4-8 大波乱の舞踏会⑤
「ふぅ〜、終わったわね」
会場に流れる音楽が終わり、ルイーズが大きく息を吐けば、優しい笑顔を浮かべるエドワードから、頭をなでられた。
「ルイーズにしては、なかなか上出来だったな」
「まぁね。言ったでしょう。必要に迫られたら、ちゃんと出来るのよ、ふふっ」
満足げに笑うルイーズ。2か月前から、アランの目を盗んで練習を始めたダンスも無事に終え、充足感で満たされている。
そんな彼女を優しく見つめるエドワードの気分も、晴れやかそのもの。
「くくっ、おかしいな、騎士の訓練は最後まで酷かったけどな」
「それはおかしいわね。教える人が悪かったんじゃない?」
「はぁーっ、どっちも俺だろう」
「ふふっ、本当だわ」
会場の中心で向かい合ったままの2人は、互いの顔を見ながら、噴き出して笑っている。
「さてとっ! これで帰っても文句は言われないだろう。じじぃに挨拶をして、さっさと帰るぞ」
「えっ。まっまっ待って。どどど、どうしよう。わたし、陛下と挨拶なんて……。そんなの、うまく出来ない。無理よ」
「大丈夫だ。じじぃも、父も、何も言ってこないから気にするな。……一番厄介なのは、むしろ別だ……。捕まるとまずい。何か言いだす前に逃げるぞ」
真面目な顔で会場を見渡すエドワードは、遠くを見やり、口角が少し上がった。そして、今がチャンスとばかりに動きだした。
ルイーズの様子を気にするエドワードは、彼女が引け腰であるのは承知しているが、早々に会場を立ち去るのを優先したい。
そうして、気が逸る彼に連れられたルイーズは、会場を見渡せる壇上にいる陛下の元へ来た。
もちろん、ここへ登ったのは初めてであり、陛下と宰相しかいない厳格な場所は、易々と踏み入れる場所でもない。
楽観的なルイーズも、会場と隔離された、この場の空気におののき、緊張でガチガチである。
身を隠して生きてきたルイーズは、社交界の挨拶なんて、真面にしたことがない。
それが何段飛びにもなって、国王陛下へ挨拶するのだから、ルイーズの心臓はバクバクと大きな音を立てる。
それに加え、こちらを見るレベッカ王女から、突き刺さる視線を感じるルイーズは、王女の威圧にも挟まれていた。
エドワードとは別の意味で、会場から早く逃げ帰りたい。
緊張とは無縁のエドワードは、平静そのものである。
「陛下、帰る前に挨拶に来ました」
陛下は、エドワードはスペンサー侯爵家の嫡男として挨拶に来ているにもかかわらず、手袋をはめていないことに驚くと、彼を凝視した。
だが、動じる様子のないエドワードは、そのまま陛下と軽く握手を交わす。
すると、「まったく、もう……」と言いたげな顔のエドワードは、陛下が手を離さないように、強く握り返したのだ。
……少ししてから。
エドワードは、握っていた手とは反対の手で、陛下の手の甲に2回合図を送ると、2人の交わした握手はとかれた。
その様子を、エドワードの父である宰相も目の当たりにし、目を丸くし驚いた顔をする。
「婚約者を連れてきたので、紹介します」
「……ぁ」
ルイーズは、緊張のあまり、どこで名乗れば良いのかタイミングを見失い、ぎこちなさに拍車をかけたカーテシーをしておいた。
また、しかめ面をされるかもしれないと、ビクビクと顔を上げるルイーズだが、予想だにしない明るい声が返ってくる。
「おー、待っておったぞ。そう言えば、結婚式はいつになったんだ?」
「あー、もう自分の中では妻ですが、まぁ色々ありまして……。形式的には3か月後の結婚式と同時に正式な夫婦になる予定です。面倒な披露パーティーはしませんので陛下へ声を掛けることはないでしょう」
「そうか……。そうだ、私のむす」
「断る。あんたたち2人から、王女と踊れと言うのを聞く気はない。この会場にいる間は、王宮の仕事の時間だと思い、今、陛下の手を触れたからな。さっきのヒールもそういうことだ。もし、レベッカ王女に何か頼まれていたとしても、俺には関係のない話だ」
語気を強めたエドワードは、早口で言い終えた。
「ははっ。気付いていたのか」
「当たり前だ。レベッカ王女が俺たちに文句を付けた直後に、じじぃのところへ向かっているのが見えたからな。俺はルイーズと結婚すると何度も伝えたのに、王女へ説明しなかったのはそっちだろう」
「レベッカが、怒るから面倒でな」
「そこを面倒がるなよ、国王のくせに」
ぽかんと口を開け呆れているエドワード。その様子をルイーズは横目で見ているが、今の状況が上手く飲み込めずにいる。
エドワードは『今後、自分には影響力はない』そう言ったレベッカ王女の申し出に、ルイーズをやきもきさせる程、困っていたはずだ。
それなのに、陛下の前では、この態度である。一体何事なのかと、目が点になっている。
「最近、庶民からの礼状が増えたし、治療に金を取るなと要望もある。エドワード様は駄目だと言うが、救護室の規則を変えてもいいだろう。ルイーズ嬢もエドワードに、何か言ってくれないか」
そう言った国王は、ルイーズを見ている。
「駄目だ。俺の知らないところで勝手にやっている分には良いが、救護室の規則は変えるなと言っているだろう、しつこいな」
「そこを何とか頼む、エドワード様」
「無理だ。それは他の2人が困るからな。俺らにも限界があるんだ。今だって金を払わない奴には手を抜かなきゃ、自分たちの体力が持たないんだろう。元々ある規則には理由があるんだ」
「いや、だがな。エドワード様は問題ないだろう。ルイーズ嬢なら分かってくれるはずだ」
「ルイーズ、返事をする必要はない。俺は救護室の規則を曲げる気は、一切ないからな。誰に頼まれようが、駄目なものは駄目だ。俺は、こんな話をしに来たんじゃない。帰る前に声を掛けに来ただけだからな、この後は飲み過ぎるなよ」
「そっれは一番困ったな」
「ったく、どうしようもないな。あとは知らん」
最後に少々いら立ったものの、エドワードは、これで全ての用事を終えた。
そうなれば、ルイーズを見て表情が緩む。
「よし、ルイーズ帰るぞ」
「あっ、うん」
ルイーズは、静かにうなずいた。
スペンサー侯爵家のエドワードが、婚約者と会場の中央で踊り、彼の婚約者が誰かを知らせ、国王陛下への正式な挨拶も、今しがた終えたのだから、もう文句はないだろう。
そう思う彼の頭の中は既に、ルイーズと2人きりになることでいっぱいだ。
だが、それを第3者に妨害されるとは、ここにいる者、全てが予想していなかった。
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