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8.ドラゴンの卵1


 北上するにつれ、だんだんと乗り合わせていた人が降り、人数が少なくなっていく。ブリンゲバールまでにはいくつかの村があるが、そこから先のセレリス・フォレストへはほとんど集落がない。

 雪道で馬車も通れない場所が多く、ほとんど走っていないので、そこから先は自らの足で行くことになる。


 三つ目の集落を越えたあたりで、馬車に乗っているのはルーベルとフィアリル、一人の少年だけになる。


 宿の多かった街道沿いを抜け、うっすらと雪が積もる道なりを進んでいく。


 グレーデールの町を出たときの恰好では外は少し寒いかもしれない。


 フィアリルは、疲れもあったのだろう。

 二つ目の町を出たあたりから眠ってしまった。

 ルーベルは着ていた上掛けをフィアリルに着せかけ、荷物の中から毛糸を取り出す。


「うーん。フィアリルが使うなら、やっぱ蜂蜜色かねぇ……かぼちゃ色もこっくりしてて捨てがたい…………」


 作るのはフィアリルの使うマフラーだ。これからどんどん寒くなるだろうし、あって損はないだろう。

 それはそれとして


「……どうすっかな……毛糸の色……」

「この色がいいよ」


 先ほどまで乗合馬車の隅に座っていた少年だった。

 ルーベルの荷物の中の葡萄色の毛糸を指さしている。


「おねーさんにあげるやつでしょう? この色がいいよ」


 自信たっぷりにそう言う少年に促され、その毛糸をフィアリルの寝顔の傍に寄せてみる。

 濃い果実の色が、フィアリルの髪の柔らかい色味を引き立てる締め色となって、よく似合いそうだと思った。


「本当だ。すごいなぁ、君。名前、なんていうの?」

「僕? 僕はヴィンテル!」

「ヴィンテル。いい名だな」

「でしょう? ヴィーでいいよ! おにーさんとおねーさんは特別! 僕が乗るとき、手を貸してくれたでしょう?」


 ヴィンテルと名乗った少年は、にしし、といたずらっぽく笑ってそう言った。


 そういえば、馬車が出るときそんなことをしたかもしれない。

 人懐っこくて素直な、いい子だ。

 初見で自分を怖がらない子供というのは初めてで、ルーベルは驚く。


「俺はルーベル。この、眠ってる綺麗なおねーさんは、俺の奥さんのフィアリル」

「わかった! よろしくルーベル!」


 ルーベルの横に座ったヴィンテルは、にこにことご機嫌な表情だ。


「ありがとう。悩んでたから助かった。なんで、フィアリルにこの色が似合うってわかったの?」

「えー、なんでだろう……なんとなくかなぁ……」


 ヴィンテルは考え込むように首を傾げていたが、しばらくして、「あっ! わかった!」と嬉しそうに顔をあげた。


「ルーベルの目の色と一緒だからだよ! フィアリルさんの色とピッタリ!」


 え。超いい子なんですけどこの子。

 でもルーベルは呼び捨てでフィアリルにはさん付けなのはなぜだろう。

 別にいいけど。


「この毛糸の色、ほんとにフィアリルにピッタリ?」

「うん! ほんとだよ!」

「……わかった」


 ヴィンテルの言葉と己の目を信じて、この毛糸でマフラーを編むことにする。

 手触りもいいし、多分使ってくれるはず。……はず……。


 深く考えないことにして、編み棒を動かした。

 棒針編みにして、できるだけ細かくふっくらとした編み方にする。

 普段使いの二巻きできるくらいのマフラーなら、集中してできるのであればそんなに時間はかからない。

 ましてほかにすることもないし、ブリンゲバールに着くまでには出来上がりそうである。


「ルーベル、はやーい……。早すぎて手が見えないよ……」

「慣れてるだけだよ。練習すれば、ヴィーもできる」


 ヴィンテルがうらやましそうにルーベルの手元を見てくれるので、なんだかこそばゆい気持ちになる。

 本当に、ただ編み物をしているというだけなのだが。


 規則的な動きを見て眠気を誘われたのか、気づけばヴィンテルもすっかり眠りに落ちていた。両側から聞こえる幸せそうな寝息につい頬が緩む。


 マフラーは、夢中になって黙々と編んでいたら、本当にあっという間に出来上がってしまった。

 今まできちんと時間を取ってマフラーを編んだことがなかったので、こんなに早くできるだなんて、新鮮な気持ちだ。

 編み目も、ほつれているところなどはないし、いい出来かもしれない。


「お礼も兼ねて、ヴィーにもなにか作ろうかな」


 早く終わったのも、フィアリルにはこの色が似合うと葡萄色を推してくれたヴィンテルの貢献が大きい。


 見ると、雪色の毛糸が荷物の中にあった。


 ヴィンテルの、透き通った冬の湖のような色の瞳にピッタリに思えた。


「マフラー……は、もう巻いてるしなあ……」


 見た感じ普段使いのもののようだし、二つになっても困ってしまうだろう。

 しかし使わないものを贈っても、それはそれで困りそうだ。

 せっかくなら、使ってくれるものを渡したい。


「うーーーーん、……あ! これなら作れる!」


 寝息を立てるヴィンテルの小さな手を見てルーベルの頭にめずらしくひらめきが訪れた。


 馬車がブリンゲバールに着く前に出来上がるといいのだが。


***


 ブリンゲバールまであと町二つという頃になって、馬車は一度足を止めた。

 休憩を兼ねて、馬車の雪払いをするらしい。

 揺れが途切れたからか、フィアリルが目を覚ました。


「おつかれフィアリル。まだ少しかかるみたいだから、眠っていても大丈夫だよ」

「ううん。起きてる。ありがと」


 うーんと一つ伸びをして、フィアリルは金茶の瞳をこすった。

 背中が固まってしまったのか、しきりに腕をぐるぐる回している。


「ルーベルは、寝なくて大丈夫?」

「うん。俺は慣れてるし」


 何かを編んでることに気付いたのか、フィアリルの視線がルーベルの手元に向けられている。


「それは……手袋?」

「うん。この子……ヴィンテルって言うんだけど、さっきアドバイスをもらったから、そのお礼に」

「ああ、なるほど」


 目線でヴィンテルを示すと、フィアリルは得心がいったように手のひらをこぶしでポンとたたいた。


「この髪留めをもらったときにも思ったけれど、器用だねぇ」

「君がそう言ってくれるのは嬉しいなあ」

「この子になにを相談してたの?」

「ああ、それは、フィアリルには何色のマフラーが似合うかって悩んでたら、この色がいいって教えてくれたんだ」


 さっきまで編んでいた葡萄色のマフラーを手渡すと、フィアリルがぱちくりとまばたく。


「馬車って、他の場所にも止まったの?」

「え? ううん。休憩も兼ねてるのはここが初めてだけど」

「じゃあ、こんな上質なマフラー、一体どこで……」


 不思議そうにマフラーをみつめながらそんなことを言うので、ルーベルは思わず笑ってしまった。

 いくらなんでも褒め過ぎだ。


「そんなすごいもんじゃないよ。馬車ん中でさっき俺が作ったやつ」


 そう言うと、フィアリルはさらにきょとんとした顔でルーベルの顔とマフラーとを交互に見た。


 かわいいなぁと、ルーベルはいちいち思う。


「これを……?」

「おうよ」

「さっきの今で?」

「半日くらいはあったし」


 フィアリルの目がみるみるうちにまんまるになる。かわいい。


「すご! すごいルーベル! マフラーって普通半日で編めないよ! しかも、こんなに編み目が均一で、ほつれのないやつ……」


 食い気味にルーベルを褒めてくれるフィアリル。

 ずい、とその綺麗な顔を寄せてくるから、ルーベルの鼓動がどんどん速くなる。


「あ、ありがとう」

「いまいちすごさがわかってなさそうな顔してる……」

「だって、マフラーだよ? 往復編みしていくだけだもの」

「自分を過小評価しすぎだと思う……」


 むぅ、とフィアリルがむくれる。かわいい。

 顔が離れたことにほっとしつつ、同時に惜しいようにも思った。


「これも、わたしにくれるの?」

「外は寒そうだしね」

「使っても?」

「それはもう。使い倒しちゃってください」


 フィアリルはいそいそとマフラーを首に巻いた。

 ヴィンテルの見立ては正しかったと言っていいだろう。

 こっくりとした豊かな実りの色は、フィアリルによく似合った。


「わーい。ルーベルの色……!」

「君は、いやじゃない?」


 ふふふとご機嫌に笑う奥さんにおそるおそる尋ねる。

 フィアリルは一瞬きょとんと瞬くとふふっと笑った。


「いやなもんですか。柘榴石ガーネットみたいな深い紫。とっても綺麗で、優しい色」


 じっと、真っ正面からみつめられて身動きが取れなくなる。

 優しく細められたフィアリルの金茶の瞳の方が、何十倍も綺麗だと思った。

 言えないけど。


「……どーも」

「やーい、照れてやんのー」

「人の目の色を宝石に例えるほうがよっぽど照れくさい気がするけどね俺は」


 途端に、フィアリルは耳まで真っ赤になって俯く。かわいい。


「もう。茶化さないでよ。人がせっかく褒めたのに!」

「君が先に茶化したんでしょうが」

「あ、あれは! ……だって―――」

 

 わかっている。


 ルーベルのことを、ついうっかり褒めてしまったから。

 それにルーベルが照れてしまったから。


「髪留めも、マフラーも、ずっと大事にする」

「それはどーも」


 フィアリルの髪をぽんぽんと撫でる。心地よさそうに目を閉じる奥さん。かわいい。


 ふと心配になる。ルーベルのすることを一つも嫌がらないから。

 警戒心がないわけじゃないのに、ルーベルに対して無防備なところも。


『信用していいよ』とは言ったものの、別の意味で不安である。


 ―――だって、君は俺のこと、なんとも思ってないだろ?


 その問いを、ルーベルは胸の中に無理やりしまい込んだ。


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