将胤登場
-高知県某市某高校―
西日が強く照らす教室の一角で黒板に教師がカツカツと板書する音が静かに響いている。
外ではセミだろうかシャアシャア鳴いている。
セミってミンミンじゃないんだな。
教室の真ん中やや右の席に座っている高校生、千葉将胤は想った。
千葉将胤はこの高校へ転校してちょうど一週間。元が関東故かセミの鳴き声と云えばミンミンがアタリマエと思っていた。ミンミン鳴くのはミンミンゼミでこちらにいるのはクマゼミが主らしい。
教室は冷房が効いているとは云え、日差しが教室をジリジリと照射するから変に暖かい。
将胤はこの高校や高知という土地柄にもようやく慣れ始めた。
(のどかだったな)
将胤は窓の向こうの空の雲を薄目で見つめていた。
(そろそろなはずなんだよね)
より一層、日差しがジリジリとしてきた中、不意に一番前の左端の男子生徒が立ち上がった。彼はぷるぷると震えはじめていた。そして彼の口からはウウという唸り声が洩れていた。
唸り声をあげている男子生徒は将胤の方を振り向いた。眼は両目とも朱かった。
教室は突然と阿鼻叫喚の様を呈した。生徒たちは逃げ惑い、教師は教壇で硬直している。
「葵!いまだ!」
将胤が叫ぶやいなや、同列の一番後ろの女子生徒が立ち上がり手指でなにか印らしきものを組んでいた。そして小声でなにか詠唱をはじめた。
唸り声をあげている男子生徒はまたたくまに金縛りにあったように動きが止まった。
「ようやく現れたな。あんた怨霊に取りつかれているんだろう?」
将胤は云いながら唸り続けている男子生徒を指さした。
「ええっとあれだ。岡田以蔵。以蔵があんたに憑りついている。そうだろう」
「将胤、この子は怨霊に取りつかれて意識飛んでるぽい。正気じゃないもの」
葵が将胤の傍に寄って耳元で告げた。将胤はそうかいそういうものなのかいと生返事で答えた。
「なんにせよ。以蔵の怨霊はこちらで預からせてもらう。日胤ヨロシク」
将胤が云い終わるや将胤の左目は真っ赤に染まり左手は五指と甲が光に包まれた。そして唸り続けている男子学生の左胸に己の光る手を突き出し、そのまま呑み込まれるが如く、男子学生の胸中へとズルズルと手を滑らせた。
男子学生の唸りはより一層大きくなるも将胤の左手が肘くらいまでめり込んだ後、なにかを掴んだのか将胤は瞬時に手をズサーと抜いた。抜き終わった瞬間、男子学生は前のめりに倒れて動かなくなった。
将胤はなにか小石くらいの大きさの白いモノを手にしていて、右手にあるアルミ筒の様なものにその白いモノを閉まった。
「任務完了。さあ葵、東京に帰るか」
騒然としていた教室が一瞬にして静まり返った。
将胤はそそくさと教室の外へ前の扉から出ようとしていた。葵はちょっと待ってと将胤に声を掛けた後、目を丸くしておののいている教師の元へ近づいた。
「先生、この度は私と将胤がお世話になりました。私たち実は文科省特務局の者です。ここしばらくあった近隣の器物破損騒動は今後は起こりませんのでご安心ください」
将胤ははやくしろよと葵を急かした。葵は再度教室を出る際に一礼して窓を閉めた。