023 眠らぬ庭、目覚めの客人たち
〈眠らざる庭園〉に、静かに新たな“波紋”が広がりつつあった。
最初に現れたのは、全身を濃紺の装備で包んだプレイヤーだった。彼は虚空を見上げ、しばらく呆然としていたが、すぐにフレンドリストを開いて狼狽し始めた。
「嘘だろ……パーティごと転送されたんじゃなかったのか……? おい、誰か応答してくれ! ログイン位置がバグってるぞ、これ!」
次に現れたのは、軽装の弓使いの少女。地面に腰を落とし、目の前の花畑をまじまじと見つめていた。
「……え、なにこれ。めっちゃ綺麗。え、ここ……マジでどこ?」
同時多発的に、庭園の各所に数名のプレイヤーが“発生”していた。
だが、彼らのどのコンパスにも、地名表示は存在しない。
SNSや攻略掲示板には、ちらほらと異常ログの投稿が上がり始めていた。
「転送バグ? いや、でもここマジでちゃんと造られてるんだが……」
「一人で飛ばされたんだけど、マジでどこ? ギルドでPT組んでたんだぞ?」
――観測する者はいた。
高台の影に、ひとつの人影と、青白い光を放つ少年の姿があった。
「けっこう来たな。なんでか知らんけど……」
シュウユは腕を組んで庭園を見下ろしていた。
一方でシュウユは、彼ら“迷い込んできた側”の挙動を無視できずにいた。
一人はバグを疑い、木を斬って動作を確認し、別の者は花にスキルを使って反応を試す。中には空へ向かって魔法を撃ち込み、エリアの“反応”を測ろうとする者もいた。
シュウユの眼差しが、少しだけ鋭くなる。
「ここは、攻略されるための場所じゃない」
あらためて、そう確信した。
最強装備も、テンプレも、効率も捨てて――遊びたいように遊ぶために作った場所。
それを、“攻略対象”として荒らされるのは、耐えられなかった。
だが、来てしまった者たちに罪があるわけでもない。
エラーか、イベントか、意図的な誘導か――理由はともかく、ここに迷い込んできたのだ。
「……なら、ルールは俺が作る」
静かに、言葉を噛みしめるように呟いた。
遊び方を決めるのは、俺だ。
ここでの“進み方”も、“迎え方”も、“守り方”も。
この世界のどこにもない、新しい在り方を、ここで試してやる。
「なあ、ちょっと来てみろよ。あっちの森、モンスターいるっぽい!」
「マジ? ワンチャン限定ドロップとかあるんじゃね?」
「ここ、ログに残らねぇんだけど……運営の隠しマップか何かか?」
シュウユと創零の視界の先――〈眠らざる庭園〉の草地で、3人のプレイヤーが騒いでいた。
そのうちの一人が勝手に花壇の端を踏み荒らし、周囲の視線が集まる。
(あの草、創零が毎朝手入れしてたやつ……)
ぴくり、とシュウユのこめかみが跳ねた。
「やめとけ、って言っても無駄か」
プレイヤーの一人が草地にエリア魔法を展開しようと構える。
その瞬間だった。
「――それ以上、進むな」
地を滑るようにして現れたシュウユの声が、空気を張りつめさせた。
背後には創零。彼女の足元に、細く光る魔式線が淡く浮かび上がる。
「誰だ、お前……?」
魔法使いのプレイヤーが警戒の色を見せる。
「ここは攻略エリアじゃない。通りすがりなら、そのまま帰れ。そうじゃないなら……」
シュウユの目が鋭くなる。
「“この庭のルール”に従ってもらう」
プレイヤーたちの間にざわつきが走る。
「何言ってんだコイツ、エリアボスか何かの演出か?」
「いや、プレイヤー……だよな、でも……ガチで何者だ?」
そのとき、もう一人のプレイヤーが草陰から姿を現す。少女型の獣人キャラだった。
「……あの、ここ、攻撃していい場所じゃない気がします」
「は?」
「だって、景色とか、細かすぎる。誰かが手入れしてる感じがする。花も、果樹も、道も……」
彼女は首をかしげながらも、なぜか確信めいた声でそう言った。
「ここって、誰かの“家”なんじゃないですか?」
一瞬、風が止まる。
そして次の瞬間、草地にいた攻撃魔法使いが肩をすくめた。
「……マジでか。悪い、知らんで撃とうとしてた」
プレイヤーたちは視線を交わし、少しずつその場から退いていく。
シュウユは無言でそれを見送った。
騒ぎが落ち着いた後、創零がぽつりと呟く。
「この場所は、心を向ける者にとって、静かな場所であってほしいです」
「そうだな。……だから俺が、守る」
シュウユは自分の中に芽生えた想いを、初めて“言葉”にした。
戦って勝つことよりも、
攻略されるよりも、
何より――
この場所を“守りたい”と思った。
そして彼はふと空を見上げる。
今、庭園の中央に、ごく微かに淡い光柱が立ち始めていた。
(これって、もしかして……)
その光は、地図にも表示されないはずのこの場所を、世界に“知らせる”かのように、ゆっくりと空へ昇っていく。
シュウユは目を細めた。
「……嵐が来るな」
創零もまた、その光を見つめながら、静かに頷いた。
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