4-14 大波乱の舞踏会⑪
会場中の至るところでヒソヒソ話が始まり、その声は一層大きくなった。
一斉に向けられる視線に落ち着かないルイーズは、首をすくめて周囲の様子を窺っている。
(このままだとエドワードがヒーラー様だとバレてしまう。いや、もうバレたのか。じゃあ、どうやってごまかすのよ。って、無理よ! 遅すぎるわ。あんなにはっきり言っちゃうんだもの。
姉といい、継母といい、どうして、わたしの家族はいらないことばかりするのよ……。
どうしよう。こんなわたしと、エドワードが一緒にいるのは、どうやっても無理があるわ)
困惑しきりのルイーズが継母を見れば、ガクガクと膝を震わせ、体が大きく揺れ始めている。
まさか、グラス1杯のリンゴの酒で、こんな騒ぎになるとは思っていなかったのだろう。
伯爵家の当主の前で、ルイーズに何度もワインを掛けてきたが、一度もとがめられたことのない継母は、少しの罪悪感も持ち合わせていないのだから。
「宰相! フォスター伯爵夫人は俺のことに気付いておきながら、仕事中の俺を害そうとした。救護室の規則に従い処罰しておけ」
「承知しました」
ホッと胸をなでおろす宰相は、異議のない処遇を引き受けた。
「酒が掛ったのは娘だと騒ぎ立てても、あの夫人を逃がすなよ。帰りの馬車でルイーズとの時間を心待ちにしていた俺にとっては、死活問題だからな」
「了解しております」
ルイーズは首を横に振り、死活問題なのは、それではないと訴えているのだが、口をパクパクさせるだけで言葉にならない。
貴族籍であれば出席義務のある王家主催の舞踏会。
こんな所でバラしてしまえば、一瞬で貴族全員に知れ渡ったのだ。
それの方が、はるかに死活問題だろうと、言いたいところ。
会場中から、「エドワード様がヒーラー様!」という、驚きの声がルイーズの耳にも届くとともに、熱い視線が2人に向けられた。
周囲が歓声に近い盛り上がりを見せる中、全身を凍り付かせ、泣き出したのは伯爵夫人である。
継母は、衛兵の手から逃れ、ルイーズのドレスのスカートにまとわりつくと、すがりついて訴えている。
「違うのよルイーズ。そんなつもりはなくて……」
滝のような涙を流す継母を、ルイーズは静かに見下ろした。
このまま連れていかれては、継母は打ち首になる。ルイーズは、以前、エドワードから教えてもらったので、しっかり覚えている。
継母が激しくおびえる様子からすると、それが分かっているのだとルイーズにも伝わってきた。
困惑しきりのルイーズだが、エドワードに継母を許してもらうべきなのか? と頭の中で必死に言葉を探す。
「お願いルイーズ、エドワード様を説得してちょうだい。いつも娘思いの良い母でしょう。あなたがエドワード様へ母を免じて欲しいと伝えてくれれば、考え直してくれるわ」
それを聞いて、あー駄目だと思ったルイーズは、悲しげな表情で首を横に振る。
少しでも、継母に謝罪の言葉があれば違ったのかもしれないが、エドワードがウソだと分かることを、継母は平然と言ってしまったのだから。
入れ替わり中、エドワードは継母の態度を目の当たりにしているのに、彼にウソだとバレることへ、うなずくわけにはいかなかった。
何より、自分には言える気がしない。
「できない。わたし、家の中のことは話してはいけないと言われて、ずっと守ってきたから。約束を破ったことはないもの……何も言えないわ」
継母は目を大きく見開いた後、ルイーズをにらみつけてきたものの、それ以上のことはできずに、項垂れながら衛兵に連行されていった。
継母が背中を丸めて歩く姿。それを見ているルイーズは、自分の存在が情けなくなり、すっかり表情を失っている。
……そのとき。
全速力で駆け寄るモーガンは、今がチャンスとばかりにルイーズの腕にまとわりついた。
「ルイーズ、君だけヒールで治してもらって狡いじゃないか。僕も、君の姉に声を掛けたら左頬を傷付けられたんだ。エドワード様に僕のことを治療するように頼んでよ」
それを見て怒り心頭のエドワードは、モーガンの後頚部の襟をつかんで、ルイーズから引き離そうとする。
「おいっ、ルイーズから離れろ。何を言っているんだお前は。ルイーズは特別だからだろう」
「いいえ、エドワード様はおっしゃったではありませんか。ヒールを使うのに、一切の例外はないと。それなのに何故、ルイーズだけは特別なのでしょうか?」
「はぁぁーっ、当たり前だろう、大事な婚約者は特別に決まっているだろう。お前がルイーズを呼び捨てにするな、不愉快だ」
「もっ、申し訳ありません。ですが以前、決まりは曲げることは一切ないと言っていたのに、おかしいです」
「しつこいなぁ。今は王宮の仕事中だった。その最中で起きた問題を治療しただけだ! お前にとやかく言われる筋合いはない」
「それでしたら、僕の左頬の傷もそうです。侯爵家のネックレスを身に着けるミラベルを、不審に思い声を掛けたんです。それで出来た傷ですから治してください。ルイーズ様は良くて僕が駄目な理由はない。そうですよねルイーズ様」
エドワードから何と言われようが、ルイーズの腕をがっしりと掴み離さないモーガン。それを、必死に剥がそうとするエドワード。
舞踏会の到着直後、ルイーズは、立食ブースの料理しか見ていなかったが、エドワードの視界には、ルイーズを目で追うモーガンの姿を捉えていたのだ。
「だからルイーズに触るなって。初めから、何か企らんでいただろう。お前のことは知らん」
「いいえエドワード様。僕は今、ルイーズ様に聞いているんです。ミラベルの盗品に気付いた僕の傷はこのままって、酷いだろう。ルイーズ様はエドワード様に治して貰ったのに狡い。そう思わない」
(モーガンが気付かなければ、あの宝石は、どうなっていたんだろう。それを見つけて貰ったのに、わたしだけ治して貰って、狡いじゃない。
どう考えても、自分と自分の家族が悪いにもかかわらず治して貰ったのよ。どうしよう)
困り果てるルイーズは、涙目でエドワードを見つめて問い掛けた。
「エドワード……、わたしだけなんて狡いわよね。こんなにあなたに迷惑をかけたのに、わたし、わたし……ごめんなさい」
「ルイーズが狡い訳がないだろう。この男の方が、よっぽど狡い。やつの左頬を治療すれば、その周囲の関係ないところも一緒に治るからな。無視して帰るぞ」
「ルイーズ様、何か言ってください。お願いします」
「……」
今となれば、姉と恋仲になってくれたモーガンに、感謝はあっても恨みはない。
ミラベルの宝石の件から、当惑しきりのルイーズ。
ここに来て更に返答に困る質問をモーガンからされてしまい、いよいよ涙があふれてきた。
「分かったから、あいつのことでルイーズが泣くなよ」
(あー、なんだってこんなときに、ルイーズを抱きしめられないんだよ。ったく、駄目だ、さっさと帰ろう)
「――おい、手を出せ! 俺はお前が適当なことを言っているのはお見通しだ。どうせあのネックレスを盗もうとして、叩かれたんだろう。俺には治す気は一切ないが、このまま放っておくと、ルイーズがいつまでも気にするから仕方なく治してやる。お前のようなやつにも優しいルイーズに感謝するんだな」
「エドワード様っ! ルイーズ様っ! ありがとうございます」
ルイーズの腕を離したモーガンが、大きな声を出すと、エドワードの手を、自ら強く握った。
「うるさいなっ。――……終わりだ、早く手を離せよ、ったく。結果がどうであれ、左頬の傷は治っているからな、これ以上は知らん。……ルイーズ、もうこの会場から立ち去るぞ」
――その瞬間、ぞくりと肌が粟立つエドワードは、後ろを振り向いた。
彼の背中には、ビリング侯爵が追い返し続けている貴族たちの視線が、ビシビシと、痛いくらいに刺さっている。
だがしかし、彼らを治療する理由はここにはない。
そんなことよりも、ルイーズがエドワードに口を閉ざし、やっと出てくる言葉も謝罪ばかりである。
エドワードとしては、様子のおかしいルイーズを、早くどうにかしたいのだから。




