1-1 騎士訓練初日①
序章から読み進めて頂いた読者の皆様、ありがとうございます。
いよいよ本章の始まりです。
最後まで、宜しくお願いします。
王宮の騎士試験。
書類審査に合格した貴族たちが集う、実践訓練初日の朝。
王宮の駄々広い騎士訓練場。
これから半年間に渡る訓練に、ざっと集まった100人を大きく上回る候補生たち。
事前に支給された騎士服と靴だけは全員おそろい。みんな黒一色で統一されている。
候補生の点呼を取るため、騎士隊長が1人ひとりの名前を呼び上げているところだ。
「ルイーズ・フォスター」
「はい!」
名前を呼ばれ大きな声を出したのは、プラチナブロンドの長い髪を一つに縛った伯爵家の次女、ルイーズだ。
この試験が晴れて終わるころに、ルイーズは18歳になる。
菫色の瞳を潤ませ、感極まるルイーズ。
彼女は、まさか自分が書類審査に合格するとは思ってもいなかった。
ルイーズが騎士試験の願書を書く際、自分の婚約者の助言を聞き入れなかったのだ。
婚約者であるモーガンは、「剣技経験ありと記載すべき」と譲らなかった。
だが、虚偽申告をためらったルイーズの書類は「剣技経験ゼロ」と記載したのだ。
モーガンはこの試験を、「未経験者はお門違い」と認識済み。
ルイーズを騙し、彼女の紐を目指すホイットマン子爵家の三男は、何としてもルイーズに給金の良い騎士になってもらいたい。
その一心で、モーガンはルイーズへ「騎士試験は初心者でも大丈夫」と、適当なことを言って彼女を騎士試験に送り込んだ。
そもそも、騎士試験の書類審査に合格し、騎士の候補生になるのは「剣技の経験者」のみ。
この時点で書類審査は落第。……にもかかわらず、この国の宰相が間違って合格通知を送ってしまったのだ。
騎士隊長の点呼が終わり、いよいよ訓練の実践に進む。
騎士候補生とは違う階級章の付いた教官が、ルイーズの目の前に立つと、期待に胸を膨らませるルイーズは、キラキラと目を輝かせた。
「ルイーズ嬢、訓練中はこの剣を貸し出す。訓練後は所定の場所に各自で戻してから帰ってくれ」
「はい、わっ――」
――ガンッ!
教官からルイーズが剣を受け取った瞬間、鞘に収まったままの剣先が地面にぶつかり音を立てた。
あわや、教官の足の甲に落ちるところだった。
それを、教官が瞬時にかわして難を逃れた。
目を見開く教官が、思わず怒鳴り声を上げる。
「おい、気をつけろっ!」
だが、何が起きたか分からないルイーズは、きょとんと首をかしげた。
ルイーズは、重量のある剣を、自分が持ち上げられないことに、まだ気付いていないのだ。
教官から剣を受け取った周囲の候補生たちは、帯剣するために、手慣れた様子で腰に固定していた。
周りの動きを見たルイーズも、見よう見まねで試すものの、鞘に収まった剣が重すぎて、ベルトで腰に巻ける気がしない。
……試行錯誤の結果、取りあえず諦めた。ルイーズは、ここまでで既に汗だくだ。
剣が行き渡ったことを見計らい、騎士団長が号令をかける。
「各自相手を見つけて、練習開始」
その言葉と同時にルイーズの周囲から、他の訓練生はバタバタと一斉にいなくなり、広い屋外の訓練場に散り散りとなった。
……その場から動けもせず、ポツンと独り立ち尽くすルイーズが、慌てて振り返る。
すると、他の訓練生たちは、対になって練習をしているのだ。
その様子を見て、遅れをとったことに気付いたルイーズは緊張した表情を浮かべ、焦りを募らす。
ルイーズは分かっていないが、この訓練の参加者は、みんな剣技の経験者で貴族のみ。
日頃から、社交界で顔を合わせる間柄が集まっているのだ。
教官が指示しなくても、他の候補生は、自然と見知った相手と訓練に打ち込むのが、例年変わらない光景だ。
(ちょっと待ってどうなっているの? 剣に触ったことがない素人でも、1から教えてくれるんじゃなかったの……。だから合格したんでしょう。どうしたらいいのよ)
そう思いながらルイーズは、へっぴり腰でただオロオロするだけ。
その終始不審な動きのルイーズを目にしたのが、エドワード・フォン・スペンサーだ。
彼はスペンサー侯爵家の嫡男で宰相の息子。
間違った合格判定に気付いた宰相が、素人が訓練に参加することに不安を覚え、息子に「ルイーズ嬢を見張れ」と命令したのだ。
エドワードは、ルイーズがあまりにも素養がないことを察し、「それで騎士になれると思っているのか?」と、口を開けてあきれ返っていた。
馬鹿な令嬢に関わるのは、心底迷惑な話だが、宰相の依頼を嫌々ながらも受けてしまった。
エドワードは、このまま見ない振りもできず、声を掛けるために、致し方なくルイーズへ近づいた。
(重いわ、重すぎる。なのに、他の訓練生は、どうしてコレを片手で持って走り去ったのよ……)
青い顔のルイーズへ、エドワードが声を掛ける。
「お前、もしかして剣を持ち上げられないのか?」
「あなたは誰? 教官? わたしはフォスター伯爵家のルイーズよ。この剣、みんなのよりも重いんじゃないかしら」
真面目な顔のルイーズは、真剣な口調で語った。
見るからに訓練生の剣はどれも一緒だ。
それなのに、自分のことで精一杯のルイーズは、おかしな発言をサラリと言ったのだ。
ルイーズの言葉に耳を疑うエドワードは、こいつは正真正銘の馬鹿であほだと確信する。
もう彼の頭の中は、「早急にルイーズを、この危険な訓練場から追放する」、それだけだ。
この訓練では、騎士の見込みのある者に絞られるまで、手から剣を滑らせ、飛ばす訓練生もいる。
ボケッと訓練場の中に立っているだけでも十分に危険行為だ。
「俺は教官ではないが、お前は馬鹿か……。それ、お前の力が足りないからだろう。剣も持てないなら、もう帰れよ」
「駄目よ、わたしは絶対に騎士になるって決めているし、婚約者だって、それを応援してくれているの」
宰相に依頼され、朝から嫌々この場にいるエドワードは、この状況で婚約者の話を持ち出したルイーズを、軽蔑の眼差眼差しで見ている。
(コイツは婚約者に媚びているのかよ。鬱陶しい女……)
令嬢にしては背が高いルイーズは、大きなエドワードの胸位の高さまで頭がある。
身長は高く、一見すると体格に恵まれているかと思いきや、細腰で棒のような足。今にも折れそうなほどの手首が、騎士服の隙間から見えていた。
もう限界だ。エドワードは我慢できずに、ルイーズへ冷たく言い放った。
「そもそもどう見ても、お前には無理だろう」
「そんなことを言わないでよ。これでも、ちゃんと書類審査で合格したんだから、あなたに帰れと言われる筋合いはないわ。文句があるなら、わたしへ合格通知を送った偉い人に言えばいいでしょう」
(だから、その書類審査がそもそも不合格なんだよ。何にも分かっていないなコイツ……。文句なら今朝も宰相に言ってきたって)
エドワードに文句を言い終えたルイーズは、あなたのことなんて知らないと、ルイーズはプイッと背中を向けた。
……ルイーズが考えを巡らせた結果。剣を地面に置き、両手で柄を握ると、何とか鞘から剣を出そうとする。だが、いまいち引き抜けない。
「……はぁ~」
大きなため息をついたルイーズ。彼女は鞘から出すのは諦めて、そのまま剣を持ち上げようと必死になる。
剣を地面から10センチメートル浮かせただけで、手を大きくプルプルと震わせているルイーズを見て、エドワードは目が点になった。
「おい、意地張っていないで諦めろって。そんな細い腕では持てないだろう。何食ってんだお前」
「もう、あなたは失礼ね。お前じゃなくて、わたしはルイーズだから、そう呼んで。それに、わたしに構っていたら、あなたの練習ができなくなるから、気にしなくていいわよ」
「はぁぁーっ、お前、俺が構ってやっているのに、なんて言い分だ……。俺は、スペンサー侯爵家のエドワードだ。名前くらい知っているだろう」
そう言われてルイーズは、まじまじと、エドワードの顔を見る。
黒髪、黒い瞳のエドワードの整った容姿を、騎士服が引き立てていた。
端正な顔立ちの見目麗しい容姿。令嬢なら、これだけ目を合わせていれば、思わず頬を赤らめるだろう。
だが、婚約者に傾倒しているルイーズは、エドワードを見ても、浮かれた感情は沸いてこない。
……むしろ、その逆だった。
(そんなことを言われても、知らない……。そうだ、あの拾ったハンカチの人だわ。この人のせいで、アランの教科書がボロボロになったのよ。侯爵家なんだから、様くらい付けておけばいいのかしら。それにしても、うるさいわねこの人)
「エドワード様……。そう、じゃぁ、お互いに騎士の試験に合格するように頑張りましょう。わたしはあっちでやるわ」
そう言って、ルイーズはズルズルと剣を引きずって去ろうとする。
その彼女の手首を抑えて、エドワードはすかさず制止した。
「馬鹿、剣を引きずるな痛むだろう。今日1日だけ見ていてやるよ。今日中に剣を持ち上げることができなければ、明日は来るな。それと、騎士の訓練同士で様は要らない。そんなことを気にして、けがをされたら困るからな」
「分かったけど、エドワードは横にいなくていいわよ、1人でやるからっ!」
「はぁぁーっ、何言ってんだ! お前に拒否権ねえよ、馬鹿」
「はぁぁーっ、勝手について来ないでよ! うるさいわね」
「はぁぁーっ」
訓練生の掛け声でにぎやかな訓練場に、1組だけ、いがみ合う声を響かせるルイーズとエドワードの姿があった。
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