4-24 最愛の妻が、1番大切だから②
ルイーズの様子にハラハラしているエドワードは、貴族たちの列が、ようやっと半分くらいの長さに減ったのを確認した。
これまで挨拶した人物の中には、案の定、胡散臭い理由を並べる治療希望者がチラホラ紛れていた。
……けれど、つべこべ言う時間も惜しいエドワードは、「俺に治療する理由はないが、妻からチョコの礼をするように頼まれたからな」と、言いながら勢いよく彼らの手を握った。
そして、エドワードがルイーズを見れば、微笑み返してくるのだが、少し前から言葉数が減ってきていた。
それが気になり顔が強張るエドワードは、もう限界だった。
自分の我慢がならないと、髪をかき上げたエドワードは、言葉より先に体が動く。
「ひゃっ」
と声を上げたルイーズは、突然、エドワードに横抱きにされ、すっぽりと彼の腕に包まれた。
顔色の悪いルイーズは、何も言えずにエドワードの服をぎゅぅっと掴んでしがみつく。
「悪いが、ルイーズが疲れているからもう帰る」
エドワードは、列の一番前の人物へ、淡々とそれを伝えたのだ。
それを聞いてぽかんと口を開ける人物は、嫌とも、分かったとも、言えずに聞き入れるしかなかった。
そんな反応を見る前から、動きだすエドワード。
エドワードの背中が見えた列の後ろからは、「今日を心待ちにしていたのに!」と、泣き出す声が響く。
だが、そんなことはどうでもいい。
エドワードは耳を貸す気は一切なく、心配そうにルイーズの顔をひたすらのぞき込む。
忍耐強いルイーズが無言になっているのだから、エドワードには焦りしかない。
(陛下と宰相の茶番に付き合ってやったんだ。これ以上、俺の知ったことではない)
そう思うエドワードは、脇目も振らずに陛下の元へ向かう。
そして到着した先には、楽し気な様子の陛下がおり、エドワードが、すっと視線を動かした先には、彼の父もいる。
真剣な顔つきのエドワードは、交渉の余地を与えるつもりはないと、強い口調で国王に告げる。
「俺の終業時間だ、これで帰る」
「いやいや、まだこれから夜も長いだろう」
「ルイーズが、ドレスを苦しそうにしているから、もう無理だ」
「……まあ分かった。今日は2人の祝いの日だし、折れるとするか。次は例年の舞踏会か……」
「それは、欠席と決めている」
「いやいや、それだとエドワード様に会えると信じている者たちが納得しない、分かるだろう」
「無理だ。そのころはルイーズの出産と重なる。無駄なことでルイーズから離れる気はないからな」
それを聞いた陛下は、しばしの間固まった。
エドワードにしがみついているルイーズは、自分を最優先にしてくれるエドワードの言葉に、顔をぽっと赤くしていた。
そして、おもむろに会話を続けた国王陛下。
「ならば、王宮の舞踏会の時期を変更するか」
「「はぁぁーっ」」
流石にそれはおかしい。
そう思ったルイーズは、エドワードと重なるように声を上げていた。
「あの舞踏会はリンゴの収穫祭が起源なんだろう。その時期に勝手にやってくれ。もう、俺たちはあの酒を振舞う舞踏会に参加する気はないからな」
「それなら、舞踏会の理由を別のものに変えればいいだけだ。ルイーズ夫人を労うでも、エドワード様に願いを述べるでも何でもいいな。ホイットマン子爵家の当主から、働き手が増えたと礼状が届いていたし、年に1回くらいいいだろう」
鼻まで赤い陛下は、十分過ぎるほど酒が入り、気が大きくなっているようだ。
このやり直しの舞踏会が、想定以上の大反響だった。
エドワードから治療を受けた20人くらいが、陛下と宰相の元へ深々と礼を述べにくる。
そのせいで国王陛下は、すっかり気分を良くしていたようだ。
「俺はよくないっ! あー、ここで話をしても埒があかない。ルイーズの体調が悪いんだ。早く楽にしてやりたいから、その話は後日だ」
取りつく島のないエドワードの様子に、今、それを決めることを陛下は諦めた。
だが、エドワードが帰ってしまう前にと、陛下は静かに手を差し出した。
陛下の手の動きを見取ったエドワードは、意図を察する。
……だが、応じる様子はない。
横抱きにしているルイーズの体に、エドワードの手が触れていた。
躊躇う隙もなくエドワードは答える。
「無理だ。ルイーズを抱えているから今はヒールを使えない。明日、訪ねるからそのときだ」
エドワードの主張など、自分を床に立たせれば何の問題もない話である。自分の耳を疑うルイーズは、国王陛下の頼みを前にしても、聞き入れない彼の優先順位に驚きを隠せずにいた。
***
帰りの馬車、ルイーズはエドワードの体に身をゆだねると、温かい彼の腕で、しっかりと抱きしめられていた。
「どうして陛下の前で、わたしを降ろさなかったの、そうすれば……」
「俺の中の1番がルイーズだから当然だ。俺の子を身ごもって体調が悪い妻のほかに、気にするものはない。一応、それが許される立場にあるからな」
「……、そんなに甘やかされたら、わたし、エドワードのこと……」
話していたルイーズは、声を詰まらせる。
「気にするな。それに、元気に小さな心臓が動いているのが、はっきり分かったのを早く伝えたかった。ルイーズが辛そうなのに、俺は何度かにやけてしまって、……情けない」
「楽しそうだなぁ、とは思ったけど、そんなことだったの? でも良かったぁ。ほらね、やっぱり言ったとおりでしょう、エドワードにのぞかれると便利だもの」
目を閉じたルイーズは、エドワードの胸に顔をうずめた。
「そう言ってくれるのは、ルイーズくらいだろうな」
「そうかなぁ。でもどうしよう。淑女らしくないって、明日、お母様から怒られないかしら」
「俺たちの結婚を遅らせた張本人が、今更怒るわけないだろう。だが……今から謝っておく。あの場にいた2人……。今ごろ会場で、とんでもないことを勝手に決めているはずだ。それで……、明日からはルイーズの元に、チョコレート以外のものが届くかもしれない」
「……ははは」
乾いた笑い声を上げたルイーズは、既に今日の時点で妊娠が知れ渡るのだと察した。
「なあルイーズ。あ……いや、何でもない……」
寂しそうな顔で何かを言いかけては、続けるのをやめたエドワード。
「どうかしたの?」
「俺が余計なことを伝えたせいだ。明日なんとかするから」
弱々しくエドワードがつぶやくと、2人の会話を終えた。




