1-3 チョコレート①
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エドワードは、ルイーズと別れてから、騎士の訓練場と少し離れた王宮にいた。
関係者以外の立ち入りを固く禁じている高位貴族たちの執務室が並ぶ通路。そこを通り、自分の部屋へ向かう。
彼の部屋は、国の重要人物しか立ち入れない、厳重管理区画にある。
ここを警備する衛兵たちは、エドワードのことを文官だと認識していた。彼自身が持っている爵位はない。
だが、「宰相の息子であり次期侯爵だから部屋があるのだろう」と、彼が毎日ここを通っても、大した疑問は抱いていなかった。
無駄に豪華な家具で整えられたエドワードの部屋には、自分以外誰もいない。
歩きながら皮の手袋を脱いだエドワードは、部屋に掛けてあった外套を羽織り、そのフードを目深までかぶった。
そして、緊張した表情のエドワードは、「ふぅ~っ」と、深いため息をついてから、救護室へ続く扉を開いた。
騎士候補生の訓練初日。
平時以上に、にぎわいを見せる救護室は、毎年恒例のこと。
エドワードと同じ職位の人間は他に2人いるが、今日は朝からいつもの何倍も働いたはずだ。
エドワードは、彼らが既に帰ろうとしている姿を目にする。
平民である他の2人の回復魔法師は、城で働く従者の格好で救護室側の出入り口から、むしろ堂々と出ていく。
そうしてしまえば、彼らが何者なのか見分けはつかない。
瞬時に、家名もない普通の町人に変わる。
もう1つの呼び名を知られたくないエドワードは、この日の救護室が、ある意味1年で一番緊張していた。
訓練初日に傷を負い、救護室に運ばれた者の中には、パニックを起こす人間も多い。
そんな彼らが、自分のフードに手をかけ、外さないかと気が気ではないからだ。
救護室に入ったエドワードは、知っている顔の存在に、ほんの少しだけ身を固くする。
特に今年は、先ほどまで彼自身もその訓練場にいたせいで、治療を願う騎士候補生の顔の印象が、なおさらに鮮明だった。
王家の紋章が入っている外套を着ている人物を見れば、救護室で治療を求める人々は、回復魔法師だと認識し首を垂らす。
エドワードは、無言のままけが人の肌に手を置く。
そして、少ししてから、その手で2回ポンポンと軽くたたくような合図を送り、その人物の治療を終えてその場を離れる。
エドワードは、けが人と会話も交わさず、顔も見ない。それだけで治療は十分に可能だった。
そして治療希望者は余計なことを言わずに、回復魔法師へ正しく敬意を示しており、それで十分。
この中で、会話は一切交わさない。
騎士試験を受ける者は、貴族の令息令嬢のみであり、大半の人物は、エドワードの顔と名前を知っている。
この部屋で顔を見られれば、すぐに素性を特定される確信がある。
……それなのに、スペンサー侯爵家の彼の顔を知らないルイーズに出会い、面食らったくらいだ。
エドワードは、ルイーズが伯爵家の令嬢だと聞いており、自分が声を掛ければ、彼女は大人しく帰ると思っていたが、当てが外れたのだ。
****
騎士訓練から6日目。
訓練が終わり、候補生が一斉に帰ろうと、休憩室はごった返していた。
ブラウン公爵家の3男のカーティスは、訓練後に食べるつもりで持ってきたチョコレートを見ている。
箱にはきれいに並べられたチョコレートが6粒。艶やかなそれらが、宝石のように光を反射している。
1つ1つ丁寧に作られたチョコレートは、見るからにおいしそうだ。
……それなのに、先ほどから、じーっと見つめられる視線を感じ、彼は箱からチョコレートをつまみ上げるのをためらっていた。
カーティスは、さてどうすべきかと、流し目で気に掛かる人物を見る。
やはり、まだ自分に強い視線を送っているようだ。
それは、ぐったりとしたルイーズが床で膝を抱えて座り、カーティスの手に持っている箱に興味を抱いているのだ。
ルイーズは、おしゃれなものを持っている彼なら、自分の聞きたいことを知っているだろうと、期待しているのだ。ルイーズは、爵位の高い彼へ声を掛けるのをためらい、大人しく見つめるだけだった。
意を決したカーティスが、声を掛けた。
「ルイーズ嬢、どうかしたの?」
自分の視線に気付いてくれたのだろうか? と、ルイーズはカーティスから、自分に話し掛けてくれ、少女らしいかわいい笑顔を見せる。
その、あどけない雰囲気がカーティスの気を引いた。ハッとした彼は、チョコレートの蓋をすぐに閉じた。
「あの、もし知っていたら教えて欲しいんだけど、アールグレイの茶葉を売っている店を教えて欲しいの」
「ああ、それなら知っているから、近いうちに連れていってあげようか?」
「ううん、わたしのために手を煩わせるのは申し訳ないもの、店の場所を教えてくれるだけでいいわ」
ルイーズが聞いたのは、最近貴族たちに話題になっている茶葉だった。
「角にある宝飾店は知っている? 王都の中で一番有名なところ」
「ごめん。場所も、店名も分からないわ」
「うーん。じゃあ、パン屋は分かる?」
「ごめん。多分どの店も分からないわ……」
カーティスが口頭で説明しても、街並みさえ分かっていないルイーズ。
深窓の令嬢が騎士試験を受けるはずない。おそらく、ルイーズは町に行ったことはないのだろうとカーティスは察した。
カーティスは、店名と店の場所を、あまり町の地理を分かっていないルイーズへ丁寧に教えることにした。
「ちょっと待ってて。今、紙に地図を書いてあげるから」
「わざわざ、ありがとう。助かるわ」
目をキラキラと輝かせて、彼が書き終えるのを、ルイーズは待っていた。
すると、想像以上の気遣いを受ける。
「はい、僕のサインを入れておいたから、これを見せれば丁寧に対応してもらえると思う」
「うわぁ~、すっごくうれしいわ。何も分からずに行って、門前払いされたらどうしようかと不安だったけど、これで大丈夫そうね。うふふっ、ありがとう」
ルイーズは、バッとカーティスの両手をとり、彼の腕をブンブンと振って喜びを伝える。
カーティスは、されるがままにポカンとしている。
先ほどまでぐったりと疲れた表情を見せていたのがウソのように、ルイーズはにっこりと満面の笑みを向けた。
思っていた以上に親切なカーティスの対応。
そのことがルイーズにとっては、この上なくうれしくなり、素直な感情を彼に伝えたのだ。
淑女として「はしたない」そんな感覚は、教育を受けていないルイーズはよく分かっていない。
そして、あまりにも疲れているルイーズが不憫になったのか、彼が食べようと思っていたチョコレートをそのままルイーズに渡してくれたのだ。
ルイーズは、チョコレートなんてものは知らない。
……だが、箱自体に重みがある。その上、開けて中を見れば、箱の大きさに比べ中身は恭しく並べられたわずか6粒。どうみても高級品。これを見たルイーズは、跳ね上がって喜んでしまった。
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