戦闘2
目と目があったらバトルする例に習って、今木立こだち灯あかりは進行方向に立っているおじさんに能力バトルを仕掛けるのであった。
「貴方、そこ、どいて、わかる?」
「いいやどかない。此処こそ僕の通る道だから。チビガキこそ僕のために端に寄るんだな」
この2人初対面である。
普通にお互い避ければいいのに、それが譲れない。できない。
この街では人も犬も猫も皆こんな感じであり、これがほぼ礼儀みたいなものなのだ。
そしてもう勝負は始まっている。
轟音と共に車が垂直に飛んだ。
およそ7トンの普通自動車が電柱の高さまで舞い上がった。
互いに両手を掴み合い、まずは膂力の比べ合い。道のコンクリにはヒビが入り2人の気迫で気圧が変わった。
おじさんは受けた力を横に流し、力んだ灯はバランスを崩す。そして腰が入った右のアッパーを直接顔面にぶちかました。灯は犬に投げられる人形のように吹っ飛んでいくがこれで死んでちゃこの街にはいられない。
転がった先で立ち上がりながらジジジジと切れ掛けの蛍光灯に似た音を鳴らし抉れた顔面を再生すると、ポケットからゴロゴロと金属の球が入った箱を取り出した。灯は飴玉サイズの純金を飴玉のように口にして、舐めるのに飽きた子供みたく噛み砕いた。
口の中の純金を全て飲み込むとゆっくりとおじさんのいる方へ1歩踏み出す。2歩、3歩、と加速度的に早くなり踏み込む度足元の道路には深く大きい穴を作られていた。
9歩目でおじさんとド近距離となった時には、灯は最高速度叩き出し質量も最高到達点に達していた。拳なぞ握らず、腰なんぞ入れず、ただ一心不乱に最速最重量の黄金の体当たりをぶちかました。
インパクトの瞬間、胴体だけが灯と一緒に突き抜けていきボトボトと顔と手足が地面に散乱した。
青い液体とともに。
「貴方、その青い水は何?」
頭だけでも喋れんだろと言わんばかりの毅然とした立ち姿で話しかける灯、
「君みたいなチビガキなら知ってんじゃないか?」
おじさんのちぎれた部位の断面からドクドクと青い液体が流れ出ている。
それはパソコンで映されるぐらい真っ青で、銀河みたいに深い。
「これは所謂、宇宙の血だ」
宇宙と聞くやいなや灯の眉間に3本シワが寄った。
「…」
アスファルトに流れてる、そのキラキラと光を乱反射させる液体は宇宙の漆黒とは似つかない青で、灯の顔には気持ち悪いと書いてあった。
その血はやがて流れを止め時間が巻き戻るかのようにそれぞれの断面に戻っていき、おじさんは五体満足にへと再生した。
「おいチビガキ、あとで僕の服ちゃんと弁償しろよ」
おじさんの服は辛うじて隠すべき場所だけ隠せるような形で残っていた。
「は?私の服もボロボロにして貴方何様?」
灯のダボダボな服には汚れと細かな穴が空いていた。
「あ、穴空いてるし…最悪。この服お気に入りなんだけど!?」
急に戦闘は再開する。
灯は最重量の拳を振りかぶり、また頭をぶっ飛ばす勢いで殴りかかった。
おじさんは呟いた。
「僕も負けてられないよね」
両手をおにぎりを作る時のような形にし、息を止めた。
隕石のような拳はおじさんの頭をホームランボールのように軽快にぶっ飛ばしたかと思われたが、おじさんが息を止めると透明な膜が形成、衝突の瞬間で拳に込めた力は0になった。
「あぁ??」
「実に不思議なことが起こったろう?そうだろう?君の腕に乗った速さを0にした。そう0。」
おじさんのテンションは実験が上手くいった科学者のそれだった。
「ふはは完璧!僕自身ようやく自分に宿った力を理解してきた頃なのさ。僕の内的宇宙のアウトプットに付き合ってくれてありがとう!」
興奮気味の半裸とは裏腹に、灯がおじさんに向けている目は本当に水が凍りそうなほどであった。
「…なんか貴方相当息切れしてんねェ」
「はは…そんなに僕とお話したいのか?…早くそこを通してくれないかな」
宇宙の血…。並行宇宙の肉を食らった者に流れる体液。その者の体内には無限のような宇宙が広がっており、そこのエネルギーを体外に放出することが出来る。
さらに私たちの持っている超能力とは別の並行宇宙の力が宿ると言われている…。
「貴方たちのような人にはもう1つ力が宿るらしいわね、それがさっきの0のやつなの?」
灯はおじさんと距離を保ちつつ様子を伺う。
「ソウダトモ!よく知っているねぇ!先のは君の拳のスピードを奪った!奪って内に蓄えたのさ!」
「…うるさい口ね」
「はは…漫画の読みすぎだぞチビガキ」
灯は青くキラキラとした金属が入った箱を取り出し大きく開けた自分口にゴロゴロと流し込んだ。
ゴロゴロ、ゴロゴロ、それは小さな箱なのだがその容量以上の金属球が際限なく出てきていた。およそ少女の胃に入っていく量では無い。(そもそも入れるようなものでもない)
しばらくして口を閉じ下を向いてゆっくり顔を上げた。狙いはおじさん。走高跳の助走のような9歩で最高速度トップスピードに到達し、顔面からおじさんに体当たりする。
「芸が無いなぁ」
おじさんは再び手を握り透明な膜を張る。
灯はそこが狙いだった。
爆速で近付いてくる灯の顔面は、唇はおじさんと0距離で止まり、灯は手をおじさんの後頭部に添え人工呼吸のような口付けをした。
おじさんは目を見開いた。
初めてのキスに。
柔らかい少女の唇に。
息もできないような濃厚さに。
不思議な血の味に。
ゴロゴロと流れてくる金属の球に。
灯は胃に貯めた金属球をおじさんの内宇宙に流しこもうというのだ。
おじさんは食道につかえた球で息ができないまま懸命に灯を引き剥がそうとする。
今の灯は最高重量を更新し、体重はトンを超えている。
(…?!一体なんだこの味は、血に似ている…)
(…ッ!!!!)
おじさんは自分が体当たりで飛ばされた場所を探す。
その場所には残っているハズの真っ青な宇宙の血が不自然な形でその場にあった。
まるで四角い箱ですくい採られたあとだった。
「…ぷはっ」
息もできないディープキスは終わり、灯は胃に流し込んだ金属球の口移しに成功した。
「あ”ー気持ち悪い。うがいしたいあ”ー」
おじさんは何とか球を飲み込み灯に尋ねた。
「どういうつもりだ。僕に毒でも入れたつもりか?そんなの僕の内宇宙に溶けて終わりさ。お陰で便通なんてありゃしないよ」
「下品な話。貴方一言余計ってよく言われない?ま、教えてあげる。貴方の血を使ったの」
「なんだって?」
「貴方の体内に入ったものは内宇宙のサイズにまで縮小されるってことは知っていたの」
「…そうだ……あ?まさ…か」
「金属球を宇宙の血でコーティングすればサイズはそのまま貴方の内宇宙に入っていくんじゃないかって思ったわけよ。どうなるかしらね」
「…いやいやはは…そんなわけ無いだろう」
焦るおじさんの手の甲からパラパラと何かが剥がれ落ちていた。
「よかったわ仮説が合ってて」
「な、、、なんだあああ!、これ!!」
「中でどうなってるかわからないけれど貴方の崩壊が始まったのよ。その破片は貴方のものよ」
「あぁ、、、ああああ、、、」
「ほら退きなさい。私が通る」
手先足先、胸、そして頭とおじさんは崩れていった。
その現場には不気味に煌めく青い血しか残らなかった。
人ひとりが崩れても、車が垂直に吹っ飛んでも、地面が足の形にえぐれてても、道を譲らず負けた人だけが悪く、明日も街は廻るのだ。