010 開発室に響く、驚愕の通知
その日、株式会社ネオレルム 第七開発室は、混乱に包まれた。
エナドリ缶が机に積まれ、モニターには仮想世界のコードとログ。
黙々と作業を続けるスタッフたちの中に、異音が割り込んだ。
ピコン、ピコン、ピコン!
「ん? 誰だ、テスト鯖触ったやつ……って、メインサーバーかこれ?」
中央モニターが自動展開し、赤文字で警告が表示された。
【緊急通知:隠しエリアNo.042 開放ログ確認】
【討伐対象:擬似小八岐大蛇】
【想定突破レベル:Lv50~60】
【実行者Lv:17】
「……は?」
最初に声を上げたのは、世界観設計班の竹内だった。
隣でカップラーメンにお湯を入れかけていた3D班の宮坂が固まる。
「えっ、ちょっ……ちょっと待て、なに? 誤検知? バグ?」
「ない! ログある! 移動履歴、戦闘ログ、取得スキル、魔式連携まで全部通ってる!」
「うそやろ!? あれ、復帰組の高レベル想定ボスだろ!?
なんで初期地点からそのままソロで倒してんの!?」
「あの大蛇、首が8本あって個別AI入れて、リアルタイム連携の学習パターン仕込んで……ガチで作り込んだやつだぞ!? てか、デバッグ用の“高負荷テスト用”じゃん!」
バタバタとスタッフが立ち上がり、各自のモニターに向かう。
「確認……こいつ、“転移魔式使い”? なんでそんなマニアックな変則ジョブ選んでんだよ!」
「しかもステ振り、耐久1、技量1!? 紙装甲!?」
「これ、普通だったら噛まれて終了だぞ!? どうなってんの!?」
「おいおいおい……このビルド、真面目に“死にたい構成”じゃねぇか?」
「ありえない……このジョブ、開発スタッフがロマンで入れただけのやつなのに……!」
「しかも、“空中歩行→クラッチ→地形利用”のコンボ、これテスト段階でも成功率20%切ってたやつだろ!?」
山岸ディレクターが額を押さえ、椅子に沈み込む。
「……ぐわぁ……どうしてこんなことに……」
誰かがそっと言った。
「そもそもあのエリア、封印したままでしばらく放置するつもりだったんですよね?」
「NPCの台詞も、まだ仮テキストだぞ。“このへんに何かあります”って言うやつ」
「背景グラフィック、6割スケッチで終わってます……。探索されたらバレます」
「マップ下層、まだ地形めり込みバグ修正してないぞ……!」
開発室に、徐々に悲鳴と乾いた笑いが交じる。
「ってかこれ、下手するとSNSで拡散されるぞ!?“謎のエリアをLv17で開けた神プレイ”とか言って動画付きで!」
「やばい、やばい、運営対応どうする!? “想定内です”とか無理あるだろ!」
だがその中で、一人、AI開発主任の柳瀬は画面を見つめながらぽつりと呟いた。
「でも……なんか、ちょっと嬉しいな」
「は?」
「俺たち、“テンプレに縛られない遊び方”ができるゲームを目指してたんだろ?
このプレイヤー、まさにそれをやってのけたんじゃないか?」
会議室が、一瞬静まる。
「……最強じゃない。最短でもない。でも、“面白さで突破した”ってのは、確かだな」
ディレクターの山岸が、息を吐きながら立ち上がった。
「……運営、臨時会議。15分後に招集だ。対応方針と、プレイヤー行動の影響シミュレーションを急げ」
「了解!」
「一言でまとめよう。“とんでもない奴が、来ちまった”」
「確認。隠しエリアNo.042、アクセスフラグ有効化。
しかも、第一層まで踏破済み……!」
オペレーターの報告に、会議室がどよめく。
次々と表示されるデータログ。魔式、転移点の構築履歴、スキル――
どれをとっても、普通じゃなかった。
「この行動記録……ルートが全部想定外なんだけど!?」
「というかさ、ステータスの構成からしておかしいだろ。
耐久1、技量1って、“何があっても即死”構成なのに、
それでLv50推奨のボス倒して隠し扉開けてんだぞ?」
「いやマジで、こいつVR空間の“遊び方”を根本から間違ってるって……!」
「違うよ。正しい“遊び方”が、そもそも決まってないのがNeoEdenでしょ」
静かに言い放ったのは、AI設計主任・柳瀬だった。
彼は腕を組んだまま、複数のログを同時に再生していた。
「テンプレビルドでも、効率でもない。
このプレイヤー、“手探り”で、自分の感覚を頼りに攻略してる。
しかも、純粋に楽しんでる」
「でも……バランスが壊れる可能性があるだろ?
このエリア、他のプレイヤーに見つかったら……」
「いや、待て……」と、ディレクターの山岸が口を挟む。
「俺たち、“最短で最強になれる”ゲームを作ったつもりはない。
この世界は、“気づいた人だけが行ける道”を用意した。
その一人目が現れた。それだけだ」
会議室が静まり返る。
「シュウユ。……名前、覚えておこう」
山岸がそう締めくくる。
一方そのころ――
「おお……こっち、めっちゃ雰囲気変わったな」
岩の門の奥、誰も知らない“隠しエリア”。
名もなき洞窟群を抜け、広がる異形の地形。色が深く、音が静かで、空気の密度が違う。
「たぶん“何か”いるな、これ。空気がビリビリしてる」
ログも、攻略情報もない。地図も開けない。
でも、それがたまらなく――面白い。
「やっぱ、こっち来て正解だったな。テンプレ通りじゃ、見えねぇ景色がある」
一人、未知を踏破する少年。
その歩みは静かだが、
ゲームの外側では、とんでもない波紋を広げていた。
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