4ー18 不穏な気配①
遅くなりました。
突然届いたルイーズ宛てのチョコレート。
それだけでも怪しんでいたのだが、ビリング侯爵の様子が明らかにおかしい。
身に迫る不穏な空気を感じるエドワードは、陛下の執務室の前に着くと、力まかせに扉をたたく。
「おい、じじぃ! 居るんだろう」
日ごろ、立場を使い分けているエドワードだが、ルイーズが何かに巻き込まれるとなれば、下手に出る気はない。
ヒーラーとして訪問したことが伝わるように、部屋に入る前からはっきりと陛下へ呼びかけた。
しばらくして、部屋の中から抑揚のない返答が聞こえる。
「うむ。エドワード……様か」
エドワードが陛下の執務室へ入ると、珍しく、真面目に書類に目を通す陛下の姿がある。
それを見て片足をパタパタと揺らすエドワードは、じれる気持ちを堪えながら、大人しく陛下の区切りが付くまで待つことにする。
陛下がゆっくりと前を向いた途端、エドワードは食い気味に話を始めた。
「じじぃ、昨日俺たちが帰ったあとに何があった? ルイーズに、貴族たちから機嫌取りの品が届いている」
それを聞き、にやっとする陛下は軽快に話を始めた。
「おー、随分と動きが早いな。……2人が帰ったあと、舞踏会は大混乱だったぞ。正体不明のヒーラー様の素性が分かった記念に、祝賀会が必要だと言い出す者が多くてな……」
「そんなものは、どう考えても要らないだろう。しなくて結構だ! 俺は出席する気はない」
断じて許容する気のないエドワードは、両手で机をバンッとたたき、力強く陛下を見る。
「まあ私だって、そんなことは分かり切っているから、却下した……」
「ウソをつけ。それならどうしてビリング侯爵が、何もなかったと適当に誤魔化した! 俺が怒る理由があるからだろう」
「いや、違うことを考えていたんだろう」
「何をだよ! 誤魔化してないで、何を企んでいるか教えろ」
「だから何もない。ただ、祝賀会を却下すれば、3か月後のエドワード様の結婚披露宴を、王家主催で行えと暴動が起きただけだ」
「何だよそれ。俺とルイーズの結婚式を変なことに巻き込むなよ。披露宴はしないと伝えただろう。まさか、勝手なことを決めたんじゃないだろうな」
陛下を疑いの眼差しで見るエドワードの口調は、冷たく変わった。
そもそも、その結婚式も、ルイーズとの結婚を納得しないスペンサー侯爵夫人を説得する際に出された交換条件。
エドワードは承諾せざるを得なかったが、侯爵夫人がルイーズをいびるために、勝手に準備を進めたものだ。
ただでさえ、エドワードは気が乗らないのに、余計なものまで付くのは我慢ならない。
「昨日の舞踏会は、途中で色々あったからな、3か月後のエドワード様の結婚式の日に仕切り直すことにしただけだ」
「あっそう。あいにく俺たちは結婚式があるからな。正当な理由で出席しない。じゃあな」
「いや、駄目だ。結婚式は午前中だとエドワード様の母から聞いたからな。なあに、エドワード様は結婚式の後に、王宮の大広間で過ごすだけでいい。昨日の舞踏会をぶち壊したんだ、文句はないだろう」
痛い所を衝かれ、「うっ」と息をのむエドワード。
舞踏会で正体を明かした自分にも、落ち度があるのは痛いほど認識しているのだ。
「信じられないな。何を企んでる……」
冷たく発したエドワードの言葉に、陛下は真面目な顔を崩すことはない。
「いやいや、王家主催の舞踏会のやり直しを、たまたまエドワード様の結婚式の後にするだけだ」
「……どう考えても、おかしいだろう。俺は出ない」
「エドワード様は、それでもいいが、ルイーズ嬢はそうもいかないだろう。そういえば、スペンサー侯爵夫人が娘をそれまでに教育すると、随分と張り切っていたぞ」
「げっ、なんだよそれ。適当なことを俺抜きで決めるなよ……」
くつくつと、突然うれしそうに笑う国王陛下を、エドワードは怪訝そうに見つめている。
「大半の者たちは、ヒーラーであるエドワード様の結婚を祝いたいだけだ。昨日2人が退席したあとは、今朝までお祭り騒ぎだったんだぞ」
「はぁーっ。どこが舞踏会をぶち壊したんだよ! むしろ盛り上がっているだろう」
口調を荒げたエドワードは、再び机をたたいた。
「仕方なかろう。暴動は2人が去って直ぐに起きたからな。引き止めようとしたが、帰ったのはエドワード様だし」
エドワードが締まりの悪い顔をすれば、陛下は、すっと手を差し出した。
「今朝は、断られたからな」
「じじぃ、まさか今朝も俺を迎えに来たのか……」
「徹夜で貴族たちに付き合わされたからな。だが、エドワード様は今、忙しいと、断られてしまった」
放心状態のエドワードは、自分の寝室の前で聞き耳を立てて佇む家令の姿を想像している。
この件を、穏便にやり過ごしたいエドワードは、言葉を失ったまま陛下の手を握り返した。
少ししてから陛下の手を離したエドワードは、そのまま何も言わずに執務室を去ろうと扉へ向かった。
すると思い出したように陛下が口を開く。
「そうだった。レベッカから『エドワード様と婚約者に失礼なことを言って申しわけなかった』と、伝えて欲しいと言われていたな」
「謝る相手は俺ではないから、知らん」
歩みを止めて、陛下に振り返ったエドワードがそう言い残すと、静かに執務室を後にした。
(まずい。今朝、マルロが寝室の前でルイーズの声を聴いていたのかよ。失敗した。当主の指示でも俺の部屋に入てくるなと伝えておくべきだった。拗ねていたルイーズにバレたら大変だろう。その前にルイーズの機嫌を取るには、チョコか。っておい、今、俺の部屋に馬鹿みたいにあるだろう。あー、何やってくれてんだよ。正直に謝るしかないか……)
その頃のルイーズはエドワードの部屋で、贈られたチョコレートの箱を開けて、「わぁ~」と、呑気に喜んでいるのだが。
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