28.グルーンスカの事情
グルーンスカは考えていた。
さてどこであのクズ王太子を馬車から蹴り出すべきだろうかと。
もともと担ぎ上げただけの傀儡だ。リー家の娘が手に入った今、アレの存在はもはや邪魔でしかない。後始末にも困る。
あの王太子とは、東諸国からフロストランドの北西部に向かう折に偶然出会った。道中での横柄で傲慢な態度や、東諸国を見下す発言から薄っすらと嫌な予感がしていたのだ。
案の定、あの王太子は、ブリンゲバールに到着してギルド長に話を通すのかと思っていたらいきなり火器を持ち出して威嚇し、クルトゥーラのことなど一切考えない発言で、リー家の娘の捜索をひっかきまわした。おかげで話し合いへの道は完全に断たれ、グルーンスカたちはあんな手段でリー家の娘を簒奪するしかなくなったのである。
セントランド王族だからフロストランドの人たちとの交渉がしやすくなるだろうと思って、ほいほい仲間に引き入れたのが間違いだった。とんだ貧乏くじを引かされた。
「ちっ。だから俺は反対だって言ったんだ! あんないかにもバカそうなやつに、かりそめとはいえ軍を率いさせるなんて!」
グルーンスカがそう毒づくと、隣で馬を操るエルドフルガが呆れたように言った。
「しょうがないだろう。アレを見送ればフロストランドへの通行証を持っている人間に次いつ会えるかわからなかったんだから。国王陛下のご病気は一刻を争う。精霊王様もそう言っていただろう。あの好機を逃すわけにはいかなかった」
「下手したら戦争になりかねなかったんだぞ? そうなりゃ間違いなくこちらが負ける。こっちは国王不在の混乱状態なんだからな!」
「戦争を避けたかったのは向こうの王子も同じだ。フロストランド国王は中々好戦的な男と聞く。王の耳に入れば開戦になることは分かっていただろう。奇跡的にでも利害が一致したことを喜ぶべきだ。アレを馬車から蹴り出すべきだという案には、俺も大いに賛成だがな」
「俺、それ言ったか?」
「言ってないが、そんなことを思ってるんだろうということは分かった」
「すごいなお前」
二人は東諸国の内の一国、クルトゥーラという国の軍人であり、見習いの頃からの同期だ。
クルトゥーラの王は今、原因不明の病に罹っている。国が親交を結ぶ精霊界の王、精霊王を頼ってもわからず、国家存亡をかけた窮地に立たされているのだった。
そんな中、一つの希望が見えた。賢者であれば病を治す方法がわかるかもしれないというのである。しかし、その賢者は、現在はセントランドにいるリー子爵家の令嬢からの取次でないと受け付けないという。
その令嬢はその令嬢で大変な目に合っているようで、セントランド王太子からの不遇を避けるためフロストランドに逃がされたと聞いた。
「それがまさか、あんなに豪胆で頭の切れるお嬢さんだとは思わなかったよ」
「彼女があのクズの政務代行をしていたというのは、本当だったんだろうな」
東諸国が混乱状態であることまでは情報として知っていてもおかしくないが、そのうちの小国の中の小国であるクルトゥーラの内政状態を熟知し、三足烏の紋章を見て、誰がなぜ自分を連れ去ろうとしているのかを判断したのだからただ者ではない。
しかもあの窮地で、あのアホがどのようにグルーンスカたちと関わっていたのか、グルーンスカたちの要求が本当に戦争ではないのか、それもわかって付いてきたのだあのお姫さまは。
第二王子への託の内容にもそれは表われていた。
『リー子爵家令嬢フィアリル・リーの名において、クルトゥーラではなく、セントランドの王へ、マティアス元王太子の処罰を望むという連絡を。それから、ルーベルに「先に行って待っていて」と伝えてください』
冷徹な人だ、とグルーンスカは思った。
そして、計算高い女だ、とも思った。あのクマみたいな図体の戦士と別れるとき、すでにそれをわかっていたはず。それなのに、あんな言い方をして別れれば、あの戦士は、どう足掻いたって娘を忘れられないだろう。
そうなるように、仕向けたのだ。
「今から、すごくずるくてひどいことをする」というのは、事実その通りだったというわけなのである。
戦士の男と別れ、こちらへ歩み寄ってきたときの妖精姫の泣き顔を、グルーンスカは思い返していた。こらえていたであろう涙がぼたぼたと、けれどその瞳は凜と前を見つめて。
「あの戦士の男さ」
「ん?」
きっと、本当は、あの戦士の男のそばに居ることが、妖精姫の何よりの幸せだったのだ。好きだと言った時の泣き笑いが、それを強く物語っていた。
その前置きをすれば、自分が嫌われるかもしれないと分かっていても、彼女はあの男にそれを伝えないままで告うことはできなかったのだ。
そしてそれは、それほどまで、妖精姫はあの戦士を愛しているということで。
「おれ、ちょっとうらやましいかもしれねえや」
グルーンスカは気持ちを切り替えるように馬に座りなおした。
小国とはいえ、クルトゥーラは二人の生まれ育った故郷だ。なくなってほしくなかった。必死になってリー子爵家令嬢の居場所を突き止め、欲しくもないクズを拾って、ようやくここまで来たのだ。
事情を説明して、話を聞いてもらう必要があるのに、あのゴミに横からあれこれ要らぬことをされたらたまったものではない。
「馬車から蹴り出すなら早いほうがいい。いつまでもあの色ボケ野郎と同じ空気を吸わせてしまうのも申し訳ないし。雪山に放置で異論はないか?」
「賛成だ」
四人を乗せた馬車は、クルトゥーラへと向かう道のりを、ただひたすらに走っていくのだった。




