002 チュートリアル?そんなの聞いてない
Connecting to NeoEden…
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【Welcome to NeoEden】
――空が、あった。
どこまでも高く、どこまでも澄んだ蒼。
雲はゆっくりと流れ、吹き抜ける風は頬を優しくなでていく。
草の匂いが、土の温もりが、遠くから聞こえる鳥の鳴き声が――すべてが、あまりにも自然だった。
現実の再現なんて生ぬるい。
これはもう、現実以上だ。
「……これが、フルダイブってやつかよ」
思わず漏れた独り言。
その声に、横から応答が返ってきた。
「こんにちは。ようこそ《NeoEden》へ。私はAIチュートリアル担当、ヘルメスと申します」
振り返ると、そこには白いローブをまとった青年の姿。
柔らかな微笑をたたえた整った顔立ち。神殿の神官のような、どこか神聖さすら感じさせる佇まい。
だが、目の奥には冷たい無機質さが宿っている。彼はAIだ。
「……チュートリアルね。まぁ、そうだよな」
シュウユは周囲を一瞥しながら、ゆっくりと首を回した。
天候は快晴。周囲には草原が広がり、遠くに小さな村のような建物群が見える。
「初回起動の皆様には、基本操作やインターフェースの説明をさせていただいております。よろしければ――」
「飛ばしてくれ」
「え?」
「チュートリアル。俺、そういうの飛ばしたい派なんだよ」
にやっと笑って、指をぱちんと鳴らすような仕草をする。
その態度に戸惑いを見せつつも、AIの瞳が僅かに光を放った。
「……確認します。過去にフルダイブ型タイトルのプレイ経験は?」
「RTA。あと、少しだけ《ファントムクレイドル》も触った。他は色々あるけど忘れた」
「承知しました。ログイン履歴と認識能力を照合……プレイヤープロファイル一致。シュウユ様ですね。戦闘傾向:機動型、高速処理タイプ。過去のジョブ傾向:変則構成を好む。チュートリアルは最小構成に切り替えます」
「助かる」
一礼するように右手を前に差し出すと、目の前にホログラフィックなUIが展開される。
「では、初期ステータスの配分と、ジョブの選択をお願いします」
その瞬間、まるで現実のゲームでは見たことがないようなジョブ名がいくつも表示された。
見慣れた剣士系や魔導士系もある。が、その中に紛れて、いくつか異質なものがあった。
シュウユの視線が、自然と一つに引き寄せられる。
ホログラムUIに並ぶ、いくつものジョブ候補。
その中でシュウユの目を引いたのは、どこか“異物”めいた選択肢だった。
【|転移魔式使い《アルケインテレポティスト】
――位置操作系魔式の応用により、空間干渉と高速戦闘を得意とする。
※高難度ジョブにつき、初心者プレイヤーには非推奨です。
「……おいおい、こんな美味そうな地雷、選ぶなってほうが無理だろ」
笑いながらそのジョブに指を向けると、ヘルメスがすかさず言葉を挟んだ。
「そのジョブは操作の難しさから初心者には――」
「いや、これにする」
「は、はあ……承知しました。ではスキル傾向に合わせ、ステータスの初期配分もお願いいたします」
再びホログラムが展開され、能力値の割り振りが始まる。
HP、MP、STR、VIT、STM、AGI、TEC、DEX、LUC。
いわゆるおなじみのRPGパラメータだが、どこにどれだけ振るかでプレイスタイルは大きく変わる。
「ふむふむ……なるほどね……」
シュウユはうなりながらも、手を止めずに振っていく。
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Name: シュウユ
LV: 1
職業: 転移魔式使い
10,000K
HP(体力): 20
MP(魔力): 60
STR(筋力): 45
VIT(耐久力): 1〈推奨:10以上にしてください〉
STM (スタミナ): 30
AGI(敏捷): 15
TEC(技量): 1〈推奨:10以上にしてください〉
DEX(器用):1〈推奨:10以上にしてください〉
LUC(幸運): 30
初期スキル
・転移魔式MP消費軽減 LV.1
・超感覚 LV.1
・空中歩行 LV.1
装備
右:初心者の片手剣
左:見習い魔式使いの杖
頭:選択してください
胴:選択してください
腰:初心者のズボン
足:選択してください
アクセサリー:選択してください
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「これで決まり」
「……あ、あの。運営からの推奨として、VIT・TEC・DEXは最低限10を推奨しております。現在の構成では極端にバランスを欠いており、初期エリアでも――」
「そのバランスがつまらないんだって。俺は“やってみたいこと”をやる。失敗するかどうかは、俺が決める」
「……承知しました。プレイヤーの意志を尊重し、登録を完了します」
「空中歩行って、初期から使えるのか。やっぱこのジョブ、ヤバくて楽しいな」
「それでは、転送地点を設定いたします。今回はプレイヤー適性を考慮し……〈始まりの樹海〉へ送らせていただきます」
「樹海?」
「ええ、風と魔力の流れが複雑なフィールドです。迷いやすい地形ですが、同時に探索には最適の初期マップとされています」
「ふーん。まぁ、楽しめりゃどこでもいいさ」
転送の準備が完了し、ヘルメスが一礼する。
「それでは、シュウユ様の《NeoEden》での冒険に幸多からんことを。――転送、開始します」
シュウユの視界が一気に白く染まり、足元の地面がぐにゃりと歪んだ。
重力のベクトルが切り替わり、彼の身体が下へ――世界の向こう側へ、滑り落ちていく。
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