029 読ませて、惑わせて、叩き込め
明日はお休みいたします。もしかしたら明後日もお休みします。誠に申し訳ありません。
課題が非常に多く、そちらに専念させてもらいます。
爆音が塔内を満たした。紫色の残光を引く魔力弾が、薄暗い空間を斜めに走る。
シュウユが身を屈めた瞬間、壁の一部が蒸発するように崩れ落ちた。創零はすでに回避行動を取っており、空間の奥に目を光らせている。
「……来るよ」
四肢とも言えない奇怪な機構を軸に、浮遊するその存在は塔の重力さえ無視するように移動し、周囲のデータ空間をゆがめていく。
シュウユは懐から〈ファントムクラッチ〉を起動し、魔力鎖を一閃。だが、鎖は相手の“実体のない外殻”をすり抜ける。
「無効化……? いや、干渉そのものができてねぇ!」
「なら、範囲をズラして!」
創零が叫び、指先を走らせて塔の床に複数の転移座標を展開する。その瞬間、人型兵器の内部から無数のレーザー光が放たれた。
「来るぞ!」
〈五連転移魔式〉を展開し、シュウユと創零が同時に塔内を跳ね回る。魔力の残滓が空中に残り、追尾レーザーの軌道が混乱する。
「今のうちに解析を……」
創零が浮かぶ端末に接続を試みる。動作パターンを抽出しようとしたそのとき、塔の中心から低い共鳴音が響いた。
「反応速度が……上がってる! アップリンク強化か?」
塔そのものが人型兵器の拡張体として機能している。まるで「戦闘のために設計された空間」だ。
「だったら逆に、ここを“戦場”として読めばいい!」
シュウユは天井近くの浮遊足場へ跳躍し、魔式〈拡散重圧〉を展開。足場全体に衝撃波を乗せて落下、オルド=コードの上部構造を圧迫する。
「圧縮点に魔力を集中させて……!」
創零も〈縮環魔術式〉を再構成、周囲の空間そのものをゆがめる。圧縮と歪曲、異なる二重操作によって、人型兵器の表面がようやく“軋んだ”。
「……効いた! 物理じゃない、“定義のほう”を歪ませたんだ!」
手応えを感じたその瞬間、塔全体が光り、警告ログが表示された。
《アクセス権限不正。戦闘レイヤー:変則モードへ移行》
「やばいぞ……!」
塔の構造が変化し始める。足場が崩れ、天井が開き、巨大な柱が空間を貫く。
「ここからが……本番か!」
変形した人型兵器は、今度は人型に近いシルエットを帯びていた。だがそれは“模倣”に過ぎず、どこか“狂い”を抱えている。
「……模倣型か。対プレイヤー戦闘のログを使ってるんだな」
動きは滑らかでありながら、どこか不自然。まるで複数の戦闘スタイルが混線しているようだった。
「シュウユ、今。新しい魔式、試してみて!」
創零が魔力制御台に手を伸ばし、展開中の演算サークルを一時解凍。そこから、未登録の魔式パーツを転送する。
「……これ、さっきの解析から即席で作ったのか? やるじゃねぇか!」
受け取った魔式データを即座に組み替える。〈短距離転移〉と〈歪み蓄積〉を融合させた、新たな魔式――
「いくぜ……〈偏差転移撃〉!」
転移と同時に敵の“予測先”へ爆発的な魔力を送り込む。打撃ではなく、“先読みによる爆撃”。
命中――!
「効いてる!」
だが構わず突進してきた。今度は、シュウユの記憶から抜き出された攻撃パターンで。
「俺の……ログを読んだってのかよ!」
シュウユは再び戦闘姿勢を取った。
塔の頂点で、決戦が始まろうとしていた。
「敵性認識。戦闘プロトコル、再起動――」
人型兵器の全身から、白磁のような装甲が剥がれ、内奥の黒いフレームが露出していく。無機質なボディに、走査線のような光が縦横無尽に走った。
「おいおい……形態変化すんのかよ」
シュウユが軽く舌打ちする。重たい空気が塔の中を満たしていた。まるで、時間そのものがゆがんでいくかのような錯覚。
「来る!」
創零の声と同時に、右腕が回転しながら展開。砲塔のような砲身が伸び、音もなく弾を放った。
「っ――!」
シュウユは即座に〈短距離転移〉で横へと滑る。後方で爆風が上がり、制御盤だった壁の一部が黒焦げに崩れた。
「範囲広げてきやがったな……!」
転移の余波を利用して、間合いを詰める。右手には即席で構築した〈雷撃刀〉。魔式による疑似エネルギーブレードだ。雷が迸る刀身で、敵の脚部を斬りつける――
だが。
「っ、弾かれた!?」
刀身が、まるで反発するように跳ね返された。斬撃が入る直前、敵の表面に“もうひとつの構造”が走ったのが見えた。
「変調構造か……いや、〈遮断演算フィールド〉だ!」
創零が瞬時に解析を叫ぶ。
「物理攻撃と魔力波形を、演算で“事前遮断”してる。攻撃の種類とタイミングを“読まれてる”!」
「読まれてんのはこっちだけかよ!」
シュウユは転がり、再び距離を取る。続けて、の背部が展開。六枚の光刃が回転しながら迫ってくる。
「シュウユ、上!」
「っし、わかってら!」
〈疾翔〉で真上へ跳躍。空中で〈空中歩行〉を一瞬だけ展開し、軌道をずらす。直後、光刃が直線的に下を貫いた。
「読まれるなら――“読ませてやる”!」
シュウユは、わざと先ほどと同じパターンで地に降り、また同じ軌道で斬り込む。敵はそれを即座に分析、再び遮断フィールドを起動――した、その瞬間。
「今だ、創零!」
「うん!」
創零が両手をかざし、魔力を展開。〈魔式制御リンク〉。シュウユの刀身と創零の魔式を“連結”する即興術式。シュウユが振るった雷撃刀から、創零の魔力が“干渉波”として敵へ流れ込む。
人型兵器が一瞬だけ硬直した。
「読めねぇもん、流し込んだら、そりゃ固まるよな」
“攻撃そのもの”ではなく、“意図しない連携”という形で演算負荷を掛ける。それが“読み”を逆手に取る一撃だった。
だが、その間にも敵の“再演算”は進んでいた。
「注意して! 相手の演算アルゴリズム、こっちの即興術式まで学習してる!」
「なら、もっと予測不能な“遊び”を見せるしかねぇってことだ!」
シュウユは次の魔式を展開しながら叫んだ。
「いくぞ――“俺のやり方”で遊んでやる!」
シュウユは即座に反応した。
「創零、下がれ!」
〈短距離転移〉の魔式を展開しつつ、創零の背を押す。その瞬間、人型兵器が奇妙な音を立てて伸縮する肢体を操り、地面を蹴った。
爆音とともに床が抉れ、黒い影が跳ねる。
(――速い!)
シュウユは滑るように回避し、直後に〈ファントムクラッチ〉を繰り出す。だが、鎖が触れる寸前、敵の関節が“崩れ落ちる”ように変形し、すり抜けた。
直線でも曲線でもない、破綻した軌道。
シュウユは魔式連携を準備する。
1点、2点、3点――部屋の周囲に転移痕を刻み、誘導の構えを取った。
しかし、次の瞬間、人型兵器が全身から黒いノイズのような霧を撒き散らし、天井に張り付いた。
(上か!?)
そこから“滑るように”落下し、鋭利に変形した両腕を突き立てる。
シュウユは反射的に〈疾翔〉を発動、滑空しながら距離を取った。
「マジで、動きが読めねぇ……」
シュウユは歯を食いしばる。
この敵には、スタッツの優劣も、通常のパターンも通用しない。なぜなら、そもそも“完成されていない”からだ。
(こいつ……既存の戦闘構造じゃ処理できない)
「シュウユ!」
創零の声とともに、光の粒子が収束した。
「このログ、使えるかもしれない!」
創零が放ったのは、さっきまで回収していた未整理データの一部。それを見たシュウユの瞳が細まる。
「……なるほど。〈偽蛇王転位陣〉の応用か」
転移陣の座標設定にバグを混ぜ、あえて“重複空間”を作る。
「いける……!創零、座標同期頼む!」
「……うん!」
二人の意志が重なった瞬間、床に五つの光点が並んだ。
「――起動、〈交差式虚像転移〉!」
シュウユが瞬間的に五点を転移しながら、人型兵器の演算予測を“塗り替える”。
敵が反応する――その“前”に、攻撃のタイミングをズラす。
「そっちは“未来”じゃねぇ。“今”を喰らえ!」
最後の点でシュウユが発動したのは、〈幻爆式:偽蛇咬〉。
足元に蛇の魔式陣が浮かび、爆音とともに“噛みつくような”魔力の輪が敵を包み込む。
黒い霧が揺らぎ、人型兵器が壁へと弾かれる。
(今のは……効いた!)
一瞬だけ、敵の動きが止まった。
シュウユはその隙を見逃さない。
「じゃあ、締めにいくか」
彼は剣を構え、最後の座標に力を込める。
――次の瞬間、光と爆音が塔の内部に響いた。
お読み頂き誠にありがとうございます。