4-3 懸念
ルイーズは、自分の部屋の窓辺に佇み、空を飛ぶ蝶を愛でている。
その美しさで心が洗われるような感覚と、少し前に浮上した悩みをどうすべきか分からずに沈む気持ちを、行ったり来たりしている。
蝶が遠くまで飛んでいき、見えなくなった途端、「はぁ~」と大きなため息をついた。
ルイーズの悩みの原因は、自分の手には負えないアランからの期待だ。
何故か分からないけれど、アランへダンスを教える羽目になってしまった。
それも、目をキラキラと輝かせるかわいいアランから、相当な期待を向けられているのだ。
ダンスなんて分からないルイーズ。当然、人に教えられるわけもなく、正直に「分からない」と言ってみたものの信じてもらえない。それどころか、「僕のことが嫌いになったのか」と、瞳を潤ませるのだ。
今日のところは、「明日ね」と適当なことを言って誤魔化したが、明日になったところでどうすることもできないルイーズは、頭を抱えていた。
そんなとき。「ルイーズ」と自分の名を呼ぶ、エドワードの声が廊下から聞こえた気がした。
まさかと思いながらも、入り口まで駆け寄り扉を開くと、エドワードが立っていたのだ。
「エドワード? 急に来てどうしたの?」
「約束のリンゴを持ってきた。アランにもわけてやれよ」
「まあ、こんなにたくさん!」
エドワードが抱えている紙袋から溢れんばかりのリンゴを、にこにこと笑うルイーズは、袋ごと受け取ろうとした。
けれど、ルイーズには重いだろうと、心配するエドワードから、1個だけ「ほらっ」と渡されたのだ。
そんなルイーズは、リンゴに気を取られてしまい、ついつい手に持つそちらへ目を向けてしまう。
ソワソワするルイーズは、リンゴの袋を机の上に、そっと置いたエドワードと、互いに寄り添いソファーへ座った。
入れ替わり中、すっかりそれが当然だった2人は、何も言わなくても、エドワードに腕を回され、ルイーズは彼の胸に体を預けている。
「うれしいわっ。リンゴって好きなのよね~」
それを言う前から、大好きだと、顔に書いてある。
ルイーズは、手に持っている真っ赤なリンゴを、待ち切れない気持ちで見つめているのだから。
「リンゴくらいでそんなに喜べるなんて、ルイーズって単純だな」
「おいしいものは何でも、ありがたいじゃない。一緒に食べましょう」
自分より、エドワードに先に食べてもらおうと、そのリンゴを彼へ差し出した。
「あー、リンゴは俺の体に合わないんだ。さっき素手で持っただけで、指先が既にヒリヒリしている」
「もう、持ったくらいでそんなわけないでしょう、大袈裟なんだから」
「……いや、触れるだけでも劇薬を触ったように体に合わないんだ。他のヒーラー2人も同じだから、おそらく俺の体質と関係あるんだろうし、この国の迷信もここから来ているんだろうな。ほんの少しでも口に入れば息が吸えなくなる、俺の天敵だ」
「ごめんなさい、知らなくて適当なことを言ってしまったわ」
しゅんとしたルイーズは、「子どもにリンゴを食べさせるな」と言う、この国の迷信を知るわけもなく、アランのこともあり、いつになくしょげている。
「俺のことを知ってる人間でさえ、大袈裟だと思っているから気にするな。……自分自身にヒールは使えないから、今まで食べたことはなかったが、ルイーズと入れ替わり中に初めて食べたリンゴは、おいしかったな」
ルイーズの持つリンゴを見るエドワードは、にへへっと笑う。
ルイーズは、自分の体を抱き締めていた、彼の腕を振り払うと、自分が持つリンゴを慌てて机の上に置き、「リンゴを抱えていたけど大丈夫」と彼の顔を不安そうに覗き込んでいた。
「触れなければ大丈夫だ。そんなことより、舞踏会の日に迎えにくるから、そのまま俺の所で暮らすぞ」
「そうしたいけど、アランが……」
「そう言うと思っていたから、アランの家庭教師を手配しておいた。明日から来るから心配するな」
「本当にっ! うれしいわ。ありがとうエドワード。姉の威厳が保たれない極限だったのよ。あーこれで肩の荷が下りたわ」
エドワードの両手を取って、ブンブンと手を振るルイーズ。
自分の顔を見たときより、相当にうれしそうな反応をするルイーズ。彼女を満面の笑みにさせているのがアランの家庭教師の話だ。
何だかそれはルイーズらしいと思いつつも、妬けてきたエドワードは、再びルイーズに腕を回しグッと抱き寄せる。
……でも少し機嫌が悪い。
「喜ぶところは、そこか? なあ、俺の所に来るのはどうでもいいのかよ!」
「ふふっ、もちろん、うれしいに決まっているでしょう。エドワードの部屋は広すぎて独りだと寂しかったけど、今度はエドワードとずっと一緒にいられるし」
「……ルイーズ。俺、舞踏会はいつも憂鬱だったが、楽しみで仕方ないな」
「ふふっ、そうでしょう。ご馳走が食べ放題なんだもの」
「何を言いだすかと思えば、そっちが目的か。駄目だ。あの舞踏会のは全部リンゴが入っているから、食べるのは禁止だ」
「えー、どうして食べるのはわたしよ」
(帰りの馬車でルイーズにキスできないだろう)
「絶対に駄目だ。1曲踊ってさっさと帰るからな」
「でた、またダンス……」
げんなりするルイーズだが、この違和感の理由に気がついた。
「あー、分かったわ。エドワードがアランにダンスのことで何かしたんでしょう」
「あ……、教えろと頼まれたが、やっぱりまずかったのか」
「明日からアランが待ってるわ。責任とってよね」
「明日ね……」
うれしそうな2人は、そのまま何も話さず、互いの存在を感じ合っていたが、しばらくしてから、エドワードがおもむろに話し始める。
「そうだ、姉から何か返してもらったか?」
「いいえ、何か貸していたの?」
「まあな。ルイーズが興味のないものを貸したままだな」
何のことやらルイーズはさっぱり分かっていない顔をしたが、エドワードは、それ以上何も言ってくることはない。
エドワードがサラッと話したため、大したものではないのかと、ルイーズはあまり気にしていなかった。
だが、それが大事件につながるとは2人とも思ってもいない。
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