4-19 不穏な空気②
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ルイーズが待つエドワードの部屋へ、うつむいたエドワードが戻ってきた。
「……大丈夫。何か問題でもあったの?」
様子のおかしいエドワードの顔を、不安げなルイーズが覗き込む。
だが、何かを言おうとするエドワードは、小さく口を動かしたが、言葉にならない。
そのまま、とぼとぼとソファーへ向かい、深く腰掛けた。
いつもであれば、ルイーズが横に座ると、エドワードは当然のように彼女を抱き寄せるが、今の彼はズレるようにして体を動かし、少し離れたのだ。
そんなエドワードの姿に、ルイーズは口に手を当て息をのむ。
しばらくの間、両手で顔を覆っていたエドワードが、おもむろに口を開く。
「ルイーズ、俺……。いや駄目だ。今、話すと不安で仕事ができない。あとで謝るから」
「あ……、うん」
そう言って再びルイーズを部屋に残し、静かにいなくなったエドワード。
(あんなに悩んで、わたしに謝るって、陛下の所で何があったんだろう。やっぱり、エドワードと一緒にいるのはわたしでは駄目だと言われたのかしら。いつも自信たっぷりなエドワードが、あれ程までに落ち込んだのは、見たことがないわ。……馬鹿ね、そんなに悩まなくても、エドワードを責めたりしないのに)
仕事を終えた青い顔のエドワードが、よろよろと戻ってきた。
「ルイーズ、悪い……、しばらく動けそうにない」
絞り出すように声を出したエドワードは、倒れ込むようにソファーへ身を預けた。
その様子を強張る表情で見ていたルイーズは、エドワードにそっと寄り添う。
そして、一呼吸置いたルイーズは、平静を装うように、穏やかな口調で話しかけた。
「どうしたの、前は平気そうに戻ってきたのに」
「情けない。俺も……、こんなに疲れたのは初めてだ」
「何かあったの」
「いつもと変わらないが、……ルイーズに許してもらえるわけのないことを……、悩んでいたからだろうな」
弱々しく話すエドワードの手を、ルイーズから握りしめた。
「馬鹿ね。エドワードの気持ちは、ちゃんと分かっているもの。わたしが許さないわけないでしょう、ねっ」
にっ、と笑顔を作ったルイーズが、エドワードを見つめた。
「無理に笑わなくてもいいんだ。悪いのは俺だから」
「わたしは怒らないし、エドワードの好きにしていいわよ」
「本当か?」
「エドワードが、そんなに辛そうにしている方が見ていられないもの」
「良かった……、これを伝えれば、絶対に許してもらえないだろうし、しばらく口も利いてもらえる気がしなくて」
少しだけエドワードの顔に、血の気が戻ってくる。
「そんなわけないでしょう。何に悩んでいるのよ」
「今朝、俺に声を掛けるために、マルロが寝室の前にいたようだ。あいつ真面目だから、そのまま陛下の側近に報告されていた」
「はぁーっ! それって朝のふたりの……。馬鹿っ、エドワードのせいじゃない。結婚前から何をしているんだって笑われるわよ。絶対に許してあげないし、もう知らない」
ルイーズはぷいっと顔を背けると、エドワードと握った手をバッと離した。
「はぁーっ、怒らないし、許すと言ったのは誰だよ」
「はぁーっ。そんなことだと思わなかったし、言わなきゃバレないことは、黙っていたらいいのよ」
「駄目だ。ルイーズが隠そうとするのは、……俺には分かるから。それなのに、後ろめたいことを俺だけルイーズに隠すのは、対等じゃないだろう。だから伝えているんだ」
「そんな理由で。エドワード……。ごめんなさい、わたし酷いことを言ったわ」
「いや、悪いのは俺だ。父の仕業を放置していたからな。明日からは、絶対に入るなと釘を刺しておく」
「はぁーっ、問題はそこじゃないでしょう」
「大問題だろう。ルイーズのことを俺以外が知るのは、許せないんだ」
「朝から絡んでこなきゃいいのよ」
「無理だ。俺を誘ってくるルイーズが横にいて、我慢できるわけないからな」
「はぁーっ。誘ってないし!」
「ルイーズは単純だから、俺には、素直な気持ちが伝わるんだよ。……今日1日、不安にさせてごめんな」
エドワードは困った顔で、ルイーズを見つめる。
「わたしも怒らないって言ったのに、ごめんなさい。約束は守るって決めているのに。って、そういえば陛下との話しはどうなったの?」
「あー、あの口うるさい母がルイーズを気に入って、明日から、しつこく付きまとうって。それとルイーズに祝いの言葉を伝えるために、舞踏会のやり直しをするってさ」
「えー何それ! 喜んでいいのか、分かんないわ」
「母は娘を欲しがっていたから、うれしいんだろう。かわいい娘の花嫁姿を自慢したいんだ。喜んでいて問題はないさ」
***
舞踏会の一件からしばらく経過したけれど、その間、スペンサー侯爵家へ押しかける不審人物は、ただの1人も存在しなかった。
それも当然。
エドワードに直接接触したところで、彼の権限で処罰される危惧は、くだんの出来事で周知の事実だ。
そもそも伯爵夫人の末路を知る貴族しか、スペンサー侯爵家を訪ねて来る者はおらず、その話題に触れる猛者もいない。
継母がいなければ平和そのもの、……というわけにいかないのが、ルイーズである。
その彼女は、何も分かっていない教養を一から、たたき込まれてるところ。
本来であれば、幼子でさえ身に着けているカーテシーから始まる指導。
その初歩から、ルイーズは悪戦苦闘している。
「ルイーズ、へっぴり腰はやめなさい!」
「じゃぁ、こうですか……」
「違うわ。足にしっかり力を入れないから、体がガタガタ揺れるのよ!」
「おかしいな……。ちゃんとやっているんだけど……」
不思議そうな顔のルイーズは、どうしたものかと首をかしげる。
「ほら、ボケっとしない!」
エドワードとの剣の訓練で、この手のことに慣れっこなルイーズは、スパルタな侯爵夫人にめげるわけもない。
……むしろ、延々と続くエドワードの母の熱烈な指導に、まぎれもなく親子だなと、ルイーズは内心くすくすと笑っている。
**
2人の結婚式も、あと少しと迫ってきた。
朝日が差し込んでいるエドワードの寝室。
朝からじゃれたがるエドワードが、ルイーズを逃さまいと、ぎゅっと力強く抱きしめる。
彼の腕が心地よいルイーズも、このまま、じゃれ合いたいのは山々である。
……だが、侯爵家のスパルタ教育が待っているのだ。
なんたって、侯爵夫人が生き生きと楽しそうに俄然やる気を出している。
ルイーズは、エドワードの腕から逃れようともぞもぞと身をよじるのに必死だ。
もう少しルイーズと一緒にいたいエドワード。
彼の耳には、早朝から訪問を知らせる呼び鈴の音が、何度も聞こえていた。
そして少し考え込んだエドワードは、陛下の予定を思い出すと……、無視しても問題ないと決め込んだ。
「もう、起きているんだから離してよ。また怒られるでしょう。こうなったら、エドワードのせいですって言うわよ」
「くくっ、人のせいにすれば余計に怒られるぞ。俺はまだ一緒にいたいし、ルイーズだって、そうだろう。母なんて気にするな。どうせ楽しんでやっているんだし、待たせておけばいい」
ルイーズに触れるエドワードがそう言うと、口づけを落とそうとする……。
……が、触れる直前、エドワードの動きがピタリと止まった。
そのまましばらく固まり、険しい顔で動かないエドワード。
そんな彼を、ルイーズは強張った表情で見ている。
(どうしたんだろう。もしかして、お母様の話をしたのが良くなかったのかしら)
そう思ったルイーズは、弱弱しく声を掛けた。
「エ……、エドワード……」
「あっ、悪い。少し考えごとをしていた。駄目だ。ルイーズが怒られるから、さっさと起きるぞ」
それ以上何も言わないエドワードは、突然、がばっと起き上がると、ベッドから飛び出していた。
何が起きたのか理解の追い付かないルイーズは、呆然とベッドの中に取り残されている。
途端に様子が変わったエドワードを見て、自分に落ち度があると悩み、なかなかベッドから動けずにいる。
エドワードは、思わずにやけそうになるのを、必死にこらえながら急いで着替え終えた。
すると、ルイーズがぼんやりしていることに気付き、上機嫌のエドワードは、ルイーズをベッドから引っ張り起こす。
「……エドワード、怒ってる」
不安気なルイーズは、ぽつりと小さない声で呟く。
だが、心ここにあらずなエドワードは、上の空で考え事をしており、気付いていない。
(俺からルイーズに伝えるのは、駄目だよな。こういうのは、やはり自分が一番先に気付いて、報告したいんだろう。いつになったら気付くんだ?)
「ほら、朝食の時間がなくなるからさっさと動け。俺、今日はもう王宮へ向かうが、ルイーズは何か変わったことはないのか?」
「あっ……。いえ、至っていつもどおりだけど。ふふっ、今日は真面目に仕事する気になったの?」
「はぁぁーっ、いつだって真面目に仕事をしているだろう」
(どうしてキスするのを、やめちゃったの。どうしよう……。わたし、何か余計なことを言ったのかしら……)
じんわりと赤いルイーズの目には、いつもと変わらないエドワードの姿が映る。




