4-26 ふたりの子ども①
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慌ただしく月日は過ぎ去り、気が付けば、1年前は大騒動を起こしたルイーズの誕生日も、今年は平穏に過ぎていた。
2人の寝室で、見つめ合うルイーズとエドワード。
……ルイーズの肩に手を回すエドワードの顔が斜めに傾くと、ルイーズは無意識に軽く口を開け、そっと目を閉じた。
……ルイーズが、唇に触れる温もりを期待した、その瞬間。
2人の近くに置かれたベビーコットから、「おぎゃー」と大きな泣き声が響く。
すると、エドワードが自分の額とルイーズの額をくっつけ、くすくすと笑いだす。
「あー、残念。ルイーズが俺を誘ってくれたのに、またライアンに邪魔されたな」
「はぁぁーっ、誘ってないわよ失礼ね。ライアンが悪態を吐くようになったら困るから、変なことを吹き込まないでよ……」
「はぁぁーっ、ルイーズに似るほうが騙されて困るだろう。俺がいないときに、ライアンに呑気な話ばかり聞かせるなよ」
そう言ったエドワードがコットに手を伸ばし、息子のライアンをひょいっと抱き上げると、まぎれもなく親子だと分かるそっくりな2人だ。
「どうしたんだ? ルイーズが盗られると思って泣いたのか? さすが俺の子だな」
エドワードが、愛おしそうにライアンを見つめ、優しい口調で声を掛けている。
顔を緩ませたスペンサー侯爵家の次期当主自らが、赤子をあやしているのだ。
本来であれば、世話を従者に任せきりにしても、おかしくない家柄であり、誰もがそう思っていた。
エドワードが、産声を聞き感情を高ぶらせたのも束の間。
生まれたばかりの赤子に対面した途端に、言葉を失い青ざめるしかなかった。
ルイーズの産む子はヒーラーであると勝手な勘違いが広がる中で、自分と瓜二つなのだ。
ただの誤解から、息子が連れ去られる危機を感じたエドワードは、ライアンを従者に触れさせることを恐れ、ルイーズと2人で育てることに決めた。
エドワードから、「悪いが、自分たちだけでライアンを育てる」と言われたルイーズは、「当たり前でしょう」と、何を言い出すのか理解できずに、目を点にして答えていた。
ルイーズが生まれ育ったフォスター伯爵家。
そこでは、幼かったルイーズが、従者のように赤子のアランの世話をさせられていたのだから、誰かに任せる感覚など、そもそもなかった。
**
ライアンが生まれて、もう少しで2か月というころ。
ルイーズの弟のアランが、姉の大好きなリンゴを持ってルイーズの出産を労いに来てくれたのだ。
もちろん彼は、この国の舞踏会で自分の母親が巻き起こした騒ぎの原因を知らない。
不敬な言動で斬首刑になったのは知っているものの、直ぐに激昂する母ならば、誰に何をしてもおかしくないと、深い理由まで父に追及していなかった。
アランは、姉の変わらない顔を見て安心すると、早々に帰っていった。
机の上に置かれた、日頃は食べることのないリンゴ……。
エドワードがいないことだし、まあいいかと、ルイーズは丸ごとかじりつく。
一口食べて止まるわけもなくそのまま、半分まで食べ進めて満足したところ。
それから少しして、目を覚ました愛しい我が子にじゃれていた。
ライアンの頬に軽くキスを落とすと、なぜか赤くなる我が子の肌。反対の頬にも同じようにキスをすれば、また赤くなった。
(ウソでしょう、これってもしかして……)
ライアンを抱きかかえたルイーズが、呆然と立ち尽くしていれば、エドワードが戻ってきた。
「ルイーズ、何かあったのか」
ただいまより先に口をついた、不安気な声が響く。
そんなエドワードには、泣きぬれた顔のルイーズの姿が映っている。
気が動転しているルイーズは、バタバタと足音を立てながら慌てて駆け寄ると、何も言わずにエドワードの手を握り、手の甲にキスを落とした。
……そうすると、ルイーズの口唇が触れたエドワードの手の甲は、見る見るうちに赤くなった。
これ以上触れてはいけない恐怖心から、ルイーズは口を固く結んだ。
その感覚に覚えのあるエドワードは、ルイーズが何も言わなくても意味を理解しているようだった。
それ以上に、ルイーズが抱きかかえているライアンの頬にも、同じ赤いキスマークがあるのに愕然とし、緊張から声がかすれる。
「ルイーズ……。リンゴを食べたのか」
「ごめんなさい、まさか……」
「いや、別に責めているわけじゃない、こんな偶然……」
エドワードが愛しの我が子の手に触れると、ライアンの頬のキスマークは消えた。
「良かった。このまま悪化していくなら、王宮まで行こうと思っていたんだから」
「ルイーズ……」
息子の顔に夢中のルイーズは気付いていないが、同時に、エドワードの手の甲のキスマークも消えたのだ。
あまりの衝撃でピクリとも動かないエドワードは、息子のライアンが意図せずヒールを使っていることを理解した。
少しして、息子の手を離したエドワードは、自分の手に視線を向けたまま、珍しく悲しそうな表情を浮かべた。
「なるほどな……。母が俺の後に子どもに恵まれなかった理由を確信した……。何度も妊娠の兆候はあったと聞いていたから、そうかと思っていたが、……やはり俺のせいだったのか」
エドワードの視線の先を追ったルイーズは、エドワードの手の甲がきれいなことに気付き、目を丸くする。
始めは、エドワードの言葉の意味が分からなかったルイーズだが、妊娠中は、むやみにエドワードの手に触れるのを禁じられたのを思い出した。
「それはエドワードのせいじゃないわ。お母様ならむしろ、知らず知らずにエドワードに癒やされて、毎日幸せに過ごしていたと思うわよ、わたしみたいに」
「……そうか……」
励まされたところで、まだエドワードの表情は冴えないが、笑顔のルイーズは、うんうんと、何度も頷く。
「本当の娘のように、わたしのことを喜んで受け入れてくれたわけだし。気にすることはないわ。わたしは、女の子も欲しいけど、まあ、なんとかなるでしょう。ふふっ」
「こんなときは、ルイーズの適当な性格に救われるな……」
「適当じゃないわよ。ほら見て、真剣な顔をしているでしょう。今、精いっぱいこの子を守るのはどうしたらいいのか、悩んでいるんだから」
真面目な顔のルイーズは、切羽詰まった声を出す。
「特別なことはしなくて大丈夫だ。俺も知らず知らずにヒールを使っていたんだろうが、何事もなく過ぎてきたんだ」
「あっ、そっか。じゃあ何も問題ないわね」
エドワードの言葉にホッとしたのか、ルイーズは、にこっと笑った。
「馬鹿、問題大ありだろう! 今のライアンでもヒールを使えると知られれば、信用のおける従者たちだってどうなるか……。とにかくバレないように誰にも何も言うな。赤子のライアンであれば、外套の下に隠すだけで持ち去れるからな」
そう言ったエドワードは、ルイーズの肩に手を当て、怖いくらいに真面目な顔である。
「そんなぁ〜、わたし、出来るかしら……」
「ルイーズは、ウソが下手だからな。次の舞踏会は、生まれた子はヒーラーなのかと、聞かれるはずだ。返答がブレないように練習しておけよ」
残すところ2話となりました。




