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0-3 エドワードの秘密

最後まで是非お読みください。

 エドワードを王宮へ連れだすために、陛下の側近であるブラウン公爵が、スペンサー侯爵家を訪ねていた。

 その側近は冷や汗をかきながら、侯爵家の当主へエドワードへの取り次ぎを頼み込んでいる。


 それに頭を抱えたエドワードの父は、その責任から逃れようと逃げ腰になる。ハッと(ひらめ)いた当主は、家令にエドワードを起こすように命じて、一目散に自分の部屋へ隠れる作戦に出た。


 何も知らないエドワード。「当主の急用」と、家令から無理やり(たた)き起こされた時点で、すこぶる機嫌が悪い。足取りの遅い姿は、見るからにめんどくさいと言いたげだ。

 彼は気が乗らない表情をしつつも、父の呼び出しに応じるため、来客が待つエントランスを通り過ぎようとしていた。

 エドワードはこの時間に起きるつもりは毛頭ない。もうひと眠りするつもりの彼は、着替えてもいなかった。

 金糸の刺繍(ししゅう)で家紋が施された最高級のシルクで作られたガウンを羽織り、大きなあくびをしながら歩いている。


 それでも「当主」からと言われれば、いや応なく父を立てているエドワード。

 彼の中で線引きされた、主従関係がそうさせていた。


 歩く自分に向けられる視線。エドワードは、ふいに目をやる。

 その途端、当主の部屋へ向かうエドワードの足が、ピタリと静止し、体がわなわなと震え始めた。

「お前は家まで来たのか!」と、エントランスにいる公爵へ冷たい視線を向ける。

 エドワードは陛下の用件を察知し、いら立ちを抑えられずにいる。

 それと同時に彼は、宰相である父にはめられたことを察する。我慢しきれないエドワードは、当主の部屋の方向を(にら)みつける。 

 ……が、もちろん、その先に誰もいない。


「朝早くからふざけやがって! 俺は、午前中は働かないって言っているだろう。俺の他にも王宮には2人いるんだ。そいつらを使え」

「そこを何とか頼むエドワード様、と陛下の言葉です。今日は隣国の使節団との会合がありまして……その……」

「じじぃの予定くらいは知っているって。ったく、分かったよ。お前だって、俺が断ったら困るんだろう。あー、って言っても、腹立つなっ。この時間は王宮の仕事の時間外だからな。報酬は、しっかり払ってもらう」

「陛下もそのつもりですので……」


 ムッとした表情のエドワードは、面白くないまま仕立ての良い紳士の装いへ着替えた。


 王宮に着いたエドワードは、起きると同時に着けていた手袋を脱いで、国王陛下の私室へ入っていった。


「おい、じじぃ! わざわざ呼び付けやがって」

 陛下の私室へ入ったエドワードは、いら立ちを隠すことなく、奥にある寝所(しんじょ)へ向かっている。

「悪い、そう怒らんでもいいだろう」


「はぁぁーっ! じじぃが仕事中の2人に頼まず、俺を叩き起こすからだろう。あいつら2人は、昼を過ぎれば『疲れた』と、ふざけたことを言って帰っていくんだ。午後は俺1人で仕事をしているんだから、たまにはいたわれ!」


 腕を組んだエドワードは、うつぶせで横になったままの陛下へ日頃の不満もぶつけている。


 幼かったエドワードと陛下の、誰にも言えない強烈な出会い。

 エドワードは陛下の恩人だ。

 2人の初対面のとき。今の国王陛下は当時王太子だった。

 あまりに情けない自分自身の状況に、「王太子」と名乗れず、エドワードに「じじぃ」と咄嗟(とっさ)に名乗った関係が今も続いている。


「だが、エドワード様が疲れたと言うのは聞いたことがないな。頼むよ」

「俺があの2人より体力があるからなんだろう。深く考えたこともないから知らないけど。それより大丈夫か、どうしたんだよ」

 そう言うと、エドワードは、陛下の身に何が起きているのかと心配した表情に変わり、無言のまま陛下の手に触れた。


 しばらくして、エドワードがその部位に、トントンと軽く叩くような合図を2回送り、自分の仕事の終了を知らせている。

 エドワードの仕事は確実に陛下へ届き、起き上がれずにいた国王は、おもむろに動きだした。


 ……でも、何も言わない2人。

 陛下は無言のまま、じーっっと、エドワードが手袋をはめるのを見守っていた。

 陛下の思惑を知らないエドワードは、陛下が自分を呼び付けた原因に、いささか不満を持っている。


 けれど陛下の公務の時間を知っている彼は、言いだせば長くなると思い、早急にこの場から立ち去るつもりだ。早々に手袋をはめ、部屋の出口へ向かっていた。


 エドワードが両手に手袋をはめ終わるのを見計らい、陛下は、エドワードに命令する。


「エドワード、次の舞踏会で私の娘と踊ってくれ」

 その言葉を聞いたエドワードは、陛下の方を振り返り白い目で見ている。


「――信じられないな。朝から無理やり働かせて、その手できたのか? 陛下の前では、うかつに宰相の息子に戻るのは良くないと分かった」

「ふんっ。欲しいものを手に入れるのに、手段は選んでいられないだろう。王女は3人いるからな、気に入った娘をエドワードの嫁にやる」

「俺はまだ、結婚する気はないですよ」

「スペンサー家の当主の承諾は得ている」


(ったく、あの父は何を勝手に……)


「俺の特性は周囲に知らせる気はないので、陛下と側近、俺の補佐官、騎士隊長の秘匿事項にしたいのは、譲る気はありません。我が家の中でも父しか知らないですから。他人の話を茶会で触れ回る女性たちは信用できませんから、母でさえ知らないことです。それなのに結婚なんて無理でしょう」


「返事は急がないから時間をやろう。娘たちと話をして誰を選ぶか考えろ」

 陛下が高圧的にエドワードに命じたため、彼は唇をグッとかむ。


「――承知しました」

 渋々なのが、はっきり陛下に伝われ。そう思ったエドワードは、不快感のにじむ顔で返答した。


 スペンサー侯爵家の嫡男である、エドワードの立場。

 それとは別に、ごく限られた人間にしか、その権限を行使したことのない、彼の職位。


 エドワードの中で線引きされた肩書は、手袋をはめた時点で、もう1人の立場から宰相の息子に戻っていた。

 自分の特性を周囲に知られたくないエドワードの、立ち位置を分けた主従関係がそうさせている。


 自分がスペンサー侯爵家の令息として陛下の前にいるときは、「陛下」の命令と言われれば、いや応なく陛下を立てるエドワード。

 

 そんなエドワードがルイーズのために毎日朝早くから、世話を焼くとは、このときの彼は知らなかった。

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