4-25 ルイーズの元に届くミトン
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祝賀会の翌朝、本来であれば、この時間にエドワードが王宮にいることはない。
だが、よからぬ空気を感じ取ったエドワードは、早朝から動き出した。
元々朝は機嫌の悪いエドワードが、陛下に疑いを持って来ているのだ。
国王の執務室の前で待ち伏せするエドワードは、それはもう不愉快を露骨に表していた。
「うむ、エドワード様か。待っていたぞ」
そんなエドワードを至って平然と受け入れる陛下は、付き合いの長い彼の考えは、おおよそ、理解しているようだ。
「ふん。朝から呼び鈴を鳴らされては、たまったもんじゃないからな」
そう言ったエドワードも、陛下のことなら大抵分かっていた。
気が立つエドワードは、陛下と共に執務室へ入ると、机に向かった陛下の前で仁王立ちをする。
それに動じない強気の姿勢の陛下は、自分の手をすっとエドワードに差し出す。
ムッとするエドワードは、あからさまな視線を陛下の手に向けた。だが、陛下が差し出す手を、無視することに徹した。
「じじぃ、昨日の夜は何を勝手に公表した。さっさと撤回しろっ!」
エドワードが机を強く叩いた音が、バンッと大きな音を鳴らし、部屋の中をこだました。
だが、その音が消えると、次は低い笑い声が部屋に響く。
「ははは、バレていたか。次の舞踏会は、ルイーズ夫人の出産から2か月後へ延期すると発表した。定例の舞踏会は、同行者に制限はないからな。盛大に子どもの誕生を祝ってもらえるだろう」
「全くもって余計な気遣いだ。リンゴの収穫祭はどこへいったんだよ、ったく、伝統を変えるな。俺は、面倒事を引き受ける気は一切ない」
エドワードは、国王がたった一晩で、これまで100年以上続く歴史を容易に変えたことに白い目を向けている。
エドワードの言葉に、「うむ」と頷いた陛下は、引き出しから重厚感漂う封書を取り出し、ゆっくりと机の上に置いた。
自然とそれに視線が向いてしまうエドワード。
彼が手紙に目をやれば、陛下の蜜蝋が間違いなく押された封がされている。
そして、陛下は表と裏を返した。
……その瞬間。宛先を見て放心状態のエドワードは、陛下を黙って見つめるしかなかった。
「昨日のエドワード様を見て分かった。頑固な本人より、こっちのほうが、話が早いだろう。これから遣いを出してルイーズ夫人を呼び出す。国王の正式な呼び出しに応じなければ、どうなるか分かっているだろう」
その言葉に絶句しているエドワード。
昨晩、辛そうにしていたルイーズは、何度も目を覚ましてベッドを抜け出していたのだ。
そして今朝、隣ですやすやと眠っていたルイーズを、起こさないようにと、静かにそっと部屋を出てきた。それなのに、ルイーズをたたき起こすなど言語道断。
目を吊り上げ怒るエドワードは、陛下の手を何も言わずに掴めば、そのまま少しの時間停止した。
それから陛下の手をパッと突き放したエドワードは、そのまま机の上の親書を奪い取る。
「信じられないな……。俺の知らないところで勝手にルイーズを呼び出すな。そんなことをすれば、俺は2度と王宮へ来ることはない」
「悪い悪い、私が悪かった。そこまで怖い顔をしなくてもいいだろう。呼び出すのが駄目なら、親書は宰相に渡せば間違いなく届くだろう。王家の命令の意図は、十分に伝わるはずだ」
「そんなものは俺たちの知ったことではない」
「いや、何故かエドワード様ではなくルイーズ夫人に感謝する貴族たちが、夫人に祝いを伝えたいと言い出し、納得しなかったからな」
「はぁ……なんだよそれ」
「エドワード様が何かしたからだろう、私は知らん」
「ったく。勝手に舞踏会の日程を変えても、妻が疲れたと言えば、そのときは俺の意思で帰るからな」
「まぁ、それは仕方がない」
エドワードは射抜く様な視線を向けると、何も言わずに踵を返す。
そして、エドワードが去るのと同時、力任せに閉められた扉が、廊下の端まで大きな音を響かせた。
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屋敷では、ルイーズの元へ赤子用のミトンが次々と届き始め、それを見たマルロは、頬笑ましく思いながら、2人の部屋へ運び込んでいた。
ルイーズはマルロから箱を受け取り机の上に置けば、眉をハの字にしながら、考えにふけっていた。
丁度そこに、ガチャリと開いた扉から、目覚めたときには既にいなかったエドワードが帰ってきたのだ。
「あっ、ルイーズは起きて大丈夫なのか」
「今は、なんだかスッキリしているわ。でも良かった、今日は夜まで会えないかと思っていたのよ」
ルイーズの明るい声に、ひとまず安堵の顔を見せるエドワードは、彼女の横に並んだ。
「ねぇねぇ、ヒーラー様の体質って、子どもにも受け継がれるの?」
「っなわけあるか、それなら父だってヒーラーだろう。俺の直系でも、知り得る範囲にヒーラーはいない。他のヒーラー2人の家系もそうだ。生まれてくる子どもが男子であっても関係はない。まぁ、世間の勝手な勘違いだな」
「ふーん、そうなのね。そうだ、陛下はお元気だったかしら」
「じじぃのことは、気にするな。大抵どうでもいいことで俺を頼っているからな。そういえばルイーズに会いたがっていたぞ」
「わたしには会う用事がないもん、結構だって言ってくれたかしら」
「当然。俺にルイーズの気持ちが分からないはずはないだろう。なんだか次の舞踏会、ルイーズは絶対参加と陛下の命令があった」
「はぁぁーっ、どう考えても正当な欠席理由があるでしょう」
眉間にしわを寄せたルイーズは、エドワードの肩を掴み、ゆさゆさと揺すっている。
「これ……、陛下からルイーズ宛ての親書だ。舞踏会はルイーズが参加出来るまで延期するって。俺には命令できないから、俺の一番弱いところを突いてきた……」
エドワードは、申し訳なさげにルイーズへ封筒を渡した。
「わたし、もしかして、エドワードを困らせているのかしら」
「まさか。ルイーズとの舞踏会は退屈しないからな」
「えー、わたしはエドワードと一緒だと、ご馳走を食べる時間じゃないから、舞踏会なんて詰まらないわ」
「問題はそこか? そもそも、あの舞踏会をそんな時間だと思って参加しているのは、ルイーズしかいないだろう、くくっ」
陛下と宰相の思惑を全く気にしていないルイーズのことを、エドワードはくつくつと笑っていた。
楽し気なエドワードは、少し前までの、いら立ちも、すっかり忘れているようだ。
「えー、じゃあ、リンゴを入れるのはやめてって陛下に頼んでみようかしら。だって、リンゴの収穫祭じゃないんだから良いわよね。そうしたら2人で食べられるもの、きっと楽しいわよ」
「それなら、じじぃに手紙を書けばいい。俺が届けてやる」
「そうね、そうするわ。それくらいお願いしても、バチは当たらないわよね」
やる気満々に拳を握り、目をキラキラと輝かせるルイーズ。それを見たエドワードは、頬に力を入れ、笑いをこらえるのに必死だ。
「ルイーズは本当にかわいいな」
「ちょっと、どこがかわいいのかしら?」
「俺のために、あほな手紙で国王まで動かすところだよ」
「はぁーっ、あほじゃないもん。見てよこの顔、真剣でしょう」
「くくっ、ほんとだな。それは俺のことが好きなのか? それともご馳走のためなのか」
「それはもちろん、……ちょっと無理」
そう言って、ルイーズは洗面所へ駆け込んでいった。
そのルイーズの背中を目で追うと、額に手をやり、うつむくエドワード。
「いつになったら俺のこと、許してくれるんだ。俺が要らないことを伝えたから……。もう……ずっと聞かせてもらえないんだろうか」
エドワードのかすれた独り言が、2人の部屋で静かに消えた。
定例の王家主催の舞踏会は、日程未定で延期となり、令嬢たちに人気だった、伝統のリンゴの酒は廃止されることが決まった。
……けれど、不満を言う者は誰もいない。
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