3-12 ルイーズの捕獲②
「えっ、ちょ、ちょっと、どこへ行くのよ」
ルイーズは、振り返って乗ろうとしていた馬車を見たものの、強引なエドワードに引かれ、どんどん遠ざかってしまった。
「俺の周りは、うるさいのが多いんだ。俺の気持ちがはっきり見えないと、何を言い出すか分からんからな」
「どういうこと?」
「まあ、どうせルイーズは興味がないだろうけど、お守りだ」
「お守り? 自信家のエドワードには必要ないでしょう」
「馬鹿、俺だって不安はあるんだ。俺にとっての唯一の存在に、何かされたら困るからな。あっ、ルイーズは疲れているんだろう。ほら、俺につかまっておけ」
首をかしげるルイーズは、エドワードに促されるまま、彼と腕を組んで歩いている。
「ふふっ、前とは反対ね」
……少し前までの固い顔が消え去り、楽しそうに笑い出したルイーズを見て、エドワードは満足げな顔をする。
「こっちの方が、やっぱり、しっくりくるな」
「確かにそうね」
「そうだ、アランはルイーズより、しっかりしてるな」
「不思議よね。とってもいい子で賢いのよ」
感心しながら話しているルイーズを見て、エドワードは顔を引きつらせる。
「10歳の子どもに負けてるって言われたら、否定するところだろう」
「いいのよ。あの子は本当にしっかり者だから。子どもだと思っていたら、『くまの刺繍は嫌だって』いつの間にか成長していたのよ」
「はぁぁーっ、10歳の子どもが嫌がった刺繍を俺のガウンに描くなよ」
「だって……。2人の入れ替わりから戻ったときに、わたしがいた証しが何も残らないでしょう。それが、なんか寂しくて。エドワードの服は、上品で繊細な刺繍ばっかりだから、くまが丁度良かったのよ」
「寂しいって、……ルイーズ。俺、何も考えずに悪かっ……」
「……それに、アランよりエドワードの方が子どもっぽいし、くまを喜ぶ気がしたのよ」
エドワードの緩みかけた涙腺が、ピタリと閉じた。
「おいっ! ほんの一瞬だけ感動した俺の時間を返せ。10歳の子どもに俺が劣っているわけないだろう、あほっ」
「困ったわね……。そんな風に全然見えないわ」
「それは、ルイーズの感性がおかしいからだろう。ほら、良く見てみろ」
「今更見なくても、エドワードのことなら、よく分かっているわよ、ふふっ」
結局言いたい放題のふたり。
そんなふたりの組んだ腕は、少しも緩む様子はない。
エドワードの買い物。
連れられて来た宝飾店へエドワードは、さらりと入ろうとする。
だが、ルイーズにとって見覚えのある店へ、流されて入れば、後戻りできないと勘付いた。
……狼狽するルイーズは、入り口で固まり精いっぱいの抵抗を見せる。
「ボケッとするな。店主に揉めていると誤解されるだろう」
「ちょっと待って。結婚はしないって言ったでしょう」
「その返事は、ルイーズが全部を知ってから聞く。今じゃない。だから、つべこべ言わずに入るぞ」
エドワードに背中を押されたルイーズは、店舗の奥にある別室に押し込まれていた。
(ここって、高価な石ころのお店でしょう……。結婚って本気なの⁉ エドワードは、わたしの右手のことを知らないから、そんなこと言えるのよ。どうしよう……、教える気もなかったのに、ここまで来て、言える気もしない)
ルイーズが別室の椅子で座って待っている間、エドワードが店主と話し込んでいるようだった。
……そして、ルイーズの元へ戻った彼は、時間を気にしている。
「俺の用事は済んだけど、ルイーズはどこか行きたい所はないか?」
「うーん、わたしは特に、これといってないわね」
ぐぅぅ~っと、大きな音が響く。
ルイーズの空腹を知らせる、腹の虫が鳴いているのだ。
(どうしてこんなときに……。わたしの馬鹿、タイミングが悪すぎるでしょう)
……気まずくなったルイーズは、涼しい顔で空を見上げる。
「だから聞いたのに。腹が減っているんだろう」
「いや、それは本当に大丈夫。そんなのいいわ。うん、ウソじゃないから……」
「腹が鳴ってちゃ、なんの説得力もないな。どちらにしても、今の俺にはバレバレだしな。悪い、でも今日は時間がないからチョコレートのケーキは無理だ、王宮へ行くぞ」
「王宮? 訓練? 無理、無理、もう騎士は目指してないから!」
(わたしは、剣なんて持てないわよ!)
ルイーズは必死に顔で訴えるが、全く取り入ってもらえないまま、馬車へ押し込められた。
ルイーズは、うつむいたまま無言になると、右手が動かないことを、エドワードにどうやって、ごまかそうかと名案を探している。
そんなことはお構いなしのエドワードは、もっと近くに来て欲しいと、ルイーズの肩に腕を回す。
「俺に隠していることはないか?」
ルイーズは、聞かれたくない質問に、ビクッと体をこわばらせてしまう。
「えっ、何かしら。隠しごとなら心当たりが多くて分からないわね、ははは」
「くくっ、確かにな。ルイーズは聞いたって、なんでも隠しているからな。……なあ、部屋の一番上の引き出しは、最後まで開けなかったのか?」
「あー、重要書類が入っている引き出しのこと? それならもちろん開けていないわよ。見られたら嫌でしょう」
「ルイーズってすごいな。俺は、悪いと思いながらも、あの後もルイーズの体を触っていたもんな」
「馬鹿ね。言わなきゃバレないのに正直過ぎるでしょう。もーう、わたしがお願いした意味がないじゃない、何をやってるのよっ!」
むきになって怒るルイーズを見て、笑いだすエドワード。
「くくっ。だから、あの状況で、やらない方がおかしいだろう」
「うっ。そんなにはっきり言われると、怒っているわたしの方が、おかしい人みたいじゃない。……じゃぁ、まぁ、いいっかぁ」
「俺、入れ替わったのが、ルイーズで良かった」
「……それにしても、わたしたちって、どうして入れ替わって、突然元に戻ったんだろう」
「前にも言ったが、原因は間違いなく俺だ。それと、ルイーズの意思が重なったんだろう。初めに入れ替わったとき、俺になりたいとか考えていなかったか?」
そう言われて、そのときのことを思い出そうとしたルイーズは、何かを閃いた。
(あのときは確か、何でも言えるエドワードが羨ましくて……)
「そうだった。姉に『馬鹿って言いたい』と思って、何でも言えるエドワードになりたいと思ったわ」
「は? まさかそんなことで。俺が思っていた以上に軽い理由でルイーズらしいな……。良かったな、確かに言った記憶がある。……それはいいが、元に戻ったときは、どうだった?」
「このままエドワードが、わたしの体と一緒に命を落とすのは嫌だから、戻れと必死に念じたわ」
「ルイーズって、やっぱり良いやつだな」
「やっと気付いたの? 今まで分かっていないって、エドワードは、本当に感性がおかしいわよ、っふふ」
「確かにそうかもな。俺、人とは違うから、他人と距離を置いているから」
「ウソばっかり。エドワードは初めっから、わたしにベッタリくっ付いていたじゃない。よく言うわね」
「それは、宰相が訓練に参加するルイーズのことを心配していたから、俺がそばにいただけだ。もし、他の令嬢であれば、俺が声を掛けた時点で、帰っていただろうな」
意味が分からない。ルイーズの顔には、はっきりそう書いてある。
「えっ……、てっきりエドワードも騎士になりたいと思っていたわよ」
「俺は、別の職がある。俺の仕事はこの体でなければできないみたいだ。だから、ルイーズの右手首に大けがをしたときに、何としても俺の体へ戻りたいと思った。……ここまで言えば、分かるか?」
「えっと…………」
きょとんとしているルイーズは、何のことやら、さっぱり分かっていない。
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