4-20 不穏な空気③
ここ最近、早朝から目が覚めてしまい、再び眠りに落ちることができないルイーズは、1人ベットから起き上がると、窓から侯爵家の厳格な庭を眺めている。
宙を見たままぼんやりするルイーズは、マリッジブルーとは違う、気鬱な感情の中にいた。
その理由は、恥ずかしくてエドワードに言い出せずにいるが、エドワードが自分を求めてこないことだ。
これまでは毎晩、エドワードから抱きしめられて眠っていたルイーズである。
そんな彼女は目覚めた後も、とろけるような甘い時間を過ごしていた。
……それなのに突然、ルイーズへ触れてこなくなり2週間以上が過ぎる。
眠る直前に、エドワードと熱いキスを交わせば、彼は急にそっけない態度に変わり、そのまま背中を向けて寝てしまう。
その姿を見る度に、布団の中で小さく丸まるルイーズは、息が苦しくなり眠れずにいる。
(最近のエドワードは何かが変だわ。うれしそうなのに、理由を聞いても一切教えてくれない。ベッドの中で声を掛けると「眠い」と言われるだけだし……。嫌わられたのかな……。それとも他に相応しい恋人ができたのかな。いや、エドワードに限ってそんなはずないわよ。これまでは、言わなくてもいいことまで、フェアじゃないからと伝えてきたんだもの、大丈夫よ。だけど、それなら何故……。分からない、分からない。わたしは、どうしたらいいんだろう)
あと数日で結婚。
……だというのに、自分らしくない暗い感情が心を占めている。
「……ルイーズはここにいたのか。目が覚めたらいないから驚いた」
「おはようエドワード。なんかね、おなかが空いて目が覚めちゃって。朝食まで、まだまだ時間があるから困っていたのよ。エドワードが起きてきたからチョコでも食べようっかな」
優しい口調でそう言ったルイーズは、日々届けられるチョコレートを棚から1箱取ると、ソファーへ腰かけた。
以前、自分がエドワードへ、「結婚前に笑われる」とか言っていたルイーズとしては、自分から言い出せるわけもなく、甘くて癒やされるチョコレートを食べて、落ち込む気分を晴らそうと試みたのだ。
ツヤツヤと輝く丸いチョコをつまんで一つ口に含めば、広がる甘さに思わず、にんまりしてしまう。
口の中で溶けてなくなった名残惜しさで、2つ目を手に取る。
「なぁ、ルイーズに贈られてくるチョコレートは、しばらく控えた方がいい。いつも食べ過ぎだぞ」
寝室から出てきた場所で、立ったまま険しい顔のエドワードが発する淡々とした言葉。
「そっ、そんな。まだ、2個目だし」
「食べ始めたら、いつも止まらなくなるだろう」
「だ、大丈夫よ、それは、この前がたまたま……」
「駄目だ。わがままを言うな」
「ぇ……」
手から滑り落ちたチョコレートが、机にぶつかり弾むと、部屋の中にコンコンと小さな音を立てながら、床まで落ち、エドワードの方へ、ころころと転がった。
「わがままを言うな」の一言が、ルイーズが忘れかけていた伯爵家の食卓を想起させ、青くなった指先は力が入らないほど冷え切っている。
継母や姉から言われても、ルイーズは、どうせいつものことと、さらりと聞き流せていた。
でも今の一言は、そうもいかなかった。
何故なら、事ある度に浴びせられていた言葉を、全く予期せぬエドワードから言われたのだから。
息を吸うのも忘れたルイーズは、固まったまま少しも動く気配はない。
(自分の気持ちを適当に誤魔化しては、駄目だわ。しっかり向き合わなきゃ。エドワードの隣にいる幸せを、簡単に諦められないもの)
「ねぇ、何かあったの? わたしに何か隠していない?」
少し離れた場所に立つエドワードを真っ直ぐ見て、ルイーズは真剣な口調で問い掛けた。
するとエドワードは、「あ、いや、何も」と言って、落ちたチョコを拾おうと顔を背け、ルイーズから離れていった。
それを見たルイーズは、咄嗟に自分の口を両手で覆い、上下の歯がぶつかりカチカチと音を立てて震えるのを隠した。
「ウソよ、最近のエドワードは、なんだか変だわ」
「そんなことはないだろう。別に俺は何も変わっていないからな」
ムキになった様子のエドワードは、大きな声を張り上げた。
明らかに態度が変わっておかしいのに、適当に誤魔化している。それを目の当たりにしたルイーズは、今にも泣きそうだ。
「わたし……、ずっと思っていた……。エドワードとは全く釣り合っていないって。結婚する間際になって、慌ててマナーを学ばなきゃいけない妻なんて、恥ずかしいって、そんなの分かっているわ。なのに、どういうわけか、エドワードには何でも打ち明けられて、いつも一緒にいると楽しかった」
「ど、どうしたっ!」
動揺したエドワードの声が上ずり、目をしばたかせる。
いつもであれば、「チョコを食べるな」とルイーズへ伝えたところで、強気に言い返しているはずだ。それなのに急に涙をぽろぽろとこぼすルイーズを見て、エドワードの全身に動揺が走った。
「エドワードに限って、誤魔化すことはないと思っていた。なのに……ひどいわ。別に好きな人ができたなら、正直に言えばいいじゃない。エドワードが言い出せないならわたしが決めるわ、結婚するのはやめましょう」
震える声で言い終えたルイーズは、部屋を飛び出そうとした。




