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19.奥さんの隠し事2


 俺の奥さんが何か隠している。

 話しかけても上の空になったり、コソコソ隠れて朝家を出ていたり。


「あれ、フィアリル早いね。眠くない?」

「大丈夫だよ。ちょっと出てくる。ルーベルはまだ寝てて」


 とまあこんな具合に。


 日が昇る前にそっと部屋を抜け出していて、朝ご飯ができるころになるとふらっと帰ってくる。

 フィアリルの手の先は決まってかじかんでいて、コートはぐしょぐしょ。

 ふわふわの蜂蜜色の髪に氷の粒がたくさんついているし、マフラーも真っ白にして帰って来る。


 この町に来てから早一週間。この日もフィアリルは朝に出かけていった。


「フィアリル、ごはんできてるよ。うわっ! コート冷たぁ! なにして来たのさ本当……」


 なにせフィアリルのことなので、闇だの裏だのという感じの隠し事ではないだろうが、毎日眠たげな眼をこすって出て行くフィアリルの健康にだけは障らないでほしいと思うのだ。


「だいじょうぶ。……わ、ルーベルのごはん、おいしそう」

「…………」


 さりげなく話題をすり替えられる。

 正直心配だ。

 けれどフィアリルが望んでそうする以上、ルーベルがとやかく言うことはできない。


「今日のスープの野菜は隣のおばあちゃんがくれたんだ」

「にゃーーー、あったまる~~~~。天才」

「それはどうも。褒めてもなにも出ないよ」

「えー」

「えーじゃないでーす」


 フィアリルは拗ねたようにぶうぶうと口をとがらせる。

 けれどすぐに気を持ち直してすっくと立ちあがった。スープの乗っていた皿を持って、うきうき歩く。


「おいしかったー。おかわりしよっと!」


 鍋の蓋をかぱりとあけて、立ち上る湯気にうっとり目をつぶる仕草がまたかわいい。

 もう本当なにしてても可愛いな奥さん。

 キッチンにある鍋の元へ鼻歌を歌いながら向かうフィアリルがかわいい。


 彼女は俺を喜ばせる天才なんだろうか。

 天才だったわ。




「……おなか、いっぱい……」


 最終的にスープを三杯お代わりしてひとごこちついたのか、フィアリルはクッションの上でこっくりこっくり眠ってしまった。


「ベッドで寝ないと風邪ひくよ」

「んー、すこしだけ……」

「……体冷やすってのに……」


 ルーベルはこっそり息をつく。目の前ですやすやと寝息を立てるフィアリルは、ずいぶん幸せそうな顔をしている。

 その顔にかかった髪をそっとよけると、一瞬だけ、彼女の長い睫毛が震えた。


 やっぱり意識してるのは俺だけか、という確信が、ルーベルの心には芽生えつつあった。

 一つ屋根の下で生活しているというのに、フィアリルはそんなことを意にも介する様子もない。


 セントランドを出てからこのかた、毎日毎日、ルーベルの好きだけが積み重なっていく。


 少し腹が立って、フィアリルの形のいい鼻をきゅっとつまむ。


「うー……、んう、うーべる……?」

「なに?」


 ぼんやりとした目でルーベルを見たフィアリルは、目が合うととても嬉しそうに笑んだ。

 とろけるような金茶が、まっすぐ柔らかに俺の輪郭を映した。


「雪まつり、一緒に見に行こうね―――…………」

「『雪まつり』? ああ、ラルフさんが言ってたやつか……。そういえば、明日だったかな」

「ぐー……」


 言うだけ言って、フィアリルは寝落ちた。

 さっきの彼女の誘いが寝ぼけていたことによる気の迷いでないことを祈りたい。


「のんきな顔して寝ちゃってまあ……こっちの気も知らないで」


 たとえ寝ぼけていて間違えたと言われてもいいや、とにやけそうになる顔を必死で落ち着かせながらルーベルは思う。

 こんなことで機嫌が直ってしまうあたり、我ながら単純である。


「フィアリルも、俺のこと好きだったらいいのに……」


 そんな、ありえそうもないことを呟いて、ルーベルは掛け布団をとりに部屋を出た。




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