028 記録されざる塔
すみません、諸事情により遅れてしまいました。
「探索のしがいはありそうだな」
シュウユはログを開き、現在地と周辺の情報を確認する。
現在位置:リーヴェル北区《風切りの坂》
南西斜面:港湾倉庫群
北門外:狩猟地帯《スレイン荒原》
中央区:旧市街・未整理エリア
「港か荒原か……それとも、旧市街か」
創零が、街の中央部――《旧市街》と呼ばれるエリアの方向を指す。
その指先には、周囲の整備された街並みとはまるで違う、崩れかけた石造りの塔や、苔むした街路が広がっていた。
だが、そこにはなぜかプレイヤーの姿がない。NPCもまた、その方向を避けるように活動している。
(……変だな。開発中ってことか? でも、オブジェクトの質感は異様に細かい)
すると、目の前を通り過ぎたNPCがぽつりと呟く。
「“まだ起こしてはならぬもの”が眠っているのさ……」
と、そのとき。
――ズッ……
空気が、微かに歪んだ。
創零が目を閉じて、眉をひそめる。
「……下。地下に、何かある」
「下……って、まさか街の地下か?」
「うん。でも、普通のマップじゃない。もっと、深い層。」
その言葉の意味を噛みしめるように、シュウユは視線を上げた。
目の前に広がる〈リーヴェル〉――そこは単なる街ではない。何かが“隠されている”。
「よし、決まりだな。まずは旧市街から当たる」
「……うん。気をつけて。たぶん、ここは“普通の街”じゃないよ」
二人は歩き出す。
その背後で、ギルド掲示板の横に立つプレイヤーたちが、ひそひそと噂を交わしていた。
「なあ、聞いたか? 旧市街の奥に謎の塔があるって……」
「え、でもあそこってマップ閉鎖されてなかったっけ?」
「いや、昨日の夜から急に侵入できるようになったらしい。」
その噂話に、シュウユはかすかに口角を上げた。
「やっぱ、俺たちの嗅覚は間違っちゃいねぇな」
そして、そのまま彼と創零は、静かに旧市街の入口へと足を踏み入れていくのだった。
旧市街の入口は、まるで“世界の切れ目”のようだった。
外の街並みが生活感に満ちていたのに対し、ここは時間が止まっていた。石畳はひび割れ、蔓草が建物の壁を這い、空気にはわずかに粉塵のような粒子が浮かんでいる。
「……静かだな」
「うん。でも、完全な無人ってわけじゃない。感知範囲の外に、“何か”いる」
創零の言葉に、シュウユは注意を高めた。旧市街の中心に向かって進むほど、空間の構造が奇妙に歪んでいく。通常のマップ設計とは違い、角度や視線の動きが微妙にずれて感じられるのだ。
「ログで見たことある。これは“圧縮マップ”。未実装か、実験中だった空間を仮置きした時に使う手法」
「……ってことは、やっぱり“ここはまだ公式じゃない”ってわけか」
旧市街の奥、路地の突き当たりにぽつんと佇む建物があった。
塔のような形。
〈UNKNOWN:塔(β)〉
〈アクセス制限:解除済み〉
「βって……テスト時の残骸か?」
塔の扉には、誰かがこじ開けたような痕跡があった。
「先客がいるかもしれない。気をつけて」
シュウユは頷き、手を軽く振ると、創零が静かに後ろへ回る。
扉を押し開けると、中は暗闇――ではなく、“異様な静けさ”だった。
魔法灯のような光源が、無人のまま淡く空間を照らしている。中央にはターミナル状の端末が一台。だが、どれも稼働はしていない。
「これ……動いてないってより、“使われてない”って感じだな」
「残されただけ、みたいな」
そのとき。
――カチッ
創零が端末の横に手を触れると、突然、薄い光が浮かんだ。
〈ログ:起動確認〉
〈システムログ:Fragment_OverNine〉
「“OverNine”? ……九を越える、って意味か」
創零の表情が硬くなる。
「これ……“あの存在”のログだ」
「“あの存在”?」
「元・九大超越者の一人。僕らが〈眠らざる庭園〉で遭遇したやつ」
シュウユは息を呑んだ。
つまりこの塔は、あの異質な少年と関係する場所――そして、創零にも関わる何かが残されている可能性がある。
「ログ、見れるか?」
「……少し待って。暗号化されてる。構造が、すごく古い」
創零が解析を進める間、シュウユは塔の奥を探索する。
壁の一角に、明らかに“情報隠蔽”された空間があった。見た目は石壁だが、超感覚で見ると、そこに“空洞”がある。
「隠し部屋か……?」
わずかに手をかざすと、反応が返る。仮想の振動、薄い衝撃。
「……創零。終わったら、こっちも頼む」
「うん。あと少し――」
そのとき、塔の外から微かな“足音”が響いた。
一歩、また一歩。確実にこちらへと近づいてくる。
「誰か来る」
「外、閉めろ。ログだけ取って、脱出準備」
創零は素早くログを外部保存に切り替え、脱出を準備。
その背後で、扉が――
「開いたな」
無感情な声が響いた。
現れたのは、フードをかぶった別の人物。あの少年とは違う。どこか“硬質”で、プログラムのように正確な動き。
「未許可のログアクセスを確認。該当者を排除します」
「チッ……こういうの、やっぱ出てくるか」
シュウユが剣を構え、創零は一歩引いて補助態勢に入る。
「逃げ道は?」
「もう転送準備は済んだ。けど、あれ――ただの警備じゃない。たぶん、“人型兵器”」
「そうこなくちゃ面白くねぇ」
シュウユは低く構え、笑みを浮かべた。
塔の内部、かつて誰にも知られず放置されていた“亡霊”が、その牙を剥こうとしていた。
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