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14.元王太子の猪突猛進2


 マティアスは考えていた。どうすれば自分の価値を周囲が早く認識してくれるかを。


(まったく、セントランドを一歩出るとこれだ。こんな寒いだけでなにも無い国だからこそフィアリルの追放先に選んだというのに……くそっ、あのたぬき親父……! なんでフィアリルを追い出したくらいで俺が王太子を廃されなくてはならんのだ。あの女は下級貴族で、僕の閨の相手を断ったんだぞ?)


 時間があればあるほど嫌なことを思い出す。

 それもこれもすべてフィアリルのせいだ。あの女さえ逃がさなければ自分は今でも王太子として贅沢な生活ができたはずなのだ。

 王太子となった元第二王子より、よい服を着、よい酒を飲み、たくさんの人に囲まれていたはずなのだ。


 だというのに……。


「ところで何の御用でございましょう? 町の者が、何か?」


 その男の態度はいかにも礼儀正しく沈着としていた。

 その冷静さが尚のことマティアスをいらいらとさせる。


「フィアリル・リーという女を探している。この町を通っただろう。どこに居るか知っているはずだ。言え」


 ノーマンと名乗った男はフィアリルの名を出してもピクリとも表情を変えず、相変わらずの食えない顔でとぼけた。


「申し訳ございません、殿下。私ども宿を営む者たちは、泊った方の情報を安易に渡すわけには参らぬのでございます。平にご容赦を」


マティアスは、どうしてかはわからないが、はるか高みから見下ろされている気分になる。自分の方がずっと身分は上なのに。

それがマティアスになんとも形容しがたい不快感をもたらす。


「セントランド王族の俺が直々に聞いているのだぞ?」

「申し訳ありません。たとえ王族の方であったとしても、我々が従うべきはこの国の法でありこの国を治めるものの声でございます。この国では、他の客の情報を勝手に無関係の者に流すことはできぬ決まりでございます。代わりと言ってはなんでございますが、町の者一同で精一杯のもてなしをいたしますので、どうぞゆっくりして行ってください」


 身分での脅しも通用せず、決まりだからの一点張りでノーマンが押し切る。

 こちらをみつめる両の目が、確固たる意志と強さを持ってマティアスの方を向いていた。

 このままであれば、どれだけ頼もうとフィアリルの情報を教えてくれることはないだろう。


(あの目だ……俺のフィアリルを娶ることを承諾したときの、あの男の目と同じだ)


 なにかを守り、ともにあろうとするものの目だ。

 その背に守られた者たちを尊び、慈しむ者の目だ。


 あのクマのような男の後ろで、守られてばかりは嫌だとでも言うように凛と立っていた女の顔を思い出す。

 自分がどれだけ願っても、決してともに寝ることを承諾しなかった悪女の、天使のような顔を。


(ああ、イライラするな)


「おい」

「は、はっ!」


 マティアスは近くに立っていた護衛に声をかけた。

 突然のことに戸惑いながらも、敬礼をする護衛にマティアスは命じた。


「この男の首を切れ」

「は!? 今、なんと……」

「聞こえなかったのか? この男の首を切れと言っている。この町の者は皆揃って僕に嘘をついた。教えるつもりも毛頭ない。本当であればこの町の人間全員、三代まで皆殺しでもよいところをこの者の首ひとつで手を打つと言っているのだ。さっさとやれ」


 従わぬものは切り捨てればよいだけの話だ。

 フィアリルの情報が知れなくなるのは惜しいが、行き先を知っているのはこの男だけではないだろう。

 一介の平民など、何人いなくなったところで変わらん。

 これでだめならもう一人。それでもだめならもう一人。情報を聞けるまでそれを繰り返せばいい。

 ただそれだけのことなのだ。


 勝ちを確信しほくそ笑んだマティアスを前に、町民たちはバカを見る目を隠しきれなかった。

 もし、この男が一人でも町民を害したらフロストランドに治外法権のないセントランドはこの男を守ることなどできない。

 つまり、フロストランドの法で裁かれるのである。当然、殺人罪に問われるだろう。

 それを唆した後ろでふんぞり返っている男ももちろん罪に問われるのである。

 まさか一国の王太子すら担っていた男がそんなことすら知らないだなんて、一体誰が想像しただろう。


 それに、今剣を向けている相手が、この町の商工会長どころか、この国の王族であることもセントランドの王太子は分からないのだろうか、と呆れ半分でリチャードは思った。

 政務で会う機会はいくらでもあるはずだったのに、そんなことも覚えられないバカであわれな男だ。


「なあリチャード、もう俺コイツの相手するのやだー」


誤算だったなとリチャードに向かって駄々をこねながらノーマンは思った。

 まさか自分の顔を忘れた他国の王族がいるなど考えたこともなかったのだ。


町の人間に身バレするなというのが、実地調査をする際の国王陛下との約束である。その事実を知っているのはリチャードとメアリのみ。

向こうから気づいて勝手に退散してくれればよかったのだが、どうやらそれすら過大評価だったとは。


「ねー、ダメ? 俺の正体言ったら楽ちんでよくない?」

「ダメです坊ちゃま。あなたのお父様に怒られるのは私なんですから」

「えー」


 口を尖らせたノーマンはやれやれと頭をおさえるメアリの方を向く。


「メアリさーん、ちょっとこの状況を報告してきてもらえる? 思ったより重症ですーって。兄ぃならなんとかできるっしょ。こんだけ規格外でも」

「はいはい。まったくおばさんをこき使わないでもらいたいんですけどね」

「ごめんてー」


 ひゅっとメアリが音もなく姿を消した。国王とブリンゲバールに居るラルフ・ハリス……いや、ラルフ・フロストランドに伝えに行ってくれたのだろう。


「あー殿下、フィアリル嬢の居場所でしたっけ? 死ぬの怖いんで洗いざらい喋らせてもらいます。彼女の行き先はブリンゲバールですよ。クマのような見た目の男と一緒でした」

「知っているのなら最初からそう言え」

「すみませーん」


 向けられていた剣が下げられた。固唾をのんで見守っていた町民たちがほっと息をつく。

 これでも町の柱のような男だ。居なくなっては困ってしまう。


「行くぞ」


 豪奢なマントを翻してセントランドの王太子はさっさとグレーデールを後にした。

 ガラガラと音を立てて馬車が去っていく。


「はーあ、出禁じゃバーカ。二度と来るな」


 規格外のバカだと逆にどうにもできないこともあるらしい。こちらの条件負けである。

己の手腕のなさに不甲斐ない気持ちを味わいながらノーマンは悪態をつく。

 フロストランドの第三王子もまだまだである。



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