2-2 距離感ゼロのふたり①
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馬車の中、エドワードの低い声が少し前から響いている。
……それは、まるで試験勉強を暗記するような、ルイーズの独り言だ。
「……エドワードは23歳。この国の名門、スペンサー侯爵家の当主は宰相。グレイヘアの人が家令で名前はマルロ。部屋は2階の階段を上がって右。浴室は部屋に付いている。食事は1階の食堂で、扉が違うからすぐ分かって、座る場所は窓側の右端……」
これから襲い掛かる危機に備え、苦悶の表情を浮かべるルイーズが、エドワードについて語る。
「ねぇ、これ以外に覚えておくべきことは、あるかしら」
不安そうな表情のルイーズ。
彼女は、エドワードの大きな手で、華奢なルイーズの両肩をガシッと掴むと、ルイーズの体をゆさゆさと揺すりだす。
……もちろん、それをされているのはエドワード。
ルイーズは、それが自分の体だと思っているから、彼の扱いに、全く遠慮がない。
エドワードは、力加減を知らないルイーズによって、とんでもない勢いで体を振り乱され、ガックンガックンと大きく振れている。
そんなことをされても、エドワードはされるがままで、むしろ、相手はルイーズだから仕方がないと思ったエドワードは、おかしくなって笑いだした。
「くくっ。……明日会うまではそれで十分だ。それ以上長く続くなら、話は別だ……。とにかく、2人の体が戻る方法を考えておく」
「ぅうー。わたし大丈夫かしら……、エドワードの屋敷で上手くやれるか心配だわ」
「お前は堂々としておけ。誰とも喋らなければバレないだろう。屋敷で話しかけてくるのは、父と家令のマルロくらいだ。父に会わないようにすれば問題はない。バレたらそのときだ。上手いことをやれ」
エドワードに、投げやりに言われ、ルイーズは今にも泣きそうな、しわくちゃな顔になる。
それを見たエドワードは、ルイーズが不憫に思え、ルイーズの小さな掌で、ルイーズの頭を撫でていた。
基本的に単純な性格のルイーズ。それで元婚約者に騙されたのだ。
そんな彼女は撫でられただけで安心してしまい、トロンとした表情を浮かべた。だけど、それはエドワードの顔だ。
……そんなゆったりとした時間は、つかの間。
馬車が止まった瞬間に、穏やかな空気はかき消された。
「よし! 着いた」
気合を入れるようなルイーズの高く澄んだ声。それは、エドワードが発した言葉だった。
そう言われて、馬車を降りたルイーズは、屋敷の壮大さにあっけに取られてしまい、ポカンと口を開けたまま、大き過ぎる屋敷に魅入っていた。
同じ長さにそろえられた青々とした芝生。咲き乱れる花々。けれど枯れた花がらは、1つも見当たらない。澄んだ水をまき上げる噴水は、もちろん苔など生えていない。
隅から隅まで管理の行き届いた庭園は、少しの隙もない程に整えられ、屋敷の厳格さが伝わってきた。
それにおじけづいたルイーズは、足を前に出せなかった。
それに気付いたエドワードは、動けと急かす
「馬鹿! お前が先に行かなかったら、俺が行けないだろう。マルロへ適当に声を掛けたら、すぐに階段へ向かえっ!」
「ねえ、エドワードは、自分の屋敷へ令嬢を頻繁に連れてくるの? すごいわね。我が家はなんて言うかしら」
そんな彼女は周りが全く見えていない。
すぐ近くには、スペンサー侯爵家の御者がいるにもかかわらず、ルイーズは項垂れて動けずにいた。
……近くにいる御者は、自分の見ているものは夢か? と 疑っているようで、何度も目をこすっている。
その御者の目に飛び込んだものは、肩を落としたエドワードが泣きそうな顔で、ルイーズの肩に手を置いている。
いつも、紳士そのもののエドワードが、涙目になりながら、令嬢に何かを懇願しているのだ。
まさか……、エドワード様が令嬢を口説くのに失敗したのか。
どういうことだと、2人を食い入るように見ていた。
その御者の視線に焦っているのはエドワード本人で、いら立ちからプラチナブロンドの髪をわしゃわしゃと、かき始める。
「令嬢を連れてくるのは初めてだ。屋敷の奴らに、連れ込もうとしている令嬢と揉めていると思われたら癪だ! つべこべ言わずに部屋へ行くぞ」
そう言って、エドワードはルイーズの背中をボンッと手で押し、歩けと誘導した。
それをきっかけに意を決したルイーズは、大きな扉に向かってゆっくりと歩きだした。
だが、いつも風を切って歩くエドワードが、自信なさげにへっぴり腰で歩いているのだ。
……自分の体が、何とも情けない動きをするのを見たエドワード。
もう見ていられないと、赤くしたルイーズの顔を両手で覆った。
そんな2人が屋敷へ入るなり、家令のマルロが立っていた。
ハッとするルイーズは、自分はどこで見られていたんだと理解が追い付かない。
何が起きたのかと、左右をキョロキョロ見回し始めた。
それを見たエドワードは、「だから伝えただろう」との意味を込めて、冷めた視線を向ける。
それは、エドワードにとってはいつものこと。門番から知らせを受けた家令が扉の前に立っているだけの話。
「お帰りなさいませ」
自分の方を見て、出迎える家令のマルロ。それを見て、ゴクッと唾を飲むルイーズ。
グレイヘアの知らない人物が、さもさも当たり前に自分に話しかけてきた。
躊躇う彼女の様子に気付き、エドワードは彼女を肘で小突いて「返事!」と合図を送る。
「ああ……」
エドワードの低い声が妙に弱弱しく、怪訝な顔を向けられている気がする。
だが、そんなことを気にしていられない。長くいればボロが出る。そう思ったルイーズは、見えている階段へ一目散に向かった。
2階へ着くと、遠くにメイドの姿があった。
でもそんなことはお構いなしだ。事前に教えてもらった部屋の扉を、ルイーズをサッと開いた。
「ウソでしょう……。何これ……」
彼の部屋に入ってからも、この空間が1人の専有スペースとは思えない広さに青ざめる。
びっくりしたルイーズは、バタバタと走り回って確認を始めた。
広いリビングには足を伸ばして座れるソファーが2つ、それがL字に置かれ、執務用の大きな机もある。
次々と扉を開ければ、何故か大きなベッドが置かれた寝室が2つもあるのだ。
その上、片方の寝室にはシャワー室まで付いており、1人でこんなに要らないでしょうと、顔を引きつらせる。
それとは別にある広い浴室は、何人で入るつもりの浴槽だと、ルイーズは顎が外れかけている。
「聞きたいことはないか?」
エドワードがルイーズに問い掛ける。
質問……。そんなものはルイーズに浮かんでもこない。
部屋を見て回ったが、さっぱり理解ができないのだ。
それなら、なるようにするだけだと諦めた。
「ないけど、疲れたわ……」
そう言ってソファーに腰掛けた、ルイーズは、次第にソファーの上で猫のように丸まり、伯爵家のことを考え始め、感じる不安と静かに戦っていた。
「信じられないな、お前は男の部屋で、瞬時にくつろげるんだな……。まあいい、お前はそこで休んでいろ。俺は少しだけ仕事をする」
そう言って、木製の大きな机に向かって座り、何かを始めたエドワード。
彼は、王宮の仕事を休むために、何通か書面にしたためていた。
頻繁に顔を合わせている国王陛下を相手に、適当なウソで仕事を休むのだ。
簡易な文書では信用されないだろう。
日頃の自分の行動を思い返せば、自分の機嫌が悪く、何かの冗談だと思われるはずだと頭を抱える。
少しでも信用度が増すようにと、エドワードは自分を証明する印章が必要だった。
それは、この部屋と王宮の彼の部屋にある。
けれど、どう見ても王宮の部屋に入れるわけがない。
色んな意味で話にならないため、この部屋で手紙を書く必要があったのだ。
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