挿話 弟、アランの初めての舞踏会
王家主催の舞踏会。僕もとうとう15歳になり、出席を余儀なくされる。
本音では出たくない。右も左も分からない王宮の中で、肩身の狭い思いをするのが目に見えているのだから。
そう思うと、会場に到着早々、隅に逃げてしまった。
1人で不安だし、もう帰りたい。
そもそも、社交界デビューの日に、たった1人で来る者はいないと思う。
そんな不安しかない僕は、15歳を迎えると同時に、父から押し付けられるようにフォスター伯爵家の家督を受け継いだ。
この家の名前が、悪い意味で有名になり過ぎ、父は、居心地が悪かったのだろう。
それに父は、義理兄から好かれていないのを気に病んでいた。その父は、面倒事を全て僕に任せると、領地に引っ込んでしまった。相変わらず頼りない父だ。
せめて、初めての舞踏会くらい、同伴して欲しかった。
この舞踏会で、ルイーズという名前を聞けば、誰もが皆、想像する人物はたった1人。
社交界で絶大な影響力のある僕の姉を指す。
そんな心強い味方がいるから、何とかなると言いたいところだが、そうもいかない。
今日は、その姉が舞踏会に来ることはない。それに貴族の代替わりも進み、姉の生家を知らない者も、ちらほらと存在する。
それなのに、もう一人の姉と母が、エドワード義兄を怒らせた話は、消える気配はない。
フォスター伯爵家と聞けば、悪い印象を抱く者が多いと、父から聞かされた。
そのエドワード義兄は、大袈裟な程、僕を気にかけてくれているから、怒った姿など見たことはないけど。
「あー、いたいた。何だってアランは、こんな陰にいるんだよ」
「え? エドワード様。どうしたのですか?」
「ルイーズが、『アランが1人で心細いだろう』って心配していたからな。アランを探していたんだよ」
「今日は姉上が来られないから、エドワード様も出席されないと思っておりましたが」
「アランがいなければ来なかったが、可愛い弟が1人で困っているんじゃないかと思ったら顔を出すに決まっているだろう。身重のルイーズの近くには、ライアンがいれば問題はないしな」
「僕のために、わざわざ嫌いな舞踏会に来てくれたんですか?」
「当然だろう」と、真顔で返され、返す言葉がみつからなかった。
お人好しの姉の言葉ならまだしも、誰の意見にも左右されないエドワード義兄が、僕のために……。
思ってもいなかった言葉に、じんわりと目頭が熱くなる。
「アランは誰か話をしたいやつでもいるのか? 俺と一緒だったら、誰に声を掛けても問題ないしな」
そう言ったエドワード義兄は周囲を見渡し、誰かと目が合ったのか面倒そうな顔をする。
不思議な話だが、姉に劣らず優しい義兄のことを、本当の兄のように感じる時がある。義兄は僕のことをよく知っているし、僕も義兄の考えていることが、妙に伝わってくる。
そんな感情は、エドワード義兄に失礼だから、口にしたことはない。
僕のために他の貴族に声を掛けたところで、義兄の利益はひとつもない。そんなことを言ってくれた義兄は心底、僕を心配してくれているようだ。
社交界の暗黙のルール。
僕みたいな社交界をよく知らない未熟者が、自分から声を掛けてはいけないしきたりが、存在する。
それ故、話かけるなら、誰かから紹介してもらう必要がある。
「本当は、誰かと交友すべきなんでしょうが、これといって思いつきもしません」
「くくっ。やっぱりルイーズと同じことを言うな。仕事の話を抜きにしても、気になる令嬢くらい、いないのか?」
「僕の女性の基準が姉上ですが、そんなご令嬢はいるでしょうか?」
「悪い。俺、ルイーズしか興味ないからな、他の令嬢はさっぱり分からん。ルイーズなら知っているだろうか。いや、あれは人を見る目が壊滅的にないからな。あてにならんだろう」
姉がエドワード義兄を選んでいる時点で、壊滅的ではないと、返そうと思ったところ、僕たちの話しを遮られてしまう。
「エドワード様、ご歓談中に申し訳ありません。陛下がお呼びになっております」
と、陛下の側近が告げると、途端にムッとした顔をする。
「はぁーっ。俺はじじぃに用事はない。今日は来ないと伝えていただろう。何だって呼びつけるんだよ!」
「先ほど、陛下がエドワード様が会場にいることに気付いたので、お話をしたいと仰っております」
「ったく面倒だな。アラン、何か困ったら俺に言えよ」
と、僕へ力強い視線を向ければ、ブラウン公爵と共に会場の奥へと立ち去っていく。
エドワード義兄がいなくなれば、誰と話すわけでもない僕は、ポツンと1人で佇むしかない。
そうしていると、年配の男から声を掛けられた。
「見たことのないやつだが、エドワード様に声を掛けるのは無礼だから止めておけ」
「お言葉を返すようで申し訳ありませんが、エドワード様から僕へ声を掛けてきたのですが」
「馬鹿を言うなっ。お前のような小僧に、エドワード様が声を掛けるわけがないだろう」
勘違いしているこの男は、どうやら僕たちの様子を初めから見ていなかったようだ。
初めは親切心で釘を刺したのだろう。
だが、僕が言い返したことで、カッとした年配男は、手にしていたステッキを振り上げる。
「そのステッキは、そのまま動かさないでください。下手に動かすと、斜め後ろにいるエドワード様にぶつかります」
僕の言葉で、ちらりと右後ろに顔を向ける男は、一瞬で青ざめた。
「エドワード様ッ」
「おい、危ないだろう公爵。俺の弟に何をやってんだよ」
「おっ、弟⁉ 弟様はいらっしゃらなかったですよね」
「いるよ。お前の目の前にいるのは、フォスター伯爵だ。名前を聞けば分かるだろう」
「ルイーズ様の弟君っ! これは大変失礼いたしました。わたくしが申し上げたことは、忘れてくださいフォスター伯爵」
「何を言ったんだか知らないが、アランは賢いから忘れないさ。残念だったな、スタード公爵」
覚えておきたい訳ではないが、急に言いがかりをつけられ、確かに忘れないと思う。
そうなれば、否定する方が嘘になりそうで、そのままにしておく。
「エドワード様、随分とお戻りが早かったですね」
「ああ。陛下がアランと話をしたいってさ。用事はそれだけだったからな」
「陛下が僕にですかっ⁉ 恐れ多くて、僕はどうしたらよいのか分からないのですが」
「問題はない。俺が横にいるし。どうせ、ルイーズのことだろう」
目の前で、ぽかんと口を開けて固まったままの公爵を放置して、その場を辞した。
***
信じられない……。
陛下と宰相が僕の目の前にいる。まさか、初めての舞踏会で、こんな偉い人たちと関わるとは思ってもいなかった。
だけど意外にも、そんなに緊張もしない。それは、横にいるエドワード義兄のおかげだろうか。それとも、穏やかな表情を僕に向けている、偉い2人の影響だろうかと、考えてしまう。
「フォスター伯爵に折り入って頼みがある」
と、陛下が告げると、そのまま本題へ入る。
「王宮で働いてはくれないだろうか? エドワード様の部屋の近くに部屋を用意するから、救護室の担当として、ヒーラー様の管理を」
「管理と仰いますと、どのような事でしょうか?」
「いや、大した難しい任務ではない。エドワード様が開き直ってからというもの、ビリング侯爵では手に負えんからな」
「はぁーっ。何をふざけたことを言っている! 気付かない振りをしていれば、どんどん調子に乗って、じじぃが俺を容赦なく使うからだろう」
陛下の言葉に我慢しきれなかったのか、エドワード義兄が話に食い付く。
「人聞きが悪い。まあ、こう見えてもエドワード様とは付き合いが長いからな。『今日は来ない』と言っていたのに、フォスター伯爵のために王宮に来ている姿を見て、説得する相手にピンときた」
「おいアラン。余計なことを引き受けなくていいからな」
エドワード義兄がそう言うと、陛下の隣に立つ宰相が、眉をハの字にした困り顔で、首を横に振る。
詳しい事情は分からない。だが、これまで度々僕を気にかけてくれたエドワード義兄の役に立つのならと、断わる理由が見つからない。
「陛下からの任命。大変光栄に頂戴いたします」
「そう言ってくれると思っておった。手を焼くことがあれば、わしではなく姉君に相談すれば、一発で静かになるぞ」
どういうことだと、ますます話が見えないが、陛下は満足気である。
「アラン……。そんな仕事を引き受けるなよ」
「もしかして、エドワード様のご迷惑になる話だったのでしょうか?」
「あ、いや、それはないが……」
「それでは、何故にそのようなことを仰るのですか?」
「そ、そうだ。次の社交界から、近寄ってくる令嬢に気をつけろよ。言い寄ってこない令嬢がいれば、ルイーズのような令嬢だろうさ。まあ、いればの話だけどな」
「まさか、この僕に言い寄る令嬢はいないですよ」
そう返した自分は、本当に社交界を分かっていなかったのだと、強烈に学ぶことになる。
お読みいただきありがとうございます。
弟視点のお話でした。




