4-12 大波乱の舞踏会⑨
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ミラベルが、去り際に大声で叫んだ。
「知らないなんて、ルイーズのウソつき! それが届いたあの夜、私と宝石の話をしたじゃない! どうして私だけ投獄されるのよ、おかしいわ!」
それを聞いた伯爵夫人が、ルイーズから少し離れた所で、わなわなと怒りで体を震わせていた。
泥棒猫の娘のルイーズが、大ウソを言ったのだ。まさか、そのせいでミラベルが投獄される事態に陥ったのだから、これは見過ごせない。
今ここで、「宝石はミラベルに貸した」とルイーズに言わせなければ、撤回する機会を失うだろう。
このまま放っておけば、ミラベルは一度入ると二度と出てこられない「チルベルにある修道院」に送られるのだ。
あの場所は「修道院とは名ばかりの劣悪な所」である。そこに自分のかわいい娘を行かせるわけにはいかない。
そう思う伯爵夫人は、一瞬で火がついた。
忌々しいルイーズへの怒りと、かわいい娘の行く末を案じ、相当、頭に血が上り激昂した伯爵夫人。
履いているヒールで、カツッカツッと大きな音を立てて動きだした。
伯爵夫人は怒りに満ちているものの、発言を撤回させる自信も相当にある。
何故なら確かにあの晩、ルイーズのクローゼットに入りきらない服や靴が届いたのと同じく、ネックレスなどの宝飾品も目にしている。
エドワードの貢ぎ物には、間違いなく宝石が何点も含まれており、目玉が飛び出しそうなものを、記念日とは関係のない日に贈ることへ違和感を抱いたのだから。
それを知る伯爵夫人は、ルイーズがウソをついていることに、少しの疑いもない。
急ぎ足で近づく伯爵夫人は、手に持つ琥珀色の酒を大きく揺らしながら、エドワードとルイーズの前に現れた。
「ルイーズ! ウソを言うのは大概になさい。わたしも宝石が届いたのは見たわよ。貸していると撤回なさい」
表情を硬くするルイーズは、あからさまに困惑している。
2人からなんと責められようが、自分は本当に知らないのだ。何も言いようがない。
それに、自分と入れ替わり中、「姉が何か企んでいる」と告げたエドワードが、ミラベルへ家紋入りの宝飾品を貸す訳がない。
そう思ったからこそ、姉が侯爵家でエドワード以外から、適当な理由を付けて借りてきたとしか、考えられなかったのだ。
だが、自分の想像と、継母と姉の言い分が、どうも噛み合わない。
そうなれば、思い当たる出来事は確かに1つある。
エドワードが自分へ、「ドレスがなくて困っているのだろう」と言い、買い物へ行った日の事だ。
ルイーズが初めて入った宝飾店。エドワードの体の自分は、「彼女の好きなように」と店主へ伝えたが、結局、エドワードは誰のために何を買ったのか、自分は知らないのだ。
でも、今、エドワードが着けている紫色の宝石が付いたネクタイピン。
それは、あの日の夜、部屋に届いており、あの宝飾店では、てっきりそれを買ったと思っていた。
けれどおそらく、あの日に購入したのは、それだけではなかったのだろう。
となれば、どう考えても、知っているのはエドワードだと思い、チラリと様子をうかがう。
だが、彼が何か言う気配もない。
買ったのも、受け取ったのも全てエドワードだが、当人は、全てを分かった上で「盗まれた」と言った……。
自分に彼を否定することは出来ない。
「……いえ。だから……。知らない」
「そんなはずはないわ。貸していると言いなさい」
「わたし……、貸していない」
その言葉を聞いた伯爵夫人の怒りは頂点に達する。
いつもの調子で、持っているグラスの中身をぶちまけようとルイーズの方へグラスをかたむけた。
「まだ、ウソを言うつもりっ!」
怒鳴る継母が、グラスの中身をぶちまけることに、ルイーズは当然すぐに勘付いた。
もう何年も、そうされ続けているのだから、分からないはずがない。
いつもなら、怖くて目をつむる。でも、これは絶対に目を離しては駄目だ。
大好きなエドワードに何かあったら、申し訳が立たない。そう思ったルイーズは、すっと胸を正して継母を見つめた。
伯爵夫人が琥珀色の酒を、ルイーズへ、いつものように掛けようと思った瞬間。目に入る豪華なドレス。汚すのが憚られ、迷いが生じて狙いが定まらない。
だが、既に勢いがついた液体は、伯爵夫人の手元が狂っていようが関係なく、飛び出していた。
……まずい、その先にはエドワードがいる。
……彼に、掛かるのは絶対に駄目!
そう思ったルイーズは、咄嗟にエドワードの前に立ち塞り、継母がぶちまけたグラスの飲み物を、自分自身の顔で受け止めた。
エドワードと頭一つ分背の低いルイーズが飛び出したことで、彼の服の胸元は汚れることはなかった。
けれど、ルイーズの顔はずぶ濡れになり、伝って落ちるリンゴの酒が、最高級のドレスも濡らした。
「キャー、あのドレスが!」
と、会場の1人が上げた悲鳴を発端に、会場全体にどよめきが起こる。
令嬢として、自らドレスを汚すなどあり得ない。
ましてや、あれ程の代物を……と、ルイーズを批判する声が上がっている。
周囲のざわめきを受けて、にやりと笑う伯爵夫人。せいせいしたと言わんばかりの顔をルイーズへ向ける。
「ミラベルは、あの宝石を盗んでいないわ。借りているだけよ、そうでしょうルイーズ」
ルイーズを諭すように話し始めた伯爵夫人。
だがしかし、今のルイーズは、継母の話どころではない。
これはまずい。とんでもないことをしでかした。見なくても分かる。
……背後にいる彼の気配が、何かおかしいのだ。顔は見えないが、彼の影が小刻みに揺れている。
……背中から伝わってくる恐怖心から、ルイーズは冷や汗をかきはじめた。
「だから、ルイーズが貸しているものよね」
継母はエドワードの怒りに気付かず、止まることなく訴え続けた。
それもそうだろう。
エドワードが、ルイーズを愛しているとは、継母は微塵も思っていないのだ。
むしろエドワードは、ルイーズに脅された側であると信じているのだから。
何を差し置いてもルイーズが一番だと思っているエドワードは、伯爵夫人の話などお構いなしで、ルイーズしか見ていない。
「ルイーズ、大丈夫か……」
エドワードは、自分が持っていたハンカチを出し、ルイーズの顔を拭こうとする。
だが、エドワードの手がぶるぶると震え、眉間のしわが深い。
「……だ、大丈夫よ。自分で出来るわ……」
ルイーズは、エドワードにそんなことをさせられないと案じて、そのハンカチを彼から奪い取り、慌てて自ら塗れた顔を拭き始めた。
「どうして俺の前に飛び出して来たんだ。あんなのは俺が一歩下がれば、避けられるだろう」
「あっ、あっ、……そっか。……そうよね、ごめんなさい。わたしって馬鹿だな。エドワードのことが心配で、守らなきゃって思って、そんなことを考える前に体が動いたんだもん……あなたに掛かるのが怖くて」
「……ルイーズ」
「本当にごめんなさい。エドワードに申し訳が立たないと思ったけど、余計なことをして、もっと申し訳が立たないことをしたわ。仕立屋の店主に高価なものだって、何度も教えてもらったのに、それなのに、ドレスを汚して……ごめんなさい」
「馬鹿、そんなのは気にするな」
「エドワード、わたし、姉の馬車でもう屋敷へ帰るわね。お詫びは、ゆっくり考えてからするわ」
「なぁ、もしかしてルイーズは酒が体に合わないのか? リンゴの酒が掛かった所が赤くなっている……」
エドワードが、動き出そうとするルイーズの手を触れようとしたけれど、ルイーズは、伸びてくるエドワードの手をさらりとかわした。
「駄目よ。わたしに触れないで、どこにお酒が付いているか分からないから、あなたに触れる自信がないし、濡れたドレスがエドワードに触れてしまうから、近くに来ないで。わたしが赤いのは、すぐに治るから大丈夫よ、いつものことだもの。エドワードは掛かってない? 大丈夫?」
アルコールによって、顔中が赤くなっているのが徐々に目立ち始め、相当に痛痒く見える。
……それなのに、不安そうな顔でエドワードを心配していた。
その瞬間、怒りに震える彼の感情は、最高潮に達する。
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