4-4 大波瀾の舞踏会①
ルイーズと一緒にいたいエドワードは、アランのダンスのためと言い訳を並べて、毎日、なんだかんだとルイーズの元を訪ねてから王宮へ向かっていた。
文官のはずのエドワードが、毎日昼前に伯爵家を訪問する不可思議な動きをすれば、継母がエドワードに抱く疑念は確固たるものになり、内心笑いが止まらない。
エドワードを直接脅せば、身に危険がかかるけれど、娘を使えば自分は安全圏にいられるのだから。
伯爵夫人の中では、エドワードは、秘密を握るルイーズを見張りに来ていると思っているが、実際、見張られていたのは伯爵夫人の方だ。
***
舞踏会当日。
今日は日暮れ頃に、エドワードがルイーズを迎えに来る予定だ。
彼を待つルイーズの元には、たった一晩の舞踏会のために、何故か2着のドレスが届けられた。
それもまさか、王室御用達で有名な仕立て屋からだ。
そのドレスに顎を外して驚くのは、姉のミラベルと継母であり、仕立て屋が、せっせとルイーズの部屋へ運ぶドレスをエントランスで突っ立って、見ているだけだった。
最後の荷物である靴を見送ったミラベルは、爪をかんで悔しがり、伯爵夫人へ泣きついている。
「ルイーズだけ、あんな素敵なドレスを着るなんて狡いわ」
「大丈夫よ。ミラベルにも買ってあげるから、待っていなさい」
「ウソばっかり! 今までも何度も頼んだけど買ってくれないじゃない」
「今度はちゃんと買えるから、うふふ」
母から、そう言われたところで、その場しのぎの出任せだろうと、真っ赤になって激昂するミラベル。
「どうせ、その時になれば、お金がないって言うくせに!」
ドレスを贈られた当のルイーズは、窓を背にしてボケッと立ち、忙しく動き回る仕立て屋を、きょとんと不思議そうな顔で見ているだけだ。
女店主自ら運んできたのは、ルイーズが「かわいい」と声を上げた黄色のドレスである。
横にいる従業員は、エドワードが保険として注文した青いドレスを持ち込んだ。
「青いのは、ここに掛けておくわよ」
と、女店主が言い、既に空になったクローゼットへ従業員が掛けている。
返答に困るルイーズだが、何も言わなければ、そのままそこに掛ける以外、選択肢はない。
何故、2着も届くのか……。「こんなに要らないでしょ」と、ルイーズの顔が引きつる。
部屋の荷物も運び出し、この屋敷へ戻って来る予定のないルイーズが、そう思うのは確かに当然だ。
実のところ、購入者のエドワードは、ルイーズのためではない、念のために用意した青いドレスの存在をすっかり忘れている。
エドワードが覚えていたのなら、スペンサー侯爵家へ届けるように後から依頼していたはず。
どちらも高級な生地で仕立てられた特級品は間違いなかった。
……けれど、黄色のドレスは格が違う。
品が品だけに、従業員ではなく、女店主自ら動いているのだから。
ドレス全面に繊細な刺繍が施され、王都一番の店が抱えるお針子総出で作られた渾身の1着。それが一目で分かる代物だ。
ボリュームがあって一際華やかなドレス。
けれどそれは、細かな目のレースがふんだんに使われており、ルイーズが「わぁ」っと声に出して驚くほど軽い。
もちろん、それはエドワードの要望だった。
「すぐに疲れるから、軽いものがいい」
と、エドワードが思ったことを、そのまま口にしたのだから。
あの日、エドワードが頼んだドレスの詳細を、ルイーズは彼から何も聞いていない。
ルイーズがお茶を飲み終わる程度の時間で戻ってきたのだから、採寸を済ませ、他は適当に注文したと思っていた。
目を白黒させているルイーズは、すごいドレスが目の前にあり、ただひたすら圧倒されている。
……けれど、女店主にとっては注文者はルイーズだ。
相当に細かい要望を、偉そうに指示を出した令嬢である。
その要望を受けていいか迷い、女店主はエドワードに確認を取ろうとしたほどだ。
だが、「許可はもらってある」と言い放ち、エドワードが日頃、要求するのと同じことを言った。
そうなれば、この令嬢は間違いなくこの先も、上客になるだろう。
そう思う女店主は、自分たちの仕事の素晴らしさを伝えるために、刺繍の状況など、事細かに説明している。
そんな店主の狙いとは裏腹に、全てがチンプンカンプンのルイーズ。「あ。はぁ……」と、終始、呆気に取られ空返事を繰り返す。
惜しげもなく使われた真珠と、小さなダイヤがスパンコールのようにあしらわれ、ここ何年の間で、1番高価なドレスだと、鼻息を荒くした女店主から教えられた。
ルイーズは、ぽーっとして、美し過ぎるドレスを魅入っていた。
しかし、知れば知るほど桁違いのものを贈られたと分かり、ルイーズは青ざめる。
うれしそうに開けていたルイーズの口は、女店主の説明が進むに従い、緊張で固く閉ざし、仕舞には絶句している。
(こんな高価なものを、あの短時間で適当に注文していたの……。
わたしを馬鹿にしてるけど、エドワードの方が、相当におかしいでしょう。
すごくうれしいけど、汚したらどうしよう。だっ、丈夫かな……)
試着時よりも断然、健康的になっているルイーズを見た女店主は、何度もうなずく。
「良かったわ、太りなさいとは言ったものの、どうなっているのか心配だったのよ」
「えっ? エドワードが言ったんじゃないの」
と驚いた顔のルイーズのことなど、置いてけぼりに準備は進む。
エドワードでさえ、勢いに流されたのだから、ルイーズが横槍を入れられるはずもない。
手際よくルイーズの身ぐるみを剥がせば、ドレスも化粧もバッチリ整った。
ルイーズに舞踏会の身支度を済ませた女店主は、満面の笑みを見せる。
「サイズもぴったりに仕上がって、最高の出来だわ。あなたすごいわね。ドレスを2着も欲しがっておいて、まさか、数年に1着売れるかどうかの高価なものを強請るとはね」
「ウソ……」
「そんな令嬢は見たことはないわよ。是非また、エドワード様と一緒に買いに来てくださいませ。お待ちしております」
「ははは……」と、声が漏れるだけのルイーズは、仕立て屋が去っていくのを見送った。
けれど、仕立て屋の一行が屋敷を去ると同時に、ルイーズの部屋の扉が再び開いた。
今度は何かと目をパチパチさせるルイーズへ、鬼の形相をしたミラベルが、ゼーハー言いながら捲くし立てる。
「ちょっと。あんた生意気よっ! わたしだって、あの店のドレスを着たいのに、伝手がないと入店さえ許可してもらえないのよ! それなのに、あんたなんかへ、その店のドレスが、どうして2着も届くのよ!」
「そんなことを言われても、わたしは知らないから」
「なによそれ! 価値も分かっていないルイーズが着たって、ただの無駄だわ。ドレスがかわいそうよ」
ルイーズの部屋に入ってきた姉。鼻息を荒くしてルイーズのくせに、許せないと怒りを露わにする。
ミラベルはドレスを新調するように母へ頼んでいたが、かなわなかった。
そんな自分が持っているのは、少々型遅れであり、ただでさえ我慢ならない。
なのに妹のルイーズが、とびきり豪華なドレスを着て、さらに、もう1着余らせている。
「一度に着られるわけじゃないんだから、そっちの青いのは、わたしに貸しなさいよ」
姉の我が儘に焦るルイーズは、近づいて止めたいのだが、せっかく着せてもらったドレスが気になりそうもいかない。
「駄目よ、それはエドワードが選んだものだし、むしろ、そっちの方が勝手に貸せないわよ。彼が見たら、ひどく怒るはずだもの」
「あー、本当にあんたは馬鹿っ! 出来上がったドレスなんて、贈る側が分かるわけないでしょう。あんたが言わなきゃバレないの! 貸せって言ってるだけなんだから、いいでしょう」
「だから、それは駄目なんです」
「なんにも分からないルイーズのくせに、わたしに意見を言わないで! 我が家の恥さらしのくせに」
「恥さらし……」
「エドワード様のどんな弱みを握ったのか知らないけど、あんたなんかと結婚するなんて、エドワード様がかわいそうね」
「エドワードが、かわいそう? ……どうして」
彼との秘密は確かにある。
表情を強張らせたルイーズだが、「気にしては駄目だ、駄目だ」と首を左右に振って、気を取り直す。
「レベッカ王女とお似合いで会場中が注目するふたりだったのよ。どう見てもエドワード様は、レベッカ王女様だけを大切にされていたのに、あんたと結婚なんて、おかしいでしょう」
「今は、わたしのことが好きだって」
「あんたのどこが王女様より良いって言うのよ」
「一緒にいると癒されるって」
「あははっ! 適当な常套句じゃない。本当に世間知らずの馬鹿ね。じゃ、コレは借りるわ」
固まるルイーズを横目に、姉は開けっ放しのクローゼットの中に掛けてあった青いドレスを、奪い取るように持っていってしまった。
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