外す。地面にズシャッと足をついて膝をつく。
「……ほう、回避すんのか。学習型か、これ」
楽しげに笑いながらも、呼吸を整える。
背後、もう一体の気配。
今度は間に合わない――そう判断すると、
「“捕まえさせてもらう”」
ファントムクラッチ発動。
視線も向けず、後ろ手に空気を握るようにして発動。
手応えと共に、敵の動きがピタリと止まる。
「ホールド確認。なら……二手目」
地を蹴る。
空中を三歩で跳び、跳ねるように蛇の首へ飛び乗る。
剣を振り上げ――
「刺すより、叩く」
側頭部へ、柄で打ちつける。
斬るよりも“効く場所”を感覚で探る。
効率じゃない。マニュアルでもない。“面白い”から、選ぶ。
「……なあ、俺がどうしてこんなスキル組み合わせてるか、知ってるか?」
語りかけるように独り言をつぶやきながら、敵を押さえつける。
足で地を蹴り、身体を跳ね上げ、着地と同時に剣を滑らせる。
蛇が、崩れた。
「勝ち方なんて、どこにでも転がってる。けど“遊び方”は、自分で探すしかないんだよな」
ポツリと呟いて、彼は腰の装備を確認する。
剣の刃は鈍くなり、杖の先端にはうっすらとひび。
「そろそろ装備も何とかしたいとこだな……あいつ、第二の町に来いとか言ってたっけ」
辺りを見渡すと、木々の隙間に差し込む光が、さっきよりも少しだけ明るく見えた。
森の奥から、まだ何かの気配がする。
それでも、シュウユは一歩をためらわなかった。
「次は、どう遊んでくれるか……楽しみだな、NeoEden」
口角を上げて、再び草むらへと身を沈める。
攻略じゃない。
最強を目指すんじゃない。
“この世界を、遊び尽くす”。
それこそが、シュウユの戦い方だった。
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