4-13 大波乱の舞踏会⑩
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顔に掛かった酒を、早く洗い流したかったルイーズだが、もはや、そんな自分のことはどうでもよくなった。
鬼の形相のエドワードを見て、ぎょっとするルイーズは、恐怖で固まり、足を動かせずにいるが、彼をこのまま放っておけないことも理解した。
(やってしまった。この顔、すごく怒っているときの顔じゃない。以前にも見たことがあるもの……。原因は、わたしと継母でしょう)
「なぁ宰相。俺は仕事中だと伝えたよな」
低い声で、エドワードが呟いた。
「はい、確かに。ですから、そのつもりで口を挟まないようにしておりました」
「そうか、仕事中の俺の右隣にいた宰相は、呑気に棒立ちだったが、アレが何か知らないとは言わせない。一番知っているはずだよな」
「は、はい。ルイーズ嬢が被ってくれて大変助かりました」
「はぁーっ。違うだろう。宰相の怠慢で、この後、ルイーズの頭を触れなくなったんだ。それどころか、抱き寄せられないだろう」
「ひーっ」
エドワードの父から、声にならない音が発せられたのを目の当たりにする。
大変だ。自分が余計なことをしたせいで、この国の宰相様が怒られたのだ。しかも、ルイーズの頭をなでられないと、些末なことで。
ルイーズは、違う違うと首を左右に振っているが、エドワードの表情は一向に変わらない。
「宰相のせいで、ルイーズが1人で伯爵家へ帰ると言い出したが、どうしてくれるんだ? この責任は取ってもらう」
「いや、ルイーズ嬢はそんなことをしないだろう。我が家は、今日からルイーズ嬢が来ると思っているからな」
と真面目な口調で言った宰相が、ルイーズへ助けを求めるように見ている。
宰相の願いを理解したルイーズは、もちろんですと、意味を込めて首を縦に振って、何度も頷いた。
エドワードが、宰相へ訴えた言葉は至って普通の声量であり、その会話は、近くの人物にしか聞こえていない。
だがエドワードは、継母から目を逸らすことなく、怒鳴り声を上げた。
「おい、じじぃっ! 俺は何度もあの酒を振る舞うのは止めろと言っただろう。ルイーズが赤くなっているのは、誰のせいだ?」
じじぃと呼ばれる人物に、心当たりがあるルイーズ。
恐る恐る、そうおぼしき人物へ視線を向けた。
すると、国王陛下は肩をビクッとしたあと、うろたえて1歩後ずさっていた。
……それを見て、ルイーズは愕然とする。エドワードは、間違いなく、陛下に向かって激昂しているのだ。
それも自分と自分の家族のせいで。それなのに、うかうかとエドワードに触れて、止めることもできないのだから、とんでもない罪悪感しかない。
会場にいる大半の者は、エドワードが誰に向かって、この酒の話をしているのか、分かっていない。
粗方の者は、エドワードのすぐ隣にいる、「宰相へ言っている」くらいに捉えられており、宰相親子の喧嘩で、会場は静まり返った。誰もがピタリと動きを止め、2人を注視する。
だが、エドワードの秘密を知る者たちだけは、正しく理解し、ごくりと息を呑む。
自身の身を守るために斬首刑の権限が特別に与えられているヒーラーが、手を付けられない程に怒っており、彼らが避けているリンゴ、それで作られた酒が宙を舞ったことも。
ギロッとルイーズの継母をにらんだエドワードは、もう歯止めがきかなかった。
「そして、お前だっ! お前、俺のことに気付いていたよな⁉ 俺がルイーズに指輪を渡して屋敷へ送り届けたとき、俺としか会っていないルイーズの右手が治っているのに気付いて、驚いた顔で俺をマジマジと見ていたからな。この2か月、お前を見張っていたが、俺がヒーラーだと完全に気付いていただろう。知らないとは言わせないぞ」
それを言い切ったエドワードは、ルイーズが気になり彼女を見る。すると、ルイーズの顔が少し前より更に赤くなっているのだ。
いよいよエドワードの我慢が限界を迎えた瞬間、ルイーズはエドワードから強引に手を握られた。
……そして、ルイーズは、顔や胸の掻痒感が次第に軽減していくのを自覚すると同時に、陶器のような白い肌に戻る。
もうこの時のルイーズは、堂々とヒールを使うエドワードを「もう、どうにでもなれ」と、ただ大人しく受け入れるしかなかった。
怒鳴っていたエドワードが沈黙すれば、周囲が反応を示す。
全容の知らない者たちが、何が起きたのか、周囲に聞き始めたのだ。
会場全体にどよめきが起き、それは徐々に大きくなる一方である。
そしてヒーラーに興味を持って、その様子を近くで見ようとする者も現れた。
「ルイーズ。俺を守ってくれたのに、遅くなって、ごめんな」
もどかしげなエドワードは、弱々しく告げた。
瞳を潤ませ、首を左右に振るルイーズ。
(エドワード……、あなたはヒーラー様であることは、何としても隠したかったんじゃないの……)
やっと、ここまで来ました。
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