017 創造と模倣、そして意志
草原が光った。
眠らざる庭園に広がる緑が、淡く脈打つように輝いている。
創零の意思――「守る」という選択が、空間そのものに影響を与えていた。
シュウユは、一歩前へ出る。
転移魔式〈星陣〉の痕跡が、視界の端で小さく点滅している。
(あいつは、もう“俺の世界”を守ってる。なら、俺も“お前の世界”を守る)
敵は一人。
だがその存在感は重く、静かにのしかかっていた。
創零と同じ設計図を持ちながら、
言語も感情も持たず、ただ「役割」として世界に残された存在。
「認識修正:存在乖離認定。除外行動……開始」
その言葉とともに、零影の背後に六つの浮遊陣が展開される。
「くるぞ、創零!」
「……うん!」
零影が構えを取る。
そして、次の瞬間――消えた。
「……ッ!」
視界の左端、シュウユは咄嗟に〈短距離転移〉で横滑りのように避ける。
着地と同時に右手を振る。〈ファントムクラッチ〉。
だが、零影の動きはその軌道を読んでいたかのように、あらかじめもう一歩外へ移動していた。
(こいつ……感情はないくせに、“読み”だけは完璧かよ!)
創零が指先をかざす。
その動きに連動して、草地に光の帯が浮かび上がる。
魔式:〈熱源消失〉――と思いきや、それは変化していた。
魔式変質確認:
〈熱源消失〉→〈反響断層〉(Heat Echo Nullify)
空間の温度変化だけでなく、音・魔力・振動の痕跡までもが一瞬でかき消される。
(……なんだ、これ)
シュウユが息を呑んだ。
創零の魔式が、今この瞬間――
“自分の意志によって”変化していたのだ。
「これが……“選ぶ”ってこと……」
創零が静かに呟く。
零影は反応しない。だが、足元の魔術陣が歪んだ。
「構造不一致。起点の逸脱……エラー。処理不能」
そう言った次の瞬間、零影は再び転移。
が、姿を現したその瞬間、彼の身体が一瞬“よろめいた”。
(熱も音もない空間に飛び込んだから――座標補正にズレが生じた!)
「そこだっ!」
〈疾翔〉発動。
滑るように地面を駆け、斜め下から踏み込む。
「ファントム――!」
創零が同時に手を上げる。
「……クラッチ!」
二人の魔式が重なり、零影の腕を拘束する鎖が生まれる。
──バチィィッ!
しかし、その鎖が“内部から”爆ぜた。
「!?」
「指令外結合検知。強制解除。再調整――完了」
零影の体表に、いくつもの走査線が浮かぶ。
拘束魔式を“構造的に分析”し、即座に対抗手段を構築したのだ。
「まじかよ……。なんでもありかよ……!」
だが、それでも。
創零は立っていた。
彼の足元に広がる“庭園”は、揺るがない。
小さな光が、彼の背後で花のように咲いていた。
そしてシュウユも、確信する。
(最強じゃなくても、最高でいい。こいつの“遊び”を、絶対に守る)
シュウユの〈五連転移〉が走った。
滑るような転移、魔力干渉による連撃、そして草原に潜ませた〈クラッチ・リバース〉による空間捕縛。
零影は宙に引き上げられ、動きを止め――
──たかに思えた、刹那のことだった。
「逆照合完了……魔式応用領域、許可申請。
認可済み。対抗構造――展開開始」
「っ……!?」
宙に浮かぶ零影の背後で、空間がひしゃげる。
そこに、黒い魔式陣が浮かび上がった。
しかも、五つ。完全に、〈星陣〉と同じ構成――だが色も、密度も、構造も異なる。
(コピーじゃねぇ……“模倣を超えた応用”に入った!?)
「対象の魔式構造:複数座標転移による連鎖干渉。
自己反応構成:重ね合わせ転移+再干渉モード」
零影の身体が、一気に霧散した。
次の瞬間、五点同時に“現れた”。
「なっ……」
シュウユが対応する間もなく、零影は“多重転移”を用いて自身の分身を同時出現させ、
それぞれが“観測用の幻影”ではなく、限定的な干渉体として攻撃してくる。
「本体どこだよこれ……!」
創零が即座に魔式を展開。
草原の根を魔力に変換し、地面ごと“揺らす”。
魔式〈環境干渉式:地律結界〉。
足場を不安定にし、零影の座標把握を狂わせる策だ。
だが――
「環境予測取得済み。転位点再調整」
五体の零影が、まったく同じ角度・同じ軌道で避けてくる。
(くそっ、読みの精度が上がってる……!)
そのとき、創零の目がふと細まった。
「……まって」
彼は右手をゆっくりと、地面に向けて差し出した。
魔式が発動する。
〈感応転移:エモーションフィールド〉
――感情と連動する転移構造式。
彼の“戸惑い”が、魔力の流れを細かく乱す。
それが一瞬、五体の“零影”の挙動にズレを生んだ。
「今……止まった!」
「――今だ!」
シュウユはすかさず、地形を滑るように〈疾翔〉で滑空し、
本体の背後に〈ファントムクラッチ〉を撃ち込む!
が――
「……遅い」
影の一体が、指先から“細剣”のような魔力の刃を伸ばした。
ガッ!
剣と剣がぶつかり合う。
(防いだ……けどっ……!)
衝撃が腕をしびれさせる。
零影の“精密動作”が、完全に〈TECゼロ〉の自分を上回り始めていた。
(やばい……このままじゃ押し切られる……!)
だが、次の瞬間――
「……シュウユ、うしろ、さがって」
創零が、一歩前に出た。
彼の足元に、再び草原の魔式が花開く。
その中心には――
明らかに今までとは違う“色”の魔式陣が浮かんでいた。
魔式新規生成:〈灯環構造式:エーテルリンク〉
効果:魔力共鳴による対象拡張+精度補正
創零の魔力が、まるで“光の輪”となってシュウユの身体に重なった。
「……これは、お前の魔力?」
「……うん。ぼく、まもる。だけど――いっしょに、“つかう”」
二人の魔力が、重なっていく。
零影の眼が、かすかに揺れたように見えた。
「対象構造:不明。共鳴型魔式……非認証領域。
記録との整合性なし。観測不能の意志接続構造……警告」
「これが、“お前にはない力”だよ」
シュウユが踏み込む。
それは、ひとりで戦っていた時とは違う――
“誰かと重ねて撃つ”ための、初めての一歩だった。
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