001 ただ、本気で“遊び”たかった
それは、人類史における最も静かで、最も激しい技術革命だった。
AIと神経科学の融合によって生まれた“フルダイブシステム”。
人間の五感すべてを仮想空間に転写し、現実と等価か、あるいはそれ以上のリアリティを実現する完全没入型のインターフェース。
もはやスクリーンを介しての遊びではない。“ゲームの中に生きる”ことが、現実となったのだ。
初めてこの技術が発表されたとき、人々は半信半疑だった。
痛みや味覚、風の感触までもが再現されると聞いて、多くの者は「そんなことができるはずがない」と笑った。
だが数年も経たずして、プロトタイプの成功が証明され、フルダイブは急速に実用化へと進んでいく。
最初に恩恵を受けたのは、医療、軍事、教育といった分野だった。
リハビリや兵士の訓練、遠隔操作の専門職訓練などにおいて絶大な効果を発揮したこの技術は、やがて民間に解放される。
その先に、誰もが予想した通りの爆発的な需要が待っていた。
エンタメ――とりわけ、ゲーム産業である。
視覚、聴覚、触覚、温度、嗅覚、味覚、さらには感情刺激までを網羅する世界において、プレイヤーは「キャラクター」ではなく、自分自身として冒険を開始する。
誰かが作った英雄譚に乗るのではない。自らが“世界の一部”として生きる。
仲間と出会い、剣を握り、魔法を放ち、血を流し、風を感じ、星空の下で語らう。
それは、夢に描いた物語ではなく、今まさに起きている「現実」だった。
この新しい遊び方は、瞬く間に世界中を席巻した。
数えきれないほどのフルダイブ型VRMMOが開発され、その数だけ“もうひとつの現実”が存在した。
人々はゲームを渡り歩き、自分が最も心地よく“生きられる世界”を探し続けた。
だが、やがて訪れる飽和。
どれもが似たようなシステム、同じような物語、異なるようで変わらぬバランス調整。
冒険心を持つ者たちは、徐々に“旅”をやめ、“日課”を始めた。
レイド、素材集め、スキル上げ。
冒険は作業となり、作業はルーチンとなり、ルーチンは退屈へと変わった。
そんな折、突如として発表されたのが――《NeoEden》。
その一報は、まさに一石を投じた。
開発元は、日本の老舗ゲーム会社『ネオレルム』。
かつては硬派なRPGや超高難易度アクションで知られ、どこか尖った作風を持っていた企業だったが、近年は大きなタイトルもなく、静かな存在になっていた。
だが、その彼らが送り出した新作は、事前情報をほとんど伏せたまま、たった一文のキャッチコピーを掲げてこう告知された。
『これは、現実と等価の“神話”世界である。』
それだけだった。
公式サイトにはスクリーンショットすらなく、搭載されているはずのAIやシステムの仕様も一切非公開。
リリース直後にさえ、インターフェースやマニュアルは最小限しか提示されず、操作方法すら「ログインしてから自分で確かめてください」というスタンスだった。
にもかかわらず――《NeoEden》は爆発的にヒットした。
βテストでプレイした者たちは口々に言った。「これは、他と違う」と。
誰かが作った「正解」をなぞるのではなく、自分が生み出す物語。
予測不能で、制御不能で、圧倒的な自由がそこにあるのだと。
そして、半年が経った現在。
その世界に、ひとりの少年が、ようやくログインしようとしていた。
東京、2053年6月。夕暮れが始まる少し前。
都内のマンションの一室。二階の角部屋。
少年は椅子に浅く腰掛けたまま、机に足を投げ出していた。
床には使い古されたゲーム周辺機器が雑然と転がり、壁にはポスターが何枚も貼られている。だがどれも、色褪せていた。
「……さて、と」
独り言のようにつぶやいて、シュウユはコンソールを立ち上げた。
画面には、懐かしいロゴがゆっくりと浮かび上がる。
《NeoEden》
やっぱり、ちょっとダサいネーミングだよな――なんて思いながら、彼は手元のインターフェースを操作していた。
本名:俊雅 遊逸 しゅんが・ゆういつ 、17歳。高校2年。
ゲーマー仲間からは“シュウユ”と呼ばれ、かつてはVRPVPG《RTA》で名を馳せた上位プレイヤーだった。
あの頃の彼は、勝つことに貪欲だった。
というより、「勝ち方」にこだわっていた。
他人とは違うやり方で勝つ。
運営の想定していない職業構成、非効率な武器、防御より回避を選ぶようなビルド。
最短ルートではなく、遠回りのルートをあえて選び、そこに何があるかを確かめた。
それで勝てたときの達成感は、何物にも代えがたかった。
だが、ある日ふと気づいた。
いつからか「勝ち方」がテンプレになっていたことに。
動画を見れば、強いビルドはすぐに共有され、最適解はマネされる。
やり込んだ者が損をし、偶然見た攻略情報がすべての“答え”になる。
その頃から、彼は徐々に熱を失っていった。
(なんで俺、こんなに冷めちまったんだろうな……)
最適解に価値がない。
だけど、それ以外を選ぶ理由もない。
そんな停滞感のなか、彼はゲームをやめた。
――そして、今日。
ふと届いた一通のメッセージ。
『いっしょにネオエデンやらないかい?買って君のアカウントに送っておいたから。よかったらおいで』
送り主は、“あいつ”だった。
《RTA》時代からの付き合いで、誰よりも変わったヤツ。
勝つことより、楽しむことに全振りしているような男。
だが、誰よりもゲームに真剣で、本気だった。
返信したのは、ほぼ反射的だった。
『ネオエデンするけど、まだやってんの?』
すると、ものの数秒で返事がきた。
『まだやってるよ。やる決心がやっとついたのかい?それだったら手伝って欲しいことがあるんだ。今日の20:00、第二の町の宿に来てくれ。手伝ってくれたら、色々あげえるよ』
内容は相変わらず謎めいていたが、どこか懐かしく、心をくすぐった。
(やってみてもいいかな)
自然とそんな気持ちになった。
別に世界を救いたいわけじゃない。
誰かに勝ちたいわけでもない。
ただ、あの頃みたいに、本気でゲームを楽しんでみたい。
自分の選択で動く世界に、もう一度触れてみたい。
ただそれだけの気持ちが、今の彼には十分だった。
「んじゃ――始めますか」
そう呟いて、ヘッドセットを手に取る。
認証を通し、神経リンクのチェックも問題なし。
同期準備完了の表示が出ると、彼は目を閉じて、深く呼吸する。
(思い出せ。初めてログインした時の、あの“空”の色を)
「ワールドコネクト――」
起動の声と同時に、視界が暗転する。
五感がふわりと解放され、重力が消えていく。
現実の床から、仮想の世界へと身体が落ちていくような感覚。
そして、その先に――
彼が、もう一度心から“遊びたい”と思った世界が、待っていた。
読んでくださってありがとうございます!
『NeoEden・Escape ~自由奔放でゲームを荒らしてしまっています~』について
この作品については、今後の更新は控えめになる予定です。
というのも、書き進めるうちに、自分が本当に書きたい方向とはちょっとズレてしまったなと感じています。
最初から作り直すのもエネルギーが要りますし、途中から手を加えると話に食い違いが出そうで……。
モチベーション的にも、今はそっと置いておこうかなと思っています。
楽しみにしてくれていた方がいたら、ごめんなさい。
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これから投稿する作品について
これからの作品は、自分のペースで気楽に続けていくつもりです。
更新は定期的にしたいと思っていますが、日々の予定次第では間が空くこともあるかもしれません。
その際は、のんびり見守ってもらえたら嬉しいです。
創作について
・基本的に思いついたことを形にしている、完全な“妄想ベース”です。
・物語が詰まると、少し時間がかかることがあります。
・いろんな小説や作品を読んで、勉強しながら書いています。
読んでくれる皆さんへ
・誤字やおかしなところを見つけたら、気軽に教えてもらえると助かります!
・質問や感想など、どんなことでもコメントもらえると本当に励みになります。
・まだまだ試行錯誤の毎日ですが、応援してもらえるとすごく嬉しいです!
これからも、どうぞよろしくお願いします!