18.奥さんの隠し事1
結局そのあともラルフさんとは少しだけ話した。
冬支度をするならブリンゲバールで済ませてしまえとか、アイスフィールドまでの安全な道行きとか、ルーベルたちの今後についてあれこれ心配してくれていた。
「まあ幸いにも時間はまだある。しばらくは町に居るんだろう。家具付きの部屋を紹介しよう」
「そ、そんなに手厚くしていただくわけには……」
「もちろん金はとるぞ」
「いや、そうではなく……」
俺はフィアリルと顔を見合わせる。フィアリルも迷っているようだ。
困ったように顔を見合わせるルーベルたちを見て、ラルフさんはわふーと一つため息をついた。
「あのな、私は何も、おまえたちに何の思惑も無しにこの好条件を飲ませるとは言っていない。私たちも私たちで、おまえたちに少しでも長くこの町に居てほしい理由があるんだ」
「……と、言いますと?」
「ひとつめ、この町には魔法使いがおらん。この町どころか、大陸で見ても魔法の使い手は稀少だ。常に人手を探している。さらに言えば、リー家のご令嬢であるフィアリル嬢は、その中でも極めてまれな古代魔法を使うことができると報告を受けている。そんな人材を二日三日で手放すのは惜しかろう」
「は、はあ……」
フィアリルはいまいちピンと来ていないみたいだったが、ラルフさんの言っていることはもっともだ。
魔法というのは人類が未だ解明できていない未知な現象の総称だ。それを使いこなすには計り知れない努力を要するし、それでもできないこともある。
中でも、古代魔法は特に習得が難しいとされている。
実は魔法の歴史は、はるか昔に一度途切れている。大昔、大陸には現代よりもっと多くの魔法使いが存在し、もっとたくさんの種類の魔法を操っていたと言われている。
しかし長い年月を経てそれらは次第に消失してしまった。
現在それの存在を知ることができるのは、古い書物や魔導書の中だけ。それも、魔法の詳細が記載されているものは少ない。
その古代の魔法を解析し、現代魔法に落とし込んだものが、現在では古代魔法と呼ばれている。
おびただしい量の魔法陣の記憶、古代の文字で書かれた魔法書の地道な研究、知りえた魔法を使いこなす魔法使いとしての才覚、それらすべてを持ってはじめて古代魔法を使うことができるのだ。その作業は果てしなく、遠い道のりに感じると聞く。
ルーベルには想像もつかないことだが、それを17で成し遂げるフィアリルがいかにすごいかということくらいは分かる。
「どれだけすごいかわかるよなスミラ、古代魔法だぞ?」
ラルフさんは近くで控えていた受付のお姉さんに問いかけた。
お姉さんは、うん、うん、とかみしめるように頷く。
「よくわかるっす。これでも以前は魔法職をやらせてもらってた身ですけど、古代魔法なんて使ってる人見たことないっすよ。魔法使う人間でも古代語読める人がまず少ないし、魔法陣を一から描ける人も多くないっす。普通、魔法職の人間は一般現代魔法を体で覚えて使ってるだけ。あまつさえ、魔法書から読み取った情報をちまちま魔法陣に落とし込んでそれを記憶して使おうと思うなんて、正気の沙汰とは思えねえっす」
お姉さんはそう言うが、フィアリルは「またまたー。大袈裟だよ」と手を振って笑っている。
「そんなに難しくないよ。魔法陣の基本パターンは今わかっているもので106種。飾りになる応用パターンは数えきれないほどあるから魔法書を読むしかないけど、あとはそれを複合して、魔法同士が干渉しないよう陣を調整して、現代魔法の型と照らし合わせてズレてたら修正。あとは実際に想像通りの魔法が出せるか試して、再現性があるか確認して、それをまた解析してを繰り返すだけだよ」
「やっぱ正気の沙汰じゃねえっす」
「楽しいのに……」
お姉さんの顔が引きつっている。
今までもうっすら思っていたが、フィアリルの魔法に関しての感覚は、やっぱり少し他とずれているのかもしれない。
「二つ目。これは偶然かもしれないんだが……。おまえたちが町に入ったすぐ後に魔物の気配が消滅したのが確認された」
「え? どういうことです?」
「言葉通りだ」
「魔物って、あの、魔物ですか?」
「ああそうだ。『人類の脅威となりうる力を持った化け物』だ。アレの駆除は中々骨が折れて、毎年悩まされていたんだが……」
「今は気配がないんですか?」
「ああ。きれいさっぱり、な。今は犬の姿だから、これは胸を張って言える」
やっぱり犬じゃん、というツッコミはさておき、その現象については初耳だ。
そもそもセントランドに居たときは魔物ともあまり遭遇しなかったので、自分たちが原因かなどわかりようもないが、さすがに偶然だろう。
ほかのところで何かがあったのかもしれないし。
「それと三つ目。おまえたちはいいやつだからな」
「「へ……?」」
「というわけで、話は以上だ」
「え?」
困惑しているうちにとんとんと話は進んでいく。
フィアリルも追いつけていないようで、きょろきょろと視線を彷徨わせている。
「スミラ、さっき話した家具付きの物件に案内してやれ。一、二週間住む分には宿を取るより快適だろうからな」
「はいっす」
「二週間の家賃は二人で銀貨二枚だからな。スミラに預けろ」
「安っ!」
「さあ行け。さっさと行け」
ルーベルたちは半ば追い出されるようにして部屋を出た。
ドアまでついて来たラルフさんがぶんぶんしっぽを振っている。
「あの、ラルフさん」
「なんだ」
「ちょっとご相談なんですが」
「言え」
「あの、その……」
フィアリルが言い淀み、ルーベルの方を見た。
「る、ルーベル、少し外してもらえたり……する……?」
「え?」
「だそうだ。出てけ」
ラルフさんはもふもふの首をえいっとやってルーベルに出て行くよう促す。
俺はしぶしぶ退散した。受付のお姉さんが不憫そうな目で見てくる。
やめてえぐらないで……
***
目の前の娘の夫を部屋から追い出したラルフ・ハリスは、その実少しの罪悪感を持ってフィアリルの前に立っていた。
さっきから夫と相思相愛にしか見えないフィアリル嬢だ(本人たちは全く気付いていなそうだったが)。どうせ相談なんてルーベルのことに決まっている。そう思ったからルーベルを追い出すのを手助けしたが、それがよもやこんな事態になろうとは。
「……それでですね、やさしくてカッコよくて頼れてたくましくて声がよくて手の形がよくて抱きしめる腕がまたよくて寝起きも可愛くて……」
「…………わ、わかった。君がルーベルを心から想っているのはもうわかったから」
「まだほんの始まりなのですけど……」
「始まりなの!? これで!? ……んっん、まあいい。それで相談とはなんだ。簡潔に言え。旦那のことはもういいよくわかったから」
「仕事を、紹介していただけませんか」
真剣な表情でそう切り出したフィアリルに、ラルフはまばたいた。
存外シンプルなお願いだ。
「できれば、ルーベルに内緒にできそうな時間帯で」
「なぜそれを望む。路銀が足りないのか」
「いえ。その、実は……」
フィアリルは途端照れたように顔を赤くし、ずっと髪に着けていた髪飾りに触れて、そっとそれを外した。
硝子牡丹の意匠が美しい、上等そうな髪飾りだ。
セントランドの王都の腕利きの職人が作りでもしたのだろうか。
「これ、綺麗でしょ? ルーベルの手作りなんです」
「え!?」
「あとこれも」
「わふ!?」
フィアリルが指さしたのは、身に着けている葡萄色のマフラーだった。
編み目の整った良い品だ。てっきり、貴族御用達の店で買ったものだとばかり思っていたのだ。
ラルフはその事実に驚愕を隠せない。
あんなにいかつい指先からこんな繊細な髪飾りが作られているだなんて、一体だれが想像するだろうか。
「わたしもらってばかりだから、何かルーベルに渡したくて。ルーベルの贈り物でわたしが幸せになれたように、ルーベルにも……なんて、わたしからでは、彼はいやかもしれないけど……」
髪飾りに向けられるフィアリルの愛おしげな視線がこそばゆい。自分に向けられているわけでもないのに、ラルフは勝手に照れくさくなってしまった。
「今朝だけの雪かきの仕事を募集している店がいくつかあって、片っ端から引き受けて回ったんですけど、ルーベルに何か買うにはさすがに足りないし……」
雪かきは、ブリンゲバールでは冬のはじまりによく見かける低賃金労働だ。
互いに助け合ってやっていた家々や店同士が心ばかりのお礼でもって労い合う、という感じの、ゆるい仕事なので賃金もお駄賃程度のものだ。
「早朝か深夜で二週間くらいでそこそこの収入が見込めるような、そんな都合のいい仕事がもしあったら、教えてもらおうと、思って……」
「……」
黙ったラルフに、フィアリル嬢はさすがに無理があるかと思ったのか、しょんぼりと力なく肩を下げた。
「わかった。そういうことなら私が仕事を斡旋しよう」
「いいんですか!?」
「ああ、まあ。ちょうどいいのがあるんだ。近々雪まつりがあるって言っただろう」
「はい」
「毎年ブリンゲバールでは氷の彫刻を展示するんだがな、もっとこう、大人も子供も、いろんな人が楽しめるような企画をしようと思ってな。今年はスケートリンクと氷の滑り台を用意する予定だ。君には氷の滑り台の方を手伝ってもらいたい。人手が少なかったから、有り難い限りだ」
氷の滑り台の方は彫刻に近い作り方をする。何年も氷の作品作りをしている熟練の職人さんがついているから、フィアリル嬢でも大丈夫だろう。
彼女の魔法もきっと役に立つはずだ。
「ありがとうございます。わたし、一生懸命やります」
「作業時間は早朝だ。ギルドのある道をまっすぐ行くと広場があるだろう。そこで毎日職人さんらが地道にコツコツ作っている。責任者に話を通しておくから、明日から行くといい。報酬は雪まつりの日に出す。雪まつりは伯爵が金を出しているから、大体金貨五枚くらいにはなるんじゃないか」
「そんなにいただけるんですか!?」
「贈り物代には十分だろうか」
「は、はい!」
「話はそれだけか。ほかに聞きたいことなどはないな。あったらまたこのギルドを尋ねろ」
フィアリルは丁寧にお辞儀をして部屋を出て行った。
扉の向こうから「なに話してたの?」「なんでもない」という案の定な会話が聞こえてくる。
微笑ましい夫婦だ。そしてどちらも人がいい。
昨日は雪にはまった星女神の使いの橇を助けたらしい。
なんというか、応援しがいのある二人なのである。
ラルフはわふっと息をつく。
机を見る。山盛りの書類が置かれている。
今から承認のハンコを押すものたちだ。
ラルフはその書類の山をげんなりとした目で見つめた。
翌日、斡旋した先から「フィアリル嬢が有能すぎる」という旨の報告が毎日のように来ることになるとは、この時のラルフにはまだ知りようもない。
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