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27.こわいですよ



「怖くないのかい。妖精姫さん」


 自分たちの後ろを、静かについてくる美貌の娘に向かって、追手の男グルーンスカは問いかけた。

 己に降りかかる悲劇に陶酔する様子もなく、先ほどのクマみたいな図体の男に見せたような涙もなく、ただただ静かにグルーンスカに付いて歩く娘。


「こわいですよ」


 虚勢も恥も感じさせない口調で、あっさりと娘は口にした。それは『怖くない』と言われるよりも、ある意味肝の据わった発言だった。


「けれど、わたしに利用価値のあるうちは、あなたたちがわたしを殺すことはないでしょう。戦争することも本当に望んでいない。クルトゥーラの兵が今そんなことをしている余裕はありませんでしょうし。……しいてあなたたちの策に苦言を呈すとすれば、協力者を選ぶ目がなさすぎます」


 あの他責王太子クズと一緒に来るなんて、と言いながら、娘の表情はピクリとも変わらない。


「それにわたしは、わたしのせいで人が死ぬのはいやです」


 それ以降、馬車までの道中で娘が口を開くことはなかった。

 グルーンスカも、そうか、と答えたきり他に何も喋らなかった。

 なにも聞かずとも、この娘がただの元貴族令嬢などではないということだけはよく分かったからだ。


 娘は依然として無表情だった。荒らされていないブリンゲバールの町と民を見たときに一瞬、安堵したように息をついただけだった。

 娘が次に口を開いたのは、グルーンスカたちと共に拠点へと帰る馬車に辿りついたときだった。


 町のギルド長が馬車の中でふんぞり返る男に詰め寄っているのだ。


「こんなのは認められない。何をしているのかわかっているのか! 交渉より先に、追手を町に解き放つなんて!」

「外交の作法など知ったことか。戦争になったとて構わぬ。どうせセントランドが勝つのだからな」

「そんな話をしているのではない。セントランドとフロストランドが交わした不可侵の約定が違えられていると言っている」

「僕が連れてきたのはクルトゥーラの兵だ。その約定には該当しない。文句があるならクルトゥーラのやつらに言えばいい」


 グルーンスカはそのギルド長の顔に既視感を覚えた。どこかで見たような顔だ。


「ラルフさん」


 後ろに立っていた娘が、ギルド長の名前らしきものを口にした瞬間、グルーンスカの記憶がよみがえる。

 今のクルトゥーラの王太子が立太子した日。式の会場の警備をしていたグルーンスカが目にした、フロストランドの第二王子の顔そのものである。

 名前はたしか、ラルフ・フロストランド。

 あの元王太子はおそらく、そのことに気付いていないが。


「まずいぞ」


 グルーンスカは思わず呟いた。

 あの第二王子からフロストランド国王へと話が通るのは一瞬だろう。

 この騒動がクルトゥーラの開戦意思からのものだと誤解されたままではまずい。


 名前を呼ばれて振り向いたギルド長、もとい第二王子は、金髪の娘の姿をその目に捉えて驚いたように目を瞠った。

 そこに娘は歩み寄っていく。そして何事かを第二王子に囁いた。

 その唇の動きを読み取ったグルーンスカは絶句する。


「君は……本当にそれでいいのか」


 グルーンスカ同様呆然とした第二王子が、確認するように問うた。

 何の迷いもない表情で、娘が頷く。


 第二王子は一歩下がった。娘が決めたことであるのなら、甘んじて受けると言うかのようだった。


「お久しぶりでございます。マティアス殿下」


 娘がそう言って馬車に乗り込んだとき、グルーンスカはようやく、彼女はすべてわかっているのだということに気がついたのだった。


***


「お久しぶりでございます。マティアス殿下」


 馬車の目の前の席に座るリー家の令嬢を眺めながら、満足な気分でマティアスは頷いた。

 まさか、こんなにあっさりとフィアリルが己の手の内に戻ってくるとは。

 さすが東諸国シェールレクスグードの暴れん坊どもだ。役に立たない部下などさっさと捨てて、最初からこうしていればよかった。

 マティアスはフィアリルの顎に手を添え、ついと持ち上げる。


「ふん。威勢のいいことを言って出て行ったくせにこれか。ざまぁないな。戦士の男はどうした? 捨てられたか?」


 フィアリルは答えなかった。それどころか、その金茶の瞳でマティアスを睨みつける。

 あの時と同じ、どこか糾弾するような目。


「おい、その目をやめろ、今すぐ」


 フィアリルの目つきは変わらない。あまりに腹が立って、つい手が出た。鈍い音を立てて、マティアスの拳がフィアリルの頬に入る。

 その間、フィアリルは一言も話さなかった。顔を顰めることもしない。口が切れて、唇から血が垂れたのを拭い、それを痛がるわけでもなく、何の感情もこちらに向けずにただ窓の外を見ている。


 無関心を装えるのも今だけだ、とマティアスは思った。あの王宮で、あの身分だったからフィアリルは断るしかなかった。

 けれど今は違う。

 この女にリー子爵家の身分はない。ゆえにマティアスの誘いを断ることもない。

 東諸国シェールレクスグードの砦に着いたら、すぐにでも床に呼んでやろう。そして、凌辱してやる。尊厳も、自由も、何もかも奪って、ただよがるだけの獣になるまで堕としてしまおう。

 そうして初めて、この女への復讐は果たされ、今度こそマティアスだけのものとなるのだから。



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