3-8 すれ違うふたり①
モーガンが救護室で騒ぎを起こした翌日。
エドワードは、訓練に来るはずのルイーズを待っていたが、昨日と同じく今日も姿が見えない。
エドワードの父が言った、「おじけづいて訓練に来ない」のか、「カーティスと婚約し、騎士を目指すのは辞めた」のかと、思いつく限りの理由を並べている。
ハッとした表情のエドワードは、「ルイーズを迎えに行くべきか?」と呟いたが、首を横に振った。
そもそもエドワードは、ルイーズを無理やり訓練に連れてくる必要もなく、むしろ、来ないようにするのが目的だった。
「この状況は、俺が望んでいたことだろう。わざわざ意味のない訓練に参加させる必要はない」
そう言って、拳を握る。
休憩室のベンチに座りうつむいた彼は、もう2時間、ルイーズを待っていた。
(俺がヒーラーだと、ルイーズへ気付かせるために、引き出しの書類を入れ替えて細工をしてきた。
彼女は俺がヒーラーだと知っているはずだ。それなのに、俺が、彼女のけがの治療をしなかったから、俺は軽蔑して避けられているのか……)
エドワードは、ルイーズを一番知っている自負がある。なんせ少し前まで自分がルイーズだった。
そんな彼にとって、多少何かあっても、めげないルイーズが、訓練に来ないことに納得できないのだ。
……思い悩むエドワードは、今、彼女の身に起きていることは知る由もない。
パトリシア侯爵令嬢との約束を、これっぽっちも覚えていなかったエドワード。
自分の仕事をすべきだと訓練場から出てきたところ、パトリシアから声を掛けられた。
「ルイーズ様は、今日もいらっしゃらなかったですね。さあ、出掛けましょう」
「ああ、そうでしたね……」
(……しまった。頭がルイーズのことでいっぱいで、すっかり忘れていた……。適当に約束なんて、しなきゃ良かった。さっさとケーキ屋に行って帰ってくるか……)
今更なかったことにはできず、2人で馬車に乗っているが、エドワードからパトリシアへ掛けたい言葉は、どうやっても見つからなかった。
エドワードとパトリシアの間には、もう1人座れるくらいの空間がある。
「エドワード様は、どうして騎士の訓練に参加されているのですか? いつもルイーズ様と練習されているみたいだし、うわさどおり、女性騎士を目指すための個人指導を引き受けているのですか?」
「俺のこと、そんなうわさになっているのか……。父から言われてルイーズの練習に付き合っているのは間違いないですが」
「そうなんですね。良かった、エドワード様がルイーズ様のことを個人的に気に掛けているのかと勘違いしていました」
「……」
エドワードは、返す言葉も見つからず無言のままだ。
(気まずい。何を話せばいいんだ)
……その沈黙が、彼の居心地の悪さを加速する。
パトリシアがエドワードをチラリと見ると、エドワードは詰まらなそうな顔をしている。
訓練場で見ていたエドワードは、表情がころころと変わり、生き生きしていたのだ。
「自分といても楽しくないのか?」と、焦りの色が顔に出るパトリシア。
そんな馬車の中は、ガタガタと車輪の音だけが響き、居心地の悪い彼は、それを誤魔化すためにパトリシアとは反対の車窓から景色を見ていた。
そしてエドワードとパトリシアの2人は、パトリシアが行きたいと言う、最近話題のケーキ屋の前で並ぶことになったが、女性ばかりが列をなしており、その光景に引いたエドワード。
やはり、これといってパトリシアと話すこともない彼は、ぼんやりと町並みを見ている。
すると、そこに偶然、彼の目にルイーズの姿が飛び込んできたのだ。目を見開き激しく動揺する。
(ゲッ、まずい。何だってルイーズがいるんだよ。こんなところを見られたら、明日、ルイーズに馬鹿にされるだろう。あいつ、俺を探して追っかけてきたのか? ……っなわけないか。訓練サボって何をやっているんだ?)
ベンチに腰掛けたルイーズは、白い布でできた巾着袋の中をのぞいている。彼女はエドワードの姿に、全く気付いていない。
……彼女は自分の悩みで手一杯。周囲に気を向ける余裕はなかった。
必死にお金を数えるルイーズは、下を向いたままで、エドワードには、疲れ切ったルイーズの顔は見えていない。
ルイーズは昨日、町を往来する人々に声を掛け、「修道院がどこにあるのか」を調べていた。
「知らない」と突き放されることも多いものの、何人かが、「チルベルにある」と同じ地名を言ったのだ。
そこに行けば何とかなると、一縷の希望を持っている。
初めて聞いた地名に、ルイーズは及び腰になっていたものの、ここから西へ、馬車で4日掛かる田舎であると分かった。
今日のルイーズは、チルベルまでの移動手段を調べていたのだ。
そして彼女は、辻馬車の乗車料金を調べるために切符売り場まで辿り着き、ルイーズが持っていた、全財産で切符が買えるのか、お金を数えているところ。
1日1本の馬車は午前11時に出発しており、今日の馬車は既にない。
浮かない表情のルイーズは、もう3回お金を数えている。
「うー、お金が足りない。カバンを買ったら切符が買えないわね。どうしよう、荷物は諦めるしかないか……。でも、それで本当に大丈夫なの?」
ブツブツと呟き、答えを出せずに悩んでいた。
その姿をエドワードに見られていたけれど、自分の考えをまとめることで忙しいルイーズは、全く気付いていない。
少しでも先が気になる、面白いなど、気に入っていただけましたら、ブックマーク登録や☆評価等でお知らせいただけると嬉しいです。読者様の温かい応援が、執筆活動の励みになります。




