3-2 当主が勧めるエドワードの縁談
ルイーズとの入れ替わりから戻ったことで、エドワードは救護室での仕事を終え、屋敷へ戻った。
すると、家令のマルロが、階段への進路を塞ぐように立っていた。
「お帰りなさいませ。ご主人様がお呼びです」
「ああ。まあ、そうだろうと思っていた」
声の調子も変わることなく淡々と答えるエドワード。王宮の彼の元へ、宰相が訪ねてくるかと思っていたが、来なかったのだ。屋敷に帰れば当然何かあるだろうと想定していた。
訪問を知らせるノックの後に、静かに付け加えた。
「エドワードです」
「ああ。入れ」
許可に従いエドワードが入室すると、強張った表情の当主は、いきなり本題に入る。
「今日、ルイーズ伯爵令嬢が重傷を負って救護室へ運ばれたと聞き、肝を冷やした。ヒーラー様から、『きれいに治療できた』と報告を受け、ひとまず安心したが、相手はお前だったんだろう。どうした?」
歴代の騎士団長から剣技を称賛される程の腕前を持つエドワードが、まさか、その剣で令嬢に傷を負わせ、ましてやその後に、他のヒーラーに治療をさせたのだ。
エドワードを一番知っている父としては、今日の行動が不思議で仕方がないのだろうと察した。だが、いくら父と言えど、事の真相を伝えられない。それに心苦しさを感じ、エドワードは一際真剣な顔を向ける。
「申し訳ありません、足を滑らせてしまい力加減を間違えてしまいました。それで、動揺してすっかり動けませんでした」
「いや、お前に無理を言っている私が悪いんだ。中間報告でも素質は全くないから、今年も女性騎士は出ないと聞いている。今日の出来事で、ルイーズ伯爵令嬢がおじけづいて訓練に来なくなれば、お前も、もう元の生活に戻れる」
「いや、おそらくルイーズの性格だと、明日も、しれっと来るでしょう。そんなことを気にするような性格ではありませんから」
「そ、そうか。悪いが、それならもうしばらく頼む。それと話はガラリと変わるが……、ビリング侯爵家の当主から、娘のパトリシア嬢との婚約を検討に入れてくれと言われた。向こうの当主は、お前のことを知っているから、無理にとは言ってきてないが……」
「あっ、今、目を逸らしましたけど、適当な返答をしていないでしょうね」
「ビリング侯爵は、昔からの友人だからな。申し訳ない、……パトリシア嬢と近々出掛けてくれないかと頼まれて、断れなかった」
「はぁぁーっ、またですか! この前の茶会で最後だと言ったはずですよ……」
「そういうな。少々気位の高い王女たちが嫌なら、パトリシア嬢を伴侶にしたら良いだろう。ビリング侯爵家は、うちと協同経営をしている事業もあるんだからな。そろそろ、王女かパトリシア嬢のどっちを選ぶか真剣に考えろ」
「いや、まだ決めかねていまして。他にいるかもしれませんし」
「まさか、遊んでいるだけかと思っていたが、毎日連れてきていたルイーズ伯爵令嬢のことを気に入っているのか?」
「……いや。ルイーズとは何の関係もありませんから」
「それなら良かった。陛下から毎日エドワードの婚約の話を持ち掛けられているからな。レベッカ王女の話を断って、我が家と交流もない伯爵令嬢を選ぶとなれば、王女へ説明がつかないだろう」
「分かりました。ちゃんと考えておきますよ」
そんな返事をして当主の元を後にしたエドワードは、頭をポリポリとかきながら、その2人のことを考えている。だが、少しも気乗りしない顔である。
(いくら俺を気に入っているとはいえ、気位の高いレベッカ王女が俺の特性を知れば引くだろう。
俺が直接触れれば、体の外も中も、何でも分かるからな……。結婚するとしても、やっぱりヒーラーであることは隠すのが賢明か……。
パトリシア嬢ね……。悪い娘でないのは分かるが、何だろうな、違うんだよな)
エドワードが自分の部屋へ入るなり、妙な違和感を覚えると、何がおかしいのか、天井まで見上げる程、念入りに探し始めた。
だが、どんなに探したところで、見えているものは昨日までと全く同じ自分の部屋である。
「なんだ、この寂しい感じの部屋は。何が無くなったんだ。ルイーズがいないからか……」
この1週間。彼は入れ替わっていた期間も毎日、自分の部屋へ足を運んでいたが、エドワードがここで過ごしていたときには、必ずルイーズが一緒だった。
昨日までとは違う独りきりの部屋が、妙に寂しく感じさせるのだ。
晴れない気持ちの彼は、浴室で、どうもしっくりこない感情を整えようとしていた。
浴槽の外に長い腕をだらりと伸ばし、浮かない表情の彼は、湯につかりながら同じことばかりを考えている。
(あいつ、今頃何しているかな……。ちゃんと食っているだろうか。明日、俺の知らないところで、カーティスから何か言われるんじゃないか。訓練場の外でルイーズを待っているべきか。いや、外は令嬢たちが煩いしな、無理かぁ)
久しぶりに自分の部屋で長湯をしたエドワードが、シャツの上にガウンを羽織ろうとしたときだった。
「あ゛ー、あいつ何やってくれてんだよ!」
今、彼が手に持っている高級シルクでできたガウン。その胸元には、金糸でスペンサー家の家紋である羽を広げた美しいアゲハ蝶が刺繍されている。
けれどその横に、くまの刺繍が銀糸で施されていたのだ。
それは意外な程に上出来でかわいらしくもある。
だが、なにぶん貴公子には不釣り合いな絵柄と言える。
その異質過ぎて妙に存在感のある刺繍を、じーっと見ながらエドワードは、明日ルイーズに文句を言おうと心に決めていた。
それを見てからすっかり楽しそうな顔をしているエドワードは、他に同じガウンがあるにもかかわらず、結局そのガウンを羽織っている。
(信じられない……、俺のガウンにこんなものを描きやがって。俺のことを馬鹿にしているだろう。絶対に明日ここに連れてきて、解いてもらうからな)
実際は、もう、ルイーズが訓練に来ることはないのだけれど。
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