2-18 元に戻るふたり①
2人の入れ替わりから1週間が経過していた。
唇をかむエドワードは、救護室で仕事をしないままでいるのは、もう限界だと決断をくだした。
『こんなはずではなかった』と、悔しさを隠しきれないエドワードは、自分の父に打ち明ける覚悟を固めようとしている。
交差させた2人の剣。その向こうにいる自分の体を、エドワードは恨めしそうに見つめた。
騎士訓練の時間を平穏にやり過ごし、この後、宰相の元へ2人で向かうつもりなのだ。
そのためにも、まずは、ルイーズと騎士訓練の真似事をしながら、自分が「回復魔法師である」と、ルイーズに打ち明ける必要がある。
そう覚悟を決めたところで、どうみても、貴族としてのマナーも知識も足りないルイーズに、スペンサー侯爵家の嫡男として振る舞ってもらうのは不安しかない。
エドワードとしては何としても、それだけは避けたかった問題だ。
だからこそ、ふたりの体を戻すため、エドワードは心当たりの全てを尽くした。……が戻らず仕舞い。
……しかし。
これまでは、自分がルイーズの体で試していた。
だが、おそらく根本が違うのだろう。
この入れ替わりは、ヒーラーのエドワードの体と思考が関係するはずだ。その結論から、エドワードはルイーズに秘密を打ち明ける前に、一つ試したいことがあった。
この方法に、エドワードは相当期待している。なんといっても、入れ替わった日と同じ条件と言える。
「なあ、自分の体に戻りたいと念じてくれないか?」
「うん? どうして?」
エドワードからの唐突の依頼。それくらいで入れ替わりが起きるわけがない。
念じるだけで他人になれるなら、自分はとっくに違う人間になっていただろうと、納得していないルイーズは、こてんと首をかしげる。
「入れ替わったあの日、俺がしたのは、この訓練場で念じただけだ。お前が俺の体で、替われ、と願ってくれ」
「うーん。上手くできるかな、取りあえずやってみるわ」
エドワードにそう言われたものの、ルイーズは戻りたくないのが本音。
それでも、真面目なルイーズは、言われたことはちゃんと守る。
これまでの人生、それを曲げたことはない。
まいったな。「本当に戻ったらどうしよう」と思いながら、ギュッと目をつむる。そして心の中で「戻れ」と念じる。
(戻れ。自分の体に戻れ……)
……しばらく間を置いてから、「自分の体が、元に戻っていませんように」、と願いながら、ゆっくりと目を開けた。すると、目に映るのは自分。ふぅ~っと息をはき、胸をなでおろす。
そんなルイーズの耳に「はぁぁ~」と、エドワードの深いため息が届く。
「お前、本当に念じたのか?」
「はぁぁーっ、ちゃんと言われたとおりに、やったわよ!」
「……最悪だ。こんなはずじゃなかったのにな……」
激しく落胆するエドワード。彼は剣を握る手が緩み、2人で交えていた剣が擦れててしまい、ギギーッと音を立てた。
あまりに悲しそうにするエドワードへ、ルイーズは掛ける言葉が出てこない。
そんな風に悔しがるエドワードの姿に、「余程、自分といるのは嫌なのか」と唇をかんでいる。
「今日、このまま俺の父へ報告する。宰相の部屋へ入るには、エドワードの体が必要だ。お前も一緒に行くからな」
「えーっ。そんな偉い人の所に行くのは、ちょっと……困る」
「はぁぁーっ、馬鹿か。お前がいなきゃ警備を抜けられないんだ。お前、自分がこれからどうなるか分かっているのか? 公式の場ではお前がエドワードだ。何も分かっていないお前が、この先、侯爵家の次期当主として生きるんだぞ」
真剣なエドワードの訴えで、現実を初めて理解した。
突如降ってきた責任。それが分かり泣き出しそうなルイーズ。手は震え、交差している剣がカタカタと小さな音を立てる。
「むっ、むっ、無理よ」
「安心しろ、とっくに承知の上だ。俺が一からお前に教える。そうするために、俺たちの事情を全て父に伝える。もう隠してはおけない」
「わっ、分かったわ……」
「こうなったら俺に全部吐け。ルイーズが伯爵夫人の娘でないことは承知済みだ。お前は俺に、あの家のことで他に隠していることはないか?」
少し考え込んだルイーズ。
18歳になれば家にいられない。けれど、こうなれば関係ない。そう思ったルイーズは首を横に振る。
「……何もないわ」
「そうか。あー、でもまさか本当に俺がドレスを着てお前と舞踏会に行くとはな……。……大丈夫だろうか」
弱々しく話すエドワードは、心底嫌そうな顔をする。
「ふふっ。きっと2人で行けば楽しいわよ。何だか、すっごく楽しみになってきたわ」
ルイーズにとって、舞踏会は誕生日の祝い膳を食べる場所。
何より、エドワードと一緒に行けるのがうれしいルイーズは、くすくすと笑いがこぼれる。
「あ、その舞踏会に関係する大事な話だが……。俺の仕事……」
訓練をせずに会話をしている2人へ、教官が近づいてきた。
困った表情を浮かべる教官は、怒っているのとは違うようだ。にもかかわらず、見逃す気もないと、はっきり指示される。
「他の候補生から苦情がきた。最近、訓練を怠っていただろう。やる気がないなら辞退してくれ。続ける気があるなら、しっかりやってくれよ。この練習にも手当が付いているからな」
言い返す余地はない。
無駄に他者と関わりたくない2人は、声が重なるように「分かりました」と返答して場を収める。示し合わせていなくても、いつも2人の意見はぴったりだった。
それがおかしくなり、くすりと笑っているルイーズ。
教官としても、エドワードにはあまり強く言えない。
「女性騎士育成に尽力したい」と協力を願い出たエドワードが、全く見込みのないルイーズを、毎日付きっきりで見てくれていると、感謝しているくらいだった。どの道、落第予定の訓練生であり、サボッていることも、他から苦情がなければ容認する気でいた。
「怒られたわね」
「全く、誰がいらない苦情を言ったんだか……。俺がこの体で、お前の相手をするのか……」
エドワードは不満げな顔をしながら、訓練を始めていた。
エドワードは騎士候補生を辞める気はない。
むしろ、自分がルイーズとして生きるのであれば、このまま騎士になるのが好都合。そうなれば王宮への出入りも可能だと考えている。
だが、どちらにしても体力のないルイーズの体を作ってからだろうと、本気で訓練に取り組む時期を見計らっていたのだから。
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