2-17 このまま一緒にいたいのは、わたしだけ
(※ **までは前話2-16の2人並ぶシーンの続きとなります)
「お前、俺の父から縁談の話を振られても、迂闊に返答はするなよ」
「えっ。エドワードにそんな話があるの?」
「ああ、王女との話を断り続けている」
真顔でしれっと答えるエドワード。
だが、その言葉をにわかに信じることのできないルイーズは、色を失った顔で、エドワードを凝視する。
王女がエドワードを結婚相手に望むのは分かる。この豪華な部屋の主。端正な顔立ちで、身のこなしはスマート。父は宰相。
……悪くない相手だ。いや、王女の伴侶として妥当だろう。
エドワードにとっても、王女様であれば。この上ない相手だ。それなのに何故断る……?
ルイーズは突然知らされた衝撃に目をパチパチさせている。
ルイーズの中で消化しきれない驚愕は、彼女の声を震わせる。
「うっ、ウソでしょ。……王室からの申し出を断るって、ありなの!? でも、そんな高貴な方とわたしが、結婚ってなったら困るわよ!」
「だろうな。お前なら全く期待に応えられないから、本当に問題になるだろうな……」
(陛下がヒーラーのエドワードを釣るために、王女との婚姻にあり得ない好条件を付けているんだからな……)
エドワードは帰る直前、重要書類が入っている机の引き出しを、ガサガサと音を立てて何かしている。
どうやら、ルイーズが見ている目の前で、エドワードが回復魔法師として王宮に任命されていることを示す書面を一番上に置いたようだ。
いくら触れるなと言われても、気になって引き出しくらい開けるだろう。そう思い、ルイーズにそれとなく知らせようとしていた。
**
それから毎日。エドワードは、騎士の訓練後に真っすぐスペンサー侯爵家の自分の部屋を訪ねていた。
このとき既に、入れ替わりから6日経過している。
こわばった表情のエドワードからは、焦りの色が見える。何としても戻りたい。そろそろエドワードの父と陛下が怪しむ限界だろうと、思い悩んでいた。
ソファーに座る2人。どちらからともなく自分の体を相手に預ける。
相手の体が自分のものだと思っているふたりは、全く遠慮を知らない。
……今は、ルイーズの肩に、エドワードの頭が乗ったところ。
エドワードは、ルイーズと握っている手に思わずギュッと力が入った。
ヒーラーのエドワード。
本来、彼の魔法は彼の素手で触れるのが発動条件。
エドワードはルイーズといるときは、常に手を握っている。
彼の目的はあくまでも魔法の発動だが、いつだって別の感情を抱く。
ぬくもりが気持ち良くて、心まで温かい……。お互い声に出さないが、そう感じている。
ルイーズは、エドワードの横が心地よくてたまらない。それが顔に出て、穏やかな表情を見せる。
王女との縁談話を聞いてしまった今。
彼にふさわしい人物は、教養のない自分ではなく、淑女の鏡のような女性。どう考えててもそうだ。
……けれど。今は自分が彼の横にいる。
彼に甘えて寄り掛かっても、いつだって受け止めてくれる。
ルイーズはエドワードとつないでいる手をつと見つめると、自分と固く握られた手。それがうれしくなり、頬笑みを浮かべた。
侯爵家嫡男のエドワードは、自分の手の届かない人だと分かっている。だから、それ以上は求めない。
けれど、エドワードに「ルイーズが好き」と言って欲しくて素直な質問を口にした。
「エドワードが毎日この部屋に来ているのって、わたしのことが好きになったから、一緒にいたいんでしょう」
(いつも手を握ってくるのだって、そういう事でしょう)
にこやかに笑って話すルイーズは、心底そう思い、少しも疑っていない。
自分から気持ちは言えない。それは、エドワードに「俺に惚れるな」と言われているから。
単純な性格のルイーズは『そうだよね』、と言わんばかりにエドワード顔をのぞき込む。
「はぁぁーっ? よくそんな馬鹿なことを言えるな。一緒にいる方が、体が元に戻るかもしれないからに決まっているだろう。間違っても、お前のことを好きになるわけがない」
その大きな声で、ルイーズの耳がキーンとした。
……あれ、全然違った。
全力でルイーズは拒絶された。エドワードの気持ちを聞いたルイーズは、表情を失った。
(……そうよね……。エドワードは早く自分の体に戻りたいわよね。こんな気持ちになっているのは、わたしだけかぁ……。寂しいな……。
だって、2人が元に戻れば、あなたはわたし以外の人と結婚するんだもの。……それも王女様のような高貴な方と。そうなればエドワードはすごく遠い人になって話すこともできなくなる……。
この先もエドワードと一緒にいたくて、『2人の体が元に戻りませんように』と、ずっと願っているんだけど、そっかぁ)
エドワードを見つめて、ルイーズは笑顔を向ける。
「そう……。でも、こんなに毎日一緒にいたら、入れ替わりから戻った後に、わたしと会わないと寂しくなるんじゃない。ふふっ」
「馬鹿、寂しいわけあるかよ。『辞めろ』って言い続けても、お前はどうせ騎士の訓練に来るんだから、結局毎日会えるだろう」
(それでも、こんな風にエドワードと過ごせないから……)
「そうだけど、わたしはきっと寂しくなる気がするわ。……だからカーティスに、まだ婚約の話が間に合うか急いで頼まないとね。ふふっ」
「……お前って、どんだけお気楽なんだよ」
そう言うと、エドワードは、やれやれとため息をつく。
「若い今のうちに売り込まないと、ねっ」
明るい声で言い切り、口元を、にッと笑って見せているルイーズ。
だけど、目元は全く笑っていない。
(……あと2か月で18歳になってしまうもの。もう伯爵家にはいられない。ここ最近訓練の手を抜いているのは、教官に気付かれている。……きっと、もう騎士にはなれない。体が戻ったら、すぐに動かないとまずい)
その日の晩。
ルイーズは食堂で夕食を取りながら、家令のマルロに頼みごとをしていた。
「裁縫箱を貸して欲しいのだけど」
「ん? エドワード様がお使いになるのですか?」
「あっ、いや、ルイーズが来たときに刺繍をしたいって」
マルロは、最近雰囲気の違うエドワードのことを不思議に思いながらも、仕えている坊ちゃんが恋をして様子が変わったのだと、解釈していた。
ルイーズが部屋に戻ったときには、裁縫箱が既に机の上に置かれていた。
日頃、従者だけが使用する裁縫箱にもかかわらず、高級木材スネークウッドで作られた値の張るものだ。
……もちろん。ルイーズは価値も分からず、無駄に豪華な細工が付いていることに苦笑いを浮かべるだけだが。
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