3-4 姉と元婚約者の揉め事
ルイーズが訓練中に負傷した翌日。
ルイーズのことが気になるにエドワードは、無意識ではあるが、いつもの時間より早く屋敷を出ていた。
だが、いつもの時間になっても、ルイーズは騎士の訓練に現れない。エドワードはベンチに腰掛け、じっと独りでルイーズが来るのを待っている。
しばらく待っていたが、2時間経った時点で踏ん切りを付け、ゆっくりと重い腰を上げた。
これまでもルイーズが休んだことは何度もあったのだ。「今日、ルイーズは来ない」と結論付け、訓練場を後にした。
ルイーズに会えるのを昨夜から楽しみにしていたエドワードは、訓練場に入ったときとは別人のような暗い顔である。
そこから出た直後。訓練場の外にいたパトリシアから声を掛けられた。
まだ幼さも残り、清楚でかわいらしいパトリシア伯爵令嬢は、今年、社交界デビューをする令嬢の中で一番の注目を浴びており、そんな自分の噂は承知済みである。
「ごきげんよう、エドワード様」
「ああ、パトリシア嬢……」
「あの、お父様から何か伺っていませんか?」
「……あー、ビリング侯爵とうちの父が、約束した件ですか」
「はい。ルイーズ様と出掛けていたように、わたしともデートをしてくれませんか?」
彼なりに精いっぱい気をつかって会話をしているが、今のエドワードは到底笑う気にはなれない。彼の頭の中は、ルイーズのことが気になり、どうすべきなのか悩んでいる。
それと同時に、エドワードは国王のことも心配していた。
この入れ替わりの最中。エドワードは何度も陛下の側近を見ては、逃げ続けていたのだから。
そんな彼が、パトリシアに作り笑いを向ける余裕は、少しもなかった。
「デートですか……。確かに父から聞いていましたが、急に今日と言われても俺にも都合がありますから。もし、明日の訓練にルイーズが今日のように来なければ、昼までなら。それ以外は忙しいから無理ですね」
デートと言われてしまえば、彼は思わせぶりな態度を取る気もなく、存分にそっけなかった。
少し考えているようなパトリシア。エドワードは、ルイーズとは午後に出掛けていたのを知っているから面白くない。それでも、頬笑んで会話を続けた。
「そうですか……。分かりました。明日もわたし、ここへ来ますね」
「ちなみに、どこか行きたい所でもあるんですか?」
「新しくできたケーキ屋さん。人気があって並んでいるかもしれないけど行ってみたんです。リンゴのケーキがとてもおいしくて話題なんですよ」
「はぁ~。そうですか、取りあえず分かりました。『ルイーズが来なければ』ですから、あまり期待しないでください」
(明日はルイーズも来るだろうし、関係ないか。それにしても、並んでまでケーキを食うって、そんな話があるのか。令嬢の気持ちはよく分からんな)
そう思いながらエドワードは、しばらく顔を見ていなかった陛下の元へ向かっていた。
***
一方その頃。
ルイーズの姉ミラベルの部屋では、姉に呼び出されたモーガンが、姉ともめていた。
「わたし、妊娠していなかったし、あなたとは結婚しなくて済んだわ」
「あっそう、それは助かった。僕もミラベルのような性悪な女は願い下げだ。ルイーズの方が断然かわいげがあって良かったよ」
「あ~ら、そう。じゃあルイーズの方に戻ればいいじゃない。ふんっ、でも残念ね、あの子は騎士になるのは、もう辞めたそうよ。あなたのご期待には沿えないでしょうけど、今日から訓練に行っていないから、部屋にいるんじゃないかしら、キャハハ」
その言葉に逆上したモーガンは、激昂して、姉の胸ぐらをつかんだ。
「俺の安泰の計画が丸つぶれになったのは、性悪女、お前のせいだぞっ! お前が、ぎゃぁぎゃぁと喚かなければ、上手くいってたんだ。どうしてくれるんだっ」
そう言うと、モーガンはミラベルの胸ぐらをグッとつかんだ。
「っ、くっ苦しいわよ、離して」
首元がつまり、息が苦しくなった姉は青ざめながらも辺りを見回している。
必死に逃げようとするミラベルの視界に、ガーベラが生けてある一輪挿しが目に付いた。
すると彼女は、モーガンに気付かれないようにそっと、左腕をブルブルと震わせながら棚まで伸ばし、人差し指の先端がかすかに一輪挿しに触れた。
残念ながら姉の腕では届かない……。そう思われた、そのとき。
ハッとしたモーガンが力を抜いたため、姉は閉じかけた手を開き、ガッと一輪挿しを握り締めた。そして、怒りの感情のまま、モーガンの頭を全力で殴りつけたのだ。
姉が一輪挿しで殴った勢いは止まらず、彼の前頭部で割れた花瓶は、まるでナイフのように尖ったまま、左目まで流れるように振り下ろされた。
額の上から血がにじむ。それよりも彼が焼けるような痛みを感じたのは左目だ。
「目っ、目がっ」
そう叫ぶと、左目を両手で抑えながら姉の部屋を走って出ていった。
自分勝手なモーガンが、一目散に向かった先は、噂に聞く王宮のヒーラーの元である。
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