3-11 ルイーズの捕獲①
昨日、エドワードが訪れたケーキ屋。その斜め向かいのベンチに、2時間以上歩いてやって来たルイーズは座っていた。
ベンチの横にある蒸気時計は、今しがた10時30分の笛の音を鳴らし、ルイーズが乗る馬車が出発するまで、あと30分というところ。
朝食時、ルイーズは継母から刺さるような視線を向けられた。そんな継母は、自分の右手をじっと見ているのだ。「これはまずい」と、冷や汗を流したルイーズは、屋敷を出る時間を慌てて切り上げた。
先ほど、ルイーズの所持金は小さな切符1枚に変わり、これからの道中、夜を過ごす良い策がないかと、思考を巡らしている。
(エドワードは今ごろ何をしているかな。私に傷を負わせたと、何か処分を受けていないかしら。
彼の体で大きな失敗をしたのも私だし、訓練から逃げ出したのも私なのに、……エドワードに謝ってもいないなんて。あんなに優しくしてもらったのに……、申し訳ない)
ルイーズの瞳にじんわりと涙が浮かぶ。
一方、遠くに捉えるプラチナブロンドの髪。ルイーズから少し離れた所まで、血相を変えたエドワードは迫っている。
「良かった……。まだいた……」
(昨日だってルイーズを見つけた。それなのに、目を離したわずかな時間で見失った。今日は絶対に捕まえる)
そう心に誓い、エドワードの向かう足取りは、さらに加速する。
田舎まで行くつもりのルイーズ。だが、荷物といえる旅の道具もない。
(あいつは何を考えている。あれで長旅する気なのか。困ったら俺に言えって伝えただろう)
そう思うエドワードは、いら立ちを覚える。
「おいっ! 俺に何も言わずに、どこへ行くつもりだっ!」
突然、ルイーズの耳に響く怒鳴り声。
直前まで人の気配に気付かなかったルイーズは、その大きな声で体をびくつかせ、心臓が止まりそうになった。
ルイーズにとって、聞き馴染のある声だ。……恐る恐る顔を上げる。
すぐさま目が合ったのは、獲物を狙うような視線を向けてくるエドワード。
真っ正面で仁王立ちしているエドワード。無責任に逃げ出した自分に、激昂していると感じたルイーズは、肩をすくめる。
「どっ、どうしたの? 何かあったの? 今は訓練の時間でしょう」
「ルイーズが訓練に来ないし、俺に何も言わず辞退届を書いたから迎えに来た」
「あ、それは……。いっぱい迷惑を掛けてごめんなさい。今更だけど女性騎士は、向いていないなと分かって辞めることにしたの」
「ふ~ん。そもそも何で騎士になりたかったんだ。それによって掛ける言葉も違うだろう」
「そう? わたしに誇れる動機はないわ。何の志もなくて、給金の良い騎士になれば、自分が家を出られるし、弟に家庭教師を雇ってあげられると思っていたの。エドワード、いいえ、もう訓練は終わったから、エドワード様の言うとおり、わたしには取り柄がないから、他にできそうなことがパッと思い浮かばなかったの。それだけよ」
それを聞いて、目が点になるエドワード。
(ルイーズは、元婚約者にだまされて、騎士になろうとしていたんじゃないのか? 弟のためだったのか……。そんなことは知らなかったな。俺、ひどいことしか言っていないだろう)
彼の反応にきょとんとしているルイーズ。
ルイーズは実際のところ、一体何が起きて、エドワードがここにいるのか分からず、混乱している。
睨みつけてくるエドワードから、ルイーズはスッと視線を外す。
すると、ルイーズが乗ろうと思っていた馬車が、少し離れた所に停車したようだ。
それを見て、ドギマギとするルイーズ。
あれに乗らなければ、全財産をつぎ込んだ切符が、ただの紙くずになってしまう。
横目でチラリと見ると、エドワードは、まだ何かを言いたげにしている。
彼ともっといたい。けれど悠長に話している時間はない。
馬車へ駆け込もうとスッと立ち上がった。
「エドワード様、わたしのために色々ありがとうございました。次は、舞踏会でお会いしましょう。わたし親戚の家へ行く用事があるので、あの馬車に乗らないといけないんです。では、先を急ぎますね……。さようなら」
エドワードに真っすぐ向けた頬笑み。
ルイーズ姿では、エドワードに見せたことのない笑顔だろうと、ルイーズは分かっていた。
(最後に自分の姿でちゃんと会えて、うれしかった)
そう思い、その場から馬車へ向かおうと歩きだす……。
見たことのないルイーズにときめき、ゾクッと体に衝撃が走る。
自分から離れて行こうとするルイーズ。彼女のプラチナブロンドの髪が風でなびき、エドワードの顔にかすかに触れた。
ここで見送れば、もう2度とルイーズに会えない、そう確信したエドワード。彼に、少しの躊躇いもない。
エドワードは、ルイーズの服の上から腕をガシッとつかんだ。
えっ? と驚いた顔のルイーズは、予期せぬ静止に狼狽えている。
「待てっ! どこにも行くな。ルイーズが俺のそばにいないと駄目なんだ」
「えっ、いや、それはエドワード様に言われても無理で……」
「ルイーズに様を付けられると、鳥肌が立つからやめてくれ。俺の所へ来い。結婚しようルイーズ」
エドワードからの予期せぬ言葉にドキッとしたものの、ルイーズは意味が理解できずに首をかしげる。
「はい? エドワード……、何か悪いものでも食べたの? それとも誰かに言わされているの?」
「お前はどうしてそうなるんだ。俺は、こういう感情が初めてなんだ。これはきっと、ルイーズが好きなんだと思う。自分の体に戻ってから、ずっとルイーズのことが頭から離れなくて、おかしくなりそうだ。でも確信した。俺の横にいて欲しいのは、ルイーズだけだ」
「うっ、あっ、まっ、待って。わたしエドワードとは無理……」
エドワードの告白に、思わず色めき立ったルイーズは、笑顔になりかけた。
……けれど、真顔に戻る。
(うれしくて勢い余って返事をしそうになったけど駄目だ。
エドワードには、わたしの右手のことは言えないもの。わたしに、けがを負わせたのはエドワードってことになって、それでなくても嫌な思いをしたんだろうし……、なんでも彼に甘えられない)
「はぁぁーっ、カーティスの婚約話を俺が断ったら怒ったのに、俺のプロポーズは躊躇うのか? 俺は嫌われているのか……」
「そういうわけじゃないんだけど、……やっぱりお断りするわ」
「おっ、おい。理由はなんだよ?」
「特にないけど、何となく」
「あっ、そう。何となく理由は分かった。よし! 俺の買い物に付き合え」
「えっ、嫌よ。わたし馬車に乗って……」
「俺は何があってもルイーズがいいんだ。ルイーズに拒否権はないっ!」
「はぁぁーっ、ちょっと、エドワードはどんだけ横暴なのよっ! わたしの切符を、どうしてくれるのよ」
「くくっ。ルイーズが言っている親戚の家が本当にあるなら、責任をもって送ってやるよ。行き先がないなら俺の部屋にいたらいいだろう」
そう言って、強引にルイーズの左手を握り歩きだすエドワード。
(ルイーズに触れるまでは確信が持てなかったが、これなら治るだろう。秘密主義のこいつが、自分から言いだすのを待ってみるか)
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