15.ブリンゲバール1
ルーベルたちの乗った馬車は無事に雪道を越え、その日のうちにブリンゲバールに到着した。
当たりはもう真っ暗で、降り続けた雪のおかげで町は一面の銀世界。雪だるまがいたるところに作られていて、それぞれ個性があっていい。
外はとても寒かったけれど、建物からとろりとこぼれるオレンジ色の明かりがあたたかい。
ぼんやりした顔で雪の降る町を眺めていたフィアリルが、ルーベルの隣でほうと白い息をはいた。
「お腹すいたね」
「今日は、朝からメアリさんのサンドイッチしか食べてないもんね」
「あれはおいしかったなぁ。まあ半分以上がヴィーのお腹に消えたけど」
「ごめんよ」
フィアリルの横で、今度はヴィンテルがすまなそうに手を合わせた。二人とも長旅で疲れが出ているのか、心なしかぐったりしている。
途中ドラゴンに出くわしたにもかかわらず、グレーデールの町を出てからたった一日でブリンゲバールにたどり着いたのだからよくがんばった方だろう。
御者のおじさんが眠たそうな顔で報酬を受け取っていたのを思い出して申し訳ない気持ちになる。相場より心持ち多めにお金を支払ったから大丈夫だとは思うが、今日はいい宿を取ってぐっすり眠ってもらいたいものだ。
あの王太子(もう元王太子だが)が追ってきているのでなければもう少しゆっくりできたのかもしれなかったが、勝手に追い出されて勝手に追いかけられているだけのこちら側としては、どうすることもできない。
「とりあえず、もう遅いし宿を取らない? わたし、もう眠くて眠くて」
「賛成。といっても俺、ブリンゲバールには知り合いがいないからなぁ……。そういえば、ノーマンが商業ギルドを訪ねろと言ってなかった?」
「ああ、うん。ラルフ・ハリスさんって人に話を通してあると言ってたね」
ギルドはすぐに見つかった。
それなりの規模の町であれば、商業ギルドと冒険者ギルドは大抵どこにでもある。日が沈んだこの時間でギルドがまだ営業しているのかは不安だったが、中の明かりはまだ点いていた。
中から人の声がしたのでルーベルは思い切ってドアを開ける。
「いらっしゃいませ。買い取りですか? 売却ですか?」
「こんばんは。遅くにごめんなさい。実は、宿を探しているんですが、この町の地理に明るくなくて……。どこに行けば見つかるでしょう」
にこやかに挨拶した受付のお姉さんにフィアリルがおそるおそる問いかけた。
お姉さんはぽんと手を打って、ああ、と笑う。
「そうでございましたか。お寒い中大変でしたね。ここに来られたのは賢明なご判断でしたよ。すぐに空いている宿を探してみましょう」
「い、いえ。あの、お手を煩わせるつもりは……。宿が多く並んでいる通りでも案内いただければそれで」
「そういうわけには参りません。寒い中歩き回れば命に関わるんですからね。雪を舐めたらいけませんよ、舐めたら。確認が取れましたらお名前をお呼びしますから、座ってお待ちください」
受付のお姉さんはピンと人差し指を立てて、むむんとした顔でフィアリルに言った。すぐに済みますからお気になさらず、と言い添えることも忘れない。
なんて親切なお姉さんだろうとフィアリルが感激している。ルーベルもいろんな町の冒険者ギルドを尋ねたことがあったが、こんな対応をしてもらえたのは初めてだった。
大抵、こんな時間に冒険者ギルドで宿の場所など聞こうものなら無言でスルーされるのがオチだ。ガラの悪い冒険者もたくさんいるし、受付も適当だったりする。
ただ、ルーベルがルーベルだったおかげで、どこでも勝手に怖がって勝手に畏まってくれたから、自分にとってはさほどの問題がなかったのだが。
商業ギルドという性質によるものなのか、それともこの町のギルドの対応が行き届いているだけなのか、あるいはそのどちらもか。
受付の後ろにある棚から連絡帳を引っ張り出しているお姉さんから心なしか後光が差している気がする。
「お待たせしました、アウストラリス様」
呼ばれて一拍置いてフィアリルが立ち上がった。
え、ちょっと待ってアウストラリスって名乗ったの? え? 苗字俺の方に合わせて名乗ってくれたの? 待て待て待て俺、にやけるな耐えろ。
「三件の宿で部屋の空きがあるみたいです。どこも信頼のおけるきちんとした宿でございますから、特にご希望がなければ一番お手頃な価格のところに頼みますが……」
「それでお願いします。……ちなみに、いくらぐらいに……」
「おひとりさま銀貨1枚ほどでございますよ」
「え、それだけなんですか? もっとかかるものかと思ったんですけど……」
「どこの宿もそれぐらいですよ。まあ寒いだけの土地でございますから、値段をつり上げても意味がないというのもございますけど。それに、凍えている人がいるのに雪をしのげる場所がないのでは、困ってしまいますからね。そうなるとこの町に居ようという人も減るでしょう。それだと今度はこちら側が結局損なのですから、お互い様です」
にこにことそう話して受付のお姉さんは再び魔電話をかけ始めた。
ぐるぐるとなれた手つきでダイヤルを回すお姉さんをフィアリルがうらやましそうに眺める。
魔電話はここ最近で広く普及した魔道具だ。西の技術大国ヴィスドムの発明家が作り出したもので、ダイヤルを回すことで固有の発録音魔法陣を描き、その陣を保持する別の魔電話とつながる。二つの魔法陣間では声でのやり取りが可能なのだ。
とてもめずらしい品物で、まだ一部のギルドや研究者しか持っていない。
それが目の前で実際に動いているのだから、フィアリルが興味津々になるのも無理はないだろう。
魔電話をかけ終えたお姉さんは、「無事予約をできました」と微笑んだ。
「ありがとうございます。本当に……」
「いえいえ。無事今日の夜を越せるようでなによりです。今の時期、野宿なんてしようものなら凍死まっしぐらですし」
「助かりました……ところで、ひとつお尋ねしたいんですが、ここにラルフ・ハリスさんという方はいらっしゃいますか? ノーマン・ロックウェルという人にその人を訪ねろと助言をいただいたもので……」
ルーベルが言うと、お姉さんは一瞬ぱちくりとまばたいて、再び、ああ、と手を打った。
「その方ならよく存じ上げておりますよ」
「ほんとですか!? よければ明日以降でもいいので取り次いでほしいんですけど……」
「問題ないですよ。では明日、ギルドの営業が開始しましたらまた、こちらにいらしてください。今日は急遽別の仕事が入ってしまったらしく、今不在なんです」
「わかりました。何から何まですみません」
受付のお姉さんはやっぱり、いいんですよぅ、と言ってにこにこ笑った。そしてルーベルたちの方を見て頬を染め、弾んだ声で言う。
「わたしの方こそ、すみません。こんな、新婚夫婦の尊い成分百パーセントみたいな空気を勝手にごちそうになってしまって。仕事の終わりにいいものを摂取できました……」
「え、と……?」
「こちらの話ですからお気になさらず」
「そうですか……?」
「ええ。それでは、よい夜を」
そう言ってお姉さんは別の仕事に戻ってしまった。
いまいちピンとこないが、迷惑になっていないのであればよしだろう。
ルーベルたちは宿までの案内の書かれたメモを受け取り、もう一度礼を言ってひとまずその場を後にした。
***
「えーっと、さっきのお姉さんが予約してくれたお宿の名前は……リュッケ……」
宿の名前を探しながら雪の積もった通りを歩く。
「ルーベルぅー、つかれたー、この姿でいるの大変なんだよ」
「ごめんごめん。もうすぐで着くから」
「おんぶしてー」
フィアリルはマフラーに顔をうずめながらずびっと鼻をすすった。ヴィンテルはもう限界だったらしく、ルーベルにおんぶを頼んできた。
しょうがないので背負う。
「おーい、そっちひっぱってくれーい!」
「これ以上は無理だよ! 肩が外れっちまう!」
そこに聞こえてきたのは男二人の声だった。
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