4-27 ふたりの子ども②(舞踏会)
ライアンがヒーラーだと分かった1週間後。目立たぬよう質素なドレスに身を包んだルイーズは、王家主催の舞踏会の会場に向かうところだ。
今までにないほど緊張しているルイーズの体は、馬車から降り、王宮の入り口までの移動でさえ、おかしな動きをしている。
エドワードが放っておくと、ルイーズの右手と右足が同時に前へ出ているのだ。額に手を当てるエドワードは全てを悟った。
「ルイーズ、今日は何もせずにもう帰ろう」
真面目な顔でエドワードが切り出した。
「大丈夫よ、わたし家の中のことを隠すのは自信があるもん。練習だっていっぱいしたし、ねっ!」
「自信があるもんじゃない。駄目だ、ルイーズが変な自信を持っているときほど、危険だと言う記憶しかない」
「はぁぁーっ」
「ルイーズが完璧なのは、誰も把握していない立食のメニューだけだろう。残念だが、余計な時間はない。食べられないのは俺のせいじゃないからな!」
「はぁぁーっ、違うし。わたしのために、陛下が日程を変えてくれたのよ。行かない、なんてできないでしょう」
外で向かい合って騒いでいる2人へ、パトリシア侯爵令嬢が声を掛けてきた。
「相変わらず仲が良いですね。お2人のお子さんは、男の子だと父から聞きました。ルイーズ様、今度屋敷へ会いに行ってもいいですか?」
頬笑むパトリシアへ、目をぱちくりさせるルイーズ。
友達のいないルイーズの発想には、屋敷を訪ねる申し出は、露ほどもない。
目を泳がせたルイーズは、ハッと何かを閃いた。
「あー、うちの子病気なので、会わせるのは……」
その適当なウソに天を仰ぎ、驚愕したエドワードは、すぐに正そうとした。
けれど、それよりも先に腑に落ちないパトリシア侯爵令嬢が問い掛けてくる。
「えっ⁉ エドワード様がいらっしゃるのに、どんな病気なのですか?」
やってしまった、と言う顔をしたルイーズは、すーっとエドワードに視線を向ける。
そんな視線には目をくれず、真剣な顔をしているエドワードは、パトリシアを真っすぐ見て、穏やかな口調で話し始めた。
「今朝、熱を出していたから、ルイーズは心配しているんだ。幼い子どもはすぐに体調を崩すからルイーズも敏感になっていて。何かある度に、ルイーズが動揺して王宮に駆け込んできても俺が困るから、人に会わせるのは控えたいから無理だな」
「あっ、そうですよね。図々しいお願いをしてしまい申し訳ありません」
そう言って、王宮へ向かっていくパトリシア。
その背中を見送るルイーズは遠い目をして、現実から逃避した。
「あほ! 俺の横で適当に病気だとか言うな。ウソにしか聞こえないだろう」
「今のはね、練習していない質問だったから、ちょっと失敗しただけよ」
「アランと部屋に置いてきた、ライアンも気になるから早々に帰るぞ」
「分かっているけど、ミトンを贈ってくれた人たちにお礼をいわなきゃ」
「あのなぁ、そんな奴らなんて、ルイーズが礼を伝える必要はないんだぞ」
「そんなの失礼じゃない。ちゃんとお礼をしたいのよ。でも、名前は全部覚えて来たのに、顔は1人も分からないから困っているのよ」
「ああ、そうだろうな。取りあえず1人目が分かれば、あとは何とかなるだろう」
会場の入り口に着いた2人は、互いに見つめ合うと、「うん」と力強くうなずき、気合いを入れて踏み出した。
「せっかく楽しみにしていたのに、知らない人と会話だけなんて詰まらないわ」
「それが社交界だろう……。いや、無駄な会話は全て割愛だ。俺が代わりに礼をしてやるから、ルイーズは大人しくしているんだな。俺が握手する以上の会話も時間も必要ない」
……会場内を静かに歩く2人。
「どうしよう、今日に限って誰も近くに来ないわね」
当人たちの自覚はないが、緊張のあまりエドワードは鬼のような形相であり、ルイーズの表情はこわばっている。
それに恐れをなした参加者たちは、2人へ視線を向けるものの、遠巻きに見るのが限界である。
「迂闊に動けないから様子を見ているんだろう。あの侯爵、前回大声で叫んでいたな、ルイーズ、届いたミトンを出せ。待っていられないから、こっちから声を掛けるぞ」
早々に帰るためにルイーズとエドワードは、待つよりも直接その人物たちへ、声を掛けに向かった。
ミトンを見せながら声を掛ければ、他に贈った心当たりのある人物がじわじわとルイーズに近づき、熱い視線を向けている。
……そのあとは、見つけるのは容易い話だ。
視線に気付いたエドワードが、ルイーズを小突き合図を送り、次に移る。
「あと、何人残っているんだ……」
「うーん、途中から分からなくなったわ。皆、ミトンの話しじゃなくて、エドワードと握手しても良いかって聞いてくるんだもん。どうなっているのよ、もう疲れたわね。ひゃっ」
言い終わると同時に、ルイーズはエドワードに横抱きにされた。
「その台詞、もっと早く聞きたかった。ほら、あそこにいる父にでも手を振れば帰るって分かるだろう。あの3人に近づけば碌なことにならないからな、このまま立ち去る。明日、陛下が何か言ってくれば、妻が疲れたからだと説明するから問題はない。端からその約束だしな」
急にエドワードに抱えられたルイーズは、渋い表情をしている。
「えーっ、宰相様にこんなところから手を振ったら怒られるわよ」
「怒られるために呼ばれたら好都合だ。もう2度と変な手紙を陛下から受け取るなと、ついでに伝えればいい。父のことだ、手を振ったところで、どうせ何も言ってこないさ」
屋敷に残してきたライアンが気になるルイーズは、どうにでもなれと、エドワードに抱きかかえられたまま、満面の笑みで義父に手を振った。
それに気付いた宰相は、無意識にルイーズへ手を振り返したが、共に笑っているエドワードに気付くと、青くなり、陛下の顔を覗き見た。まだ、開始から1時間も経過していない。
「上出来だ。でも、ルイーズが1人で怒られるのは、かわいそうだし、保険だ」
横抱きにされているルイーズは、エドワードに触れるようなキスを落とされた。
「かわいい妻が疲れたのに、俺が放っておけるわけないからな」
「ふふっ、早く帰りたいのはエドワードでしょう」
晴れやかな顔の2人は、会場の出口へと近づいていく。
陛下は、遠くに見えるエドワードが帰ってしまうと察し、側近のブラウン公爵を彼らの元へ走らせた。
……けれど、1歩遅かった。
次回、最終話の投稿となります。
幸せな2人を見届けてくれると嬉しいです。
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