11.ドラゴンの卵4
「地図の通りなら、これがその洞窟ね」
あまり広くない真っ暗な空間に、フィアリルの声が反響する。
『光を灯す魔法』を唱えたフィアリルの周りに、ふわふわと光る綿毛が浮かんだ。
フィアリルの蜂蜜色の髪が光を透かす。
ほんと、なにをしても絵になるな俺の奥さんは。
「それじゃ、行こっか。ドラゴンさん、さっき言っていた、ドラゴン特有の気配は今はある?」
「きゅーう……」
「ないってよ」
「そっかー。じゃあ、ここは外れかなぁ……。もう少し奥まで見たら、戻ろうか」
フィアリルが不可解そうに首を傾げた。
それを見て俺も疑問がわく。
そうだ。ドラゴンの気配がつかめるのであれば、真っ先にここに来ていてもおかしくないのに、蒼竜はどうしてこの洞窟を探索しなかったんだろう。
ドラゴンの気配というものは、極端に離れると探知できないのだろうか、それとも……。
「きゅきゅっ!?」
蒼竜が弾かれたように顔をあげた。
そこに居たのは。
「紅竜!?」
紅い鱗をきらめかせた威厳のあるその姿にフィアリルも目を丸くしている。
その反応はいたって正常である。
そもそも紅竜と言えばドラゴンの王たる存在だ。フロストランドの奥地にのみ生息し、その姿を見たことのある者はほとんどいないという。
それがこんなところに居るだなんて。
下手をすれば洞窟から出られなくなりそうなほどの巨体をくるりと丸めて眠っている。
それでも、その大きさは隠しようもなく、くるまっていても小高い丘程度のサイズ感だ。
紅竜がまるで抱え込むようにして守っているのは黒くつやつやした球に近い物体だ。
おそらくこれが、蒼竜の探していた卵なのだろうということはルーベルにもわかった。
だが驚くべきはここからだった。
「きゅー! きゅきゅ!」
「え!? このドラゴン、あんたの番なの!?」
「「ええ!?」」
ヴィンテルが翻訳した蒼竜の言葉に一同が驚愕の声をあげた。
騒がしさに目が覚めたのか、紅竜の目がぱちりと開く。
輝かしい金色の瞳が、じろりと俺たちを睥睨する。
その目の鋭さに、俺の背中を冷や汗が伝った。
紅竜は俺とフィアリルの方を一瞥し、流暢に人の語を操って警告する。
「人間どもよ、なにをしに来た。返答によっては……」
本能的な恐怖が俺を襲う。
咄嗟に武器に手をかける。いつでも逃げられるようフィアリルの手を握りなおした。
フィアリルもフィアリルで地面に魔法陣を写し出している。防御のための魔法結界をいつでも張れるようにするための準備だろう。
一触即発のピリピリとした雰囲気が洞窟を満たし、緊張感は最高潮に達しようとしていた。紅竜のマズルに寄せられたしわがその不機嫌さを物語っている。
紅竜が一度でも攻撃をしたら、今度こそわき目もふらずに逃げ出す予定だった。
だがしかし、永遠に続くかに思われたその恐怖もたった一瞬のうちに収束を迎えた。
おかんパワーである。
「きゅーきゅ! きゅーきゅーきゅきゅっ! きゅーう!! (まったくあなたは! よい孵化場を見つけたのなら、ちゃんと言伝てください! あなたが本気で気配を消そうとしたら、探知では誰も見つけることができないのに! 心配したんですよ!)」
蒼竜が物凄い剣幕で紅竜に詰め寄った。
言葉は分からないものの、明らかに怒っている様子の蒼竜に、紅竜はたじたじとなった。
「す、すまない……」
「きゅきゅきゅ! きゅ! きゅーきゅきゅ! (大体あなたはいつもいつも……!!)」
ついに本腰を入れて叱るモードに入ってしまった蒼竜に、紅竜はなすすべなく、助けてくれと言わんばかりにこちらに目線を送ってくる。
甘んじて受けるべきお叱りだ。俺たちはもちろんスルーする。
「そうだよ紅竜。ルーベルたちは心配する母竜のために、卵を探すのを手伝っていたんだ。それをそんな風に邪険に扱うのってどうなわけ?」
しばらくして見かねたヴィンテルが紅竜に呆れた様子で問いかける。
話しかけられて、ようやく紅竜はヴィンテルの存在に気付いた。
かと思えば、その瞬間びしりと固まる。
「お、おまえ……まさか……冬竜……? いったい何をやってるんだ……」
「なんのこと? えへへっ! 僕はヴィンテルっていうの!」
「きゅーきゅきゅ、きゅーきゅ……(ヴィンテル様のそれ、キャラでしたのね……)」
ドラゴンたちが何やらこそこそと会話しているが、竜の言葉と人の言葉がごちゃ混ぜになっていてよくわからない。
でも、紅竜がヴィンテルと普通に会話しているのを見るに、ドラゴンたちの中にも、繋がりというか、コミュニティのようなものが存在するのかもしれないなと俺はそんなことを思った。
「すまなかった……、人間ども……」
「ああいえ、こちらこそ……。別に気にしていません。卵を盗んだり隠したりする不届き物が、人間の中に居るのは事実だから。警戒されるのも、納得って言や納得だし」
少し寂しくはあるものの、これは他ならぬ人間が撒いた業である。
きっとこのドラゴンたちにも、人間に関してナイーブにならざるを得ない出来事があったのだ。
そうでなければ、卵がなくなって真っ先に『人間に盗まれた』という判断に至ることはないはずなのだから。
しかし、蒼竜に怒られたのがよほど堪えたのか、紅竜はしゅんとうなだれ、中々顔をあげない。
「しかし……わしはおぬしたちを人間だからというだけで決めつけて……」
後悔を絞り出すように紅竜が言いかけたときだった。
「しょうがなーい! 許す!」
フィアリルが紅竜の炎のような紅い鱗を撫でながら言い放った。
紅竜は驚いたように目をぱちくりさせている。まさか人間から『許す』だなんて言われるとは思っていなかったのだろう。
ドラゴンはどの国でも基本畏怖の対象だ。恐れ、称え、敬われることはあってもこんな風にガッツリ上から目線で物を言われたことなどない。
「許す……だと?」
「うん。許すよ。でも、ドラゴンさんたちは許さなくてもいいよ」
俺の奥さん図太い……。好き。
「人間を疑うのは当たり前だよ紅いドラゴンさん。悪い人間にもいっぱい出会って来たでしょ? 善い面だけが人間の本質じゃないもの」
「…………」
「それにね、世の中の揉め事は基本お互い様だよ紅いドラゴンさん。でもドラゴンさんたちは強いから、いつも『許す』側やらなきゃいけなくて、しんどいことも多いでしょ」
「そう……だなたしかに」
「ね? ……だから、今回はわたしが『許す』側やる。ドラゴンさんは『許される』側やる。これでイーブン」
「そう……かも……そう……なのか……? まあ、そうか」
紅竜は一応納得したのか、うむ、とひとつ頷くと、閉じていた翼をばさりと広げた。
愛おしそうに慈しむように、卵に向けられる紅竜のまなざしはたしかに父親のものだ。
その間から黒くつややかな卵が見えた。
「ならばわしはもうおぬしらに遠慮はいらぬか。許されたからな」
「その意気その意気」
「きゅーきゅきゅきゅ……(わたしにはあとでたっぷり謝ってもらいますけどね)」
「…………」
一瞬紅竜がびしりと固まった。
何を言ったんだ蒼竜さんや。
すごい汗の量だ。ドラゴンって汗をかくんだ。
冷や汗を垂らしながらも紅竜はなんとか持ち直し俺たちの方を向いた。
そして俺たちに向かって頭を下げる。
「代わりと言っては何だが、礼を言おう人間ども。我の番をここまで連れてきてくれたこと」
「奥さんには報連相。忘れないでね」
「ああ、そうだな」
「うんうん」
フィアリルが頷くと周りの空気までほどけていくようだ。暗い洞窟に舞うフィアリルの魔法の光が紅竜の紅い鱗をやわらかく照らした。
「……なんだか気が抜けてしまった。おぬしらがぱやぱやしてるせいかもしれん」
そう言って紅竜は輝く金の瞳をやさしげに細め、どこか吹っ切れたような明るい表情で笑った。
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