4-23 最愛の妻が、1番大切だから①
やり直しと銘打った王家主催の舞踏会。
王宮の扉の前に着くころには、エドワードと腕を組むルイーズが真っ青になり、ガクガクと震えている。
「エドワード……、わたし、みんなから白い目で見られる気がして怖い。……ここに来たら、緊張し過ぎて吐きそうだわ」
「よし、じゃぁ帰るか」
と言ったエドワードが振り返ろうと横を見れば、侯爵家の当主と目が合った。
「馬鹿を言うな! 我が家の息子がこの舞踏会の意味を分かっていないとは、言わせないぞ」
「ふん、生憎だな。王宮のこの時間、俺は仕事中だ。ってことで、そんなものは知らん。ルイーズが怯えて、行きたくないと言っているからな。よし、ルイーズ帰るぞ」
強気なエドワードが、語気を強めて言い切った。
「エドワード様はお帰りですか。しょうがない。娘を宥めてエスコートは私がするか。陛下から義務を怠ったと、我が家が責められたら困るからな」
返事もせずにすぐさま、正面を向いたエドワード。
「よし、ルイーズ。俺の腕を離すなよ。さっさと陛下へ挨拶を済ませて立ち去るからな」
「うん」
「おいっ、宰相。目立つのは困るんだよ、俺のことを疑っていないで先に会場へ入れよ」
「承知しました」
入り口前で言い合いをしているうちに、後ろで人が控えているのを見た宰相は、にやりと安堵の顔を浮かべ、会場へ進んでいった。
そして、侯爵夫妻の背中に隠れるようにして会場へ入ると、2人の視界には、見慣れた光景が映るが、前回とは様子が大違いだった。
「この前の舞踏会と本当に一緒ね……」
「……いや、リンゴの酒はないはずだ。俺の怒った理由が、酒をかけられたことだと思われているからな。怪しまれないように、食事にはリンゴが入ったままだ」
会場の雰囲気に驚いた新郎新婦の2人は、呆然とその場に立ち尽くしていた。
だが、2人の到着を待ち詫びていた人々が一斉に群がり、2人へ祝いの言葉を述べようと、長蛇の列を作り始めた。
多少隠れてみたところで、ルイーズが純白のドレスを着てきた時点で、2人の所在を周囲へ伝えていたのだ。
「エドワード、これって」
驚くルイーズは、エドワードと組んでいる腕にギュッと力が入った。
「悪い。驚き過ぎて出遅れた……。声を掛けてくる奴らに適当に挨拶を済ませるからな、横で笑っていればいい」
当たり障りのない祝辞を告げる貴族たちを、エドワードが適当にあしらい、ルイーズは取りあえず作り笑いを浮かべていた。
そこへ、レベッカ王女が列を割って2人の前に現れた。彼女は美しいカーテシーの後に、しおらしく話し始めた。
「以前、ルイーズ様に失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした。お2人のご結婚おめでとうございます。ルイーズ様、これから仲良くしてくださいませ。何卒、お願いします」
……エドワードでさえ、全く見たことのない腰の低いレベッカ王女。
呆ける2人が声を出すよりも先に、レベッカ王女は、最前列にいた貴族に割り込みを詫び、そそくさといなくなった。
「驚いて、何も返事が出来なかったけれど、いいのかしら……」
「謝っておかなければ、これからルイーズに虐められると焦ったんだろう。ルイーズから言い返される前に逃げたんだな」
「えっ! わたしがどうして虐めるのよ!」
ルイーズは自分の顔を指さし、目をパチパチさせエドワードを見ている。
「まあそうだろう。この会場の令嬢の大半が黄色いドレスを着ているのは、前回のルイーズを真似たんだろう。わざわざドレスを新調させるほど、ルイーズは影響力があるってことだ」
「ははは……」
顔を白くして、ルイーズは感情のこもらない笑いを返す。
レベッカ王女の割り込みで待ちぼうけを食らった最前列の男爵が、祝辞の後に、そわそわした口調で話し始める。
「この列で待っていたら、後ろから押されて転んでしまったのです。宰相様とエドワード様の会話で、仕事中だとおっしゃっているのを耳にしましたから、治していただけないでしょうか」
男爵だと名乗る、でっぷりと太った中年男は、すかさず右ひざに出来た切り傷を見せた。
男爵の右ひざは、彼の体重によってガタがきており、スラックスをまくる動きがなんともおぼつかない。
見せてきたその傷は、転倒によって負傷したにもかかわらず、擦過傷ではなく1本の綺麗な切り傷である。
男爵へ冷ややかな視線を向けるエドワードの顔には、ウソつけ……。と書いてある。
だが、男爵の名前に憶えのあるルイーズは、瞳を潤ませた。
彼は3か月前に、艶々と輝く綺麗なチョコレートを1箱、送ってくれた人物だ。
「エドワード、私たちにお祝いの言葉を届けるために、待っていたら転んだのよ……、どうしよう」
「あほ! 何がどうしようだ。どう見ても、その傷は転んで出来たものじゃないだろう。騙されるな」
「そんな悪い人じゃないわよ。だって、わたしたちの結婚祝いに、凄く優しい言葉を添えた手紙も入っていたもの」
男爵を気に掛けるルイーズは、エドワードの手をゆさゆさと揺すっている。
ハッと何かに気づいたエドワードは、自分たちへ挨拶をしようと待ち望んでいる列の長さを確認すると、頭を抱えて身悶えた。
(こんな会話をいちいちルイーズとしていたら、この列を捌くのに何時間かかるんだよ)
顔を強張らせ、焦り始めるエドワード。
「おいっ、お前のその傷は、この会場で転んで出来たものでないことくらい俺には分かっている。それでもルイーズのために治してやる。治った足で、ルイーズに椅子を探して持ってこい」
「はっはい、もちろんです」
エドワードは、バシッと掴むように、にへへと笑う男爵の手を握った。
「あっ、ありがとうございます。ただいま、すぐに探してきます」
エドワードの手が離れると、繰り返し礼を言った男爵は、走ってどこかへ消えて行った。
エドワードは、チラリとルイーズの顔を見る。
「ルイーズ……。気分が悪いんだろう。こんな茶番は放って帰るか?」
「絶対に駄目よ。みんなエドワードと話したくて、こんなに長い列を作っているのよ。帰るわけないでしょう」
切実な顔のルイーズは、横に首を振った。
「……そう言うと思った。悪い、ルイーズにヒールは使えない。下手に治療をすると、悪阻の原因になっている存在が消えるから……」
「気にしなくていいのに。大丈夫よ。わたし、体力には自信があるから」
「どの口が言っている……。こんなときまで無理をするな」
笑って見せたルイーズとは対照的に、ぐっと感情を抑えたエドワードは、目つきが鋭くなった。
エドワードに無償で治療を受け、自由に走られるようになった男爵が、ルイーズへ椅子を持って戻ってきた。
「ルイーズはこのまま座っていろ。俺が駄目だと判断すれば、そこまでだ。ルイーズへチョコレートを送ってきたのは何人いるんだ」
「……貴族籍って話なら40人くらいかな」
(姑息なやつらは、そんなに混ざっているのか……。同じ会話をいちいち繰り返すだけでも時間が掛かるっていうのに……。どう考えても、ルイーズがもたないだろう……)
プロローグから始まった本作。
気づいている読者様も、いらっしゃるかと。
完結まで、あと少しお付き合いください。




