二本松③
―夜半 N学院校庭-
あたりは暗い。月明りでかすかに照らされているとは云えほぼ真っ暗である。夜空は星々がくっきりと光り輝いているも足元すら見え難い。
葵と将胤と太田の三人は校庭脇にある大木の奥に隠れるようにいた。
葵は太田にひそひそ声でこの時間くらいなんですかと尋ねた。太田からそうですとの返事だった。
「小学生がこんな夜更けに学校で歩いたら親気づくでしょうに」
将胤が呟いた。太田がすかさず「N学院は寮生も結構いますんで。あの子達は寮生なんです」と添えた。将胤は寮生なら寮生でセキュリティ甘々だろとぽつりと言った。
そうこうしているうちに幾つかの唸り声と共に人影がちらほらと校庭に現れてきた。ざっと数えると6名ほど。顔は視えないのでわからないが背丈から察するに小学生と見受けられる。
校庭の中ほどまで来て月明りに照らされた顔をみると、日中に見かけた小学生のクラスの子達だ。いずれも両目が真っ赤に染まり唸ったような声を出している。
間違いなく怨霊にとりつかれている。葵はそう脳裡をよぎった。
6名の子達はスローではあるも休みなく動き続け、唸り声はかすかに逃げろとか助けてと悲壮な詞に聞こえてくる。
あの子たちはいまも攻められている城を前にして小さいながら闘い続けているんだと葵の胸には響いていた。
私たちがすることは依り代となっている子ども達から取りついている怨霊を外すこと。
その怨霊のコアとなっている白いモノ、私たちはそれを『魂魄』と呼んでいるが、その白いモノを確保すること。
ただし魂魄を確保したところで、怨霊となっている二本松少年隊の子達はずっと魂魄の中で終わらない戦いを続け、永遠に苦悶し続けることなる。
それが任務だとして本当に正しいのか。葵は苛まされた。
「葵さん、少し感傷的になってやいませんかね」
将胤はそう言うやいなや、大木から校庭へ一気に走りこんでいった。そして走りながら威勢のいい声で「ヨロシク日胤」と叫んだ。
将胤が云い終わるや将胤の左目は真っ赤に染まり左手は五指と甲が光に包まれた。そして手前にいた小学生の左胸に己の光る手を突き出し、そのまま呑み込まれるが如く胸中へとズルズルと手を滑らせた。そして瞬時で手を抜き去り、白いモノを手にしていた。
魂魄だ。その魂魄を右手にあるアルミ筒の様なものに魂魄を閉まった。
「一丁上がり!」
言い終わるのもつかの間、将胤は次々と唸りさ迷う小学生たち―二本松少年隊の怨霊-へ次々と己の光る甲を相手の胸に滑り込ませ、魂魄を抜いては筒へしまい込んでいった。気づけば6名全員に終えていた。子どもたちは皆校庭の真ん中に倒れていてそのまま寝てしまっているようだった。
葵はその間ただただ立ちすくんでいた。そんな葵の傍に将胤は寄った。
「葵、俺らは文科省特務局だ。魂魄は確保する。それでいいんだよ」
太田が将胤に詰め寄り「いやぁ見事ですね。その能力はいったい何ですか」と尋ね始めた折に校門あたりから野太い唸り声が鳴り響いた。そしてその唸り声の先には人影があり、こちらへゆるりと近づいてきていた。
「太田さん、まだ怨霊がいるのかい」
「いえ、そんな報告はうけていないです」
「じゃあ、あれはなんだよ」
将胤は近づいてくる人影を指さした。太田は磁場と傾向がどうのこうのと呟きながらタブレットで必死に検索し始めた。
人影はこちらに気づき、一目散に走ってきた。動きが今まで遭遇した怨霊たちと明らかに違う俊敏さだった。
瞬く間に将胤達のところへ辿り着き、右手を頭上より振りかざしてきた。その右手の先は黒く禍々しく煙がかって棒状の剣のようなものが伸びていた。
将胤は振りかざされた剣のようなものをガチンと光る左手の甲で受けた。
太田はタブレットで何かをカチカチしつつも唐突に体をわななかせた。そして呟いた。
「信じられません...」
「太田さん、どうした。此奴はいったいなんだよ」
「まさか...あの怨霊は鬼庭良直。またの名を鬼庭左月斎。伊達政宗の忠臣です」