4-22 ふたりの結婚式
ルイーズとエドワードの結婚式が教会で始まろうとしている。
青い糸でアゲハ蝶が胸元に刺繍された、豪華な純白のウェディングドレスをまとうルイーズ。
そのドレスを頼んだのは、ルイーズをすっかり自分の娘のように思っている侯爵夫人である。
張り切った侯爵夫人が、以前汚れた黄色いドレスは、我が家にとって取るに足らないものだと見せつけるために、ルイーズそっちのけで女店主と用意したものだ。
ドレスの採寸中にルイーズは、「エドワード様だけでなく、あの厳しい侯爵夫人まで手玉に取るとは、あなた本当にすごいわね」と仕立て屋から言われる始末。
疑問符を頭の中に浮かべ、「あ、はぁ?」と空返事のルイーズは、手入れの行き届いた厳格な庭の大元は、夫人の雷だと結びつくわけもない。
***
……結婚式の控え室では、ドレス姿のルイーズを、エドワードが心配気に見つめていた。
「辛くないか? 今日の予定が決まったときには、ルイーズの体のことまで考えていなかった」
「全然平気よ。それに、お母様がこんな素敵なドレスを用意してくれたんだもの。うれしくって、わくわくするわ」
「ルイーズは無茶するから、舞踏会に連れて行きたくないな」
「ふふっ、そんなことを言っていると、お父様に怒られるわよ。――あっ、見て! 黒いアゲハ蝶だわ。最近、よく見るのよね」
ルイーズは楽しげに声を上げたが、ルイーズの指差す方向を見るエドワードは、目が点になっている。
「こんな季節外れに蝶……。何で教会の中に……」
ルイーズが手を伸ばし、こっちへおいでと手招いたが、優雅に舞うアゲハ蝶は窓から外へ消えていった。
**
チャペルへ向かおうと扉を開ける直前のことだ。
ルイーズが自分の元からパタパタと立ち去り、すっと伯爵の横に立つのを見たエドワードは、露骨に顔をしかめた。
だが、何も気にしていないルイーズが、ルイーズの父へさっと腕を回してた。
「ルイーズ。何をやってんだ!」
「ん? 入場はお父様と一緒だからよ。エドワードは違う所で待っているんでしょう」
「おいっ、ルイーズがフォスター伯爵と歩くって何だよ。どうして俺の横をルイーズが歩かないんだ! ルイーズの横はいつだって俺って決まっているだろう」
準備万全の父と並んでいたルイーズを、すねるエドワードが、ぐいっと引き寄せ、ゆずらんと言いたげに無言で伯爵をにらんでいる。
……その結果。
開け放たれた扉から、ルイーズはエドワードと腕を組んでバージンロードを歩くことになった。
目の前に広がる大きなステンドグラスから、七色の光が美しく差し込んでおり、キラキラと目を輝かせるルイーズは笑顔があふれている。
だが、それよりも……。
少し前の出来事がおかしくてたまらないルイーズは、噴き出しそうな感情を必死に堪えていた。
エドワードは、自分の結婚式をエドワードの母に任せきりだったのである。
めんどうくさがりのエドワードが、直前まで式の段取りを聞いていなかったのだろうと、ルイーズは直ぐに気付いた。
何度もチラチラと彼の横顔を見て、子どもの様にすねて、何をやっているんだと、うれしそうな顔のルイーズ。
その視線に彼が気付き、ばつの悪そうな顔をしている。
2人の結婚式を挙げる教会は、スペンサー侯爵家の親族だけで席を埋め尽くしていた。
当初の予定では、花嫁をエドワードに託してから最前列の席に着くはずだったルイーズの父。
だが、今更ながら前へ行くわけにもいかず、最後列の隅に小さくなって腰かけた。
ルイーズの視界には、父が座る予定だったその横に、弟のアランが1人でいるのが見えている。
アランは父の姿が見えなくても、動じる様子もなく相変わらず堂々たるもの。
むしろ、2人で登場した姉へ、にこっと表情をやわらげ、頬笑みかける余裕もあるようだ。
それを見てルイーズは「偉い偉い」と心の中で声を掛けていた。
結婚式の形式上にある誓いのキスは、エドワードの執拗で本気モードなキスが襲ってきた。
まさか、こんなところで、彼の舌が割り入ってくるとは、ルイーズは思ってもいない。完全に油断していた。
静まりかえる教会で、2人の熱い誓いが、音を立て響き、ルイーズがエドワードに応えるように舌を絡めるまで、離れる気配はない。
エドワードがルイーズへ執着しているのをよく知るスペンサー侯爵夫妻は、表情をぴくりともさせず、納得の様子で見守る。
2人の舌が絡みあってから、名残り惜し気にエドワードが離れていく。
彼の唇が離れた瞬間、ルイーズは思わず吐息がもれ、真っ赤になった。
誓いのキスが終わってすぐに、「弟の目の前で、何をするのよっ」と彼をキッと見ると、してやったりの顔をされた。
エドワードをにらむルイーズは、少し前にエドワードを笑ったことに反撃されたと悟り、あとで仕返しする気でいる。
……そんな2人は、厳格な結婚式でさえ、自分たちの世界を楽しんで終えていた。
結婚式直後にアランが、新婦の控室を訪ねてきた。
ルイーズが、久しぶりに会話を交わすアランは、以前よりも更にしっかりしているようだ。駆け寄る姉よりも、エドワードに深々と礼をしていた。
「エドワード様がいるとは思わず申し訳ありません」
「気にするな。ルイーズは目を離すと何をするか分からんからな」
「何から何までエドワード様には、お世話になり、ありがとうございます。あの日、エドワード様に会えて本当に良かったです。姉上がっ、姉上が……幸せそうで」
「あー、いや、それは俺の方が助かった。アランなら、いつでも招き入れるように、屋敷の者へ伝えてあるから、寂しければルイーズに会いに来ていいからな」
「はい、そうさせていただきます。この後は、王家主催の舞踏会なので、子どもの僕は参加できないので、ここで帰りますね」
「そうだ。アランは困っていることはない? 何かあれば、わたしに相談しなさい」
エドワードに対抗心を燃やしたルイーズが、胸を張って言い始めた。
「あのぅ、姉上の時間があるときで構わないのですが、僕に剣術を教えてくれませんか? 伯爵家の中も平和になったので、是非」
弟に頼られ、にんまりするルイーズは、自分が剣術の素養無しとレッテルを貼られた自覚は未だになかった。
けれど、何も知らないアランから見ると、ルイーズはエドワードに一目置かれるほど、騎士の訓練をそつなくこなした存在だ。
「いいわよ。いつでも言いなさい」
その適当な返事を聞いて動揺するエドワードは、あんぐりと口を開けている。
「はぁぁーっ! 絶対にだめだ。ルイーズが人に教えられるわけもないが、そんな危ないことはさせられない。妊婦がすることじゃないだろう」
ルイーズは手を振って、慌ててエドワードの言葉を制止しようとしたけれど、もう遅かった。
(エドワード、それはまだ2人の秘密でしょう。アランは分からないだろうけど、結婚前から何しているのって、他の人に笑われるわよ……)
「妊娠。……そうでしたか。姉上の先ほどの誓いのキスも随分と熱が入っていると思っていましたが。剣技のことは、頼りない父にでも相談してみます」
サッと礼をし、立ち去ったアラン。
ルイーズは片手を前に出し、何かを弟へ伝えようとしたけれど、うまい言い訳は見当たらない。
結局、顔を引きつらせたまま、手を左右に振って見送った。
「ちょっと、エドワードのせいで、アランに淑女らしくないって思われちゃったでしょう」
「いいだろう。ルイーズが淑女らしかった姿は、そもそも俺は見たことはないんだ。見えを張るな」
「はぁぁーっ、見えを張るのは、エドワードから習ったのよ」
ルイーズは、勇ましい勢いで馬車へ向かい、やれやれと口を突きそうなエドワードは、後ろを追いかけた。
そして……。
エドワードが舞踏会をぶち壊したために、やり直しになった王家主催の社交界。
だが、どう考えてみても、わざとらしく2人の結婚式の日を選んで設定しており、新郎新婦が挙式後そのまま強制参加させられる羽目になった。
それも、並走する馬車から視線を向ける宰相の、見張り付きである。
「ルイーズ、舞踏会では何も喋らないでいいからな。近寄ってくる奴らに、愛想笑いをするだけでいい。全部俺が追い返す」
落ち着いた口調のエドワードは、チョコレートで踊らされそうなルイーズを指導している。
「えー、結婚祝いにチョコレートを贈ってくれた人へ、ちゃんとお礼を言わないと」
「あのな、あれは結婚祝いじゃないだろう」
「何を言っているのよ、ちゃんと祝いの言葉が書いてあったわ」
ルイーズも真面目な顔で反論する。
「よし、ルイーズが喜んでいるからそうするか。じゃあ、結婚祝いの返礼は、母が得意だ。明日にでも相談するといいぞ。我が家への結婚祝いをチョコレートで済ませた奴らにも、返礼は母と相談すると教えておけ」
「それを伝えると、何か問題でもあるの?」
「さあな。俺は結婚祝いのチョコを食べていないから、何かあっても知らん」
「ちょっと、知らんって! まずいことになったらどうするのよ!」
馬車の中で言い合いをしながら、2人は向かっていた。
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