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最強未満、最高以上。  作者: りょ
テンプレを壊す遊び方
37/39

036 雷脚、奔るは嵐の開幕

「《疾風杯》、予選ラウンド第一ブロック——

 空中ルート《空骸回廊〈セレス・レリクス〉》でのタイムトライアル、まもなく開始ですッ!」


運営NPCの張り上げる声が、魔ピーカーを通じて空に響き渡る。

上空に設置された観客席がざわめき始め、魔メラが空中遺跡全体を映し出した。


コースの名は《空骸回廊》。

浮遊する遺跡群をつなぎ合わせたようなこのステージは、圧巻だった。

このコースは悪名高い。

「空を走る」と言えば聞こえはいいが、その実態は《落ちれば即リタイア》の死線綱渡り。


スタートプラットフォームには、何台もの台のマシンが並んでいた。


その中に、異様なオーラを放つ機体があった。


雷光を纏い、魔獣の骨格を思わせる四肢構造。

鉄と雷を編んだような装甲に、脈動する雷紋が浮かぶ。


「創零。魔導供給、問題ないな?」


「うん。出力も安定。重心制御も機構通り、滑らかに動いてる」


「よし。あとは走るだけだ」


並ぶ他も、決して凡庸ではない。

鋭角な滑空翼を備えた飛行艇型、魔獣の頭骨を模した浮遊四脚型——など、

所有者の“思想”が造形にまで染み込んでいた。


誰もが勝ちに来ている。


そして——カウントが始まる。


 3。

 2。

 1。


 ゴォオォォン!!!


魔導の炸裂音とともに、3台のマシンが一斉に飛び出す。

宙を蹴り、重力に逆らう推進音が響き渡る。


空中のレースは、見た目以上に過酷だ。

初手の直線は罠。ほんの十数メートルで急傾斜の浮遊床が現れ、

その先には「ジェネフロア」と呼ばれる生成式の足場が待ち構える。


「ジェネフロア、来たぞッ! 表示速度3枚/秒!」


「うわっ、タイミングミスった……!!」


「左床、出てこねぇ!? 嘘だろ!? 落ちる——っ!」


次々と罠に沈むチャリオットたち。


だが、シュウユのマシンは違った。


極限まで抑えた機体振動。

機械のように正確なスロットル制御。

まるで、地形の一秒先を“予知”していたかのような滑らかさ。


「すごい」


創零が思わず呟いた。


チャリオットは無駄な挙動ひとつなく、ジェネフロアのギリギリの“消える前”を踏み越え、

滑り込むように次のブロックへ進む。


「右、行くぞ」


次の分岐は左右ルート。

左は安全策だが長い。右は短いが狭い跳躍床が連続する。


「右は狭すぎるよ——でも、いけるの?」


「問題ない」


跳躍床の幅は、ほぼ横幅分。

それを四輪で踏み抜くには、ミリ単位の舵取りが要求される。


1枚、2枚、3枚……。


創零が見守る中、チャリオットは重心を浮かせるようにわずかに前傾し、

ジェネフロアの端へタイヤを掛け、浮いたまま次の床へと“滑空”した。


最後の床に“着地”した瞬間、観客席からどよめきが上がる。


魔ピーカーが高らかに響く。


「エントリーNo.47、予選記録完了! タイム:0分51秒84!!」


同時に、空中に魔導映像が浮かび、現在の予選上位3名のタイムが更新される。


会場がざわめき始めた。


「タイム異常すぎるって!」


「あれ、コース内最短ルート全部通してたぞ!」


「しかも、一回も減速してない。全部滑るように走っていた」


マシンが待機エリアに静かに戻る。


「走行終了。機体反応、正常。熱上昇4%、安全域」


創零が整備パネルを確認しながら呟く。


チャリオットのフロント装甲を、シュウユが静かにノックした。


それはまるで、「次は頼むぞ」と語りかけるような仕草。


遠くから、それを見ていたザルガが、煙管の灰を払う。


彼の横で、同じギルドの走り屋が興奮気味に話しかける。


「ザルガさん、あの走り……規格違いですよ、マジで!」


「見てりゃわかる。あれは、“貪欲に勝ちに来てる”走りだ」


ザルガは目を細めて呟く。


「——だが、“勝ちたい”だけの奴は、まだ甘い」


同じ頃。

誰よりも静かに、誰よりも遠くから、レースを見下ろす影があった。


浮遊都市の最上層。風の届かぬ観覧席の奥。

フードを目深にかぶった謎の人物が、何かを思案するように、ただ無その場に立っていた。


その瞳は、マシンでもタイムでもなく——


シュウユ、その人間を見ていた。


「“選ばれた”わけでも、“許された”わけでもない。

 ……なら、なぜあの機体は《空骸回廊》を“踏破”できた?」


小さく、しかし確かな疑念が、静かに芽吹き始めていた。


——だが、それを知るのはまだ先のこと。




「予選ブロックA、通過候補三名確定! 現在トップはNo.47、タイム0分51秒84!」


魔導スピーカーのアナウンスが空に響いた瞬間、観客席の温度が一段階上がる。


「アーカイブを見たけど、本気であのルート通ったのか……?」


「いや、普通あの床をなんであんな風に走れるんだ?」


あまりにも正確で、無駄がなくて、驚異的だった。


——だからこそ怖い。


見えてしまったのだ。

あの異形のマシンが“まだ何も見せていない”ということに。


その機体は、今はただ静かに佇んでいた。


整備区画に着地した時点で、すでに冷却プロセスが開始されていた。


「機体反応、正常維持。魔導燃焼効率96.2%。

 雷圧も上昇なし。跳躍フレーム、誤作動ゼロ」


創零が報告するが、その表情には微かに笑みが浮かんでいた。


「走っててわかった。——これ、“完璧に仕上がってる”」


「完璧じゃなくて、“相性がいい”ってだけだ」


シュウユがそう言って、フロント装甲を軽く拳で叩いた。


「この機体は、まだまだ先がある。俺たちがその先を知ってるなら——

 今日、それを“確かめる日”でもあるんだよ」


創零は一瞬黙ったあと、素直にうなずいた。

お読み頂き誠にありがとうございます。

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