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【EP.9】残り物には福がある


 床も天井も認識できない空間だが、彼女は確かにそこにいた。銀の錫杖片手に。

「聖女様、ご無事だったんですね!」

「よかった。アシュレイも元気みたいね」

 お互いの無事を確かめ合い、すぐに状況確認に移る。

「先ほどまで、おそらく聖女様の記憶と思われる幻を見ていたのですが……」

「ああ、アシュレイも見たのね」

「ということは聖女様も?」

 頷くマリナ。

「あたしの場合、すぐに腹立って叩き壊してから、うっすら聞こえる声を追ってここまで来たのよ」

「おぉう、迅速な対応さすがです」

 聖女の冷静さと早急な決断に感服した。

「それで、ここってなんなのかアシュレイならわかるかしら?」

「おそらく、幻想術の一種だと思います」

 自身の考察を述べる。

「幻想術?」

「幻術師の分野なのであまり詳しくないのですが、被術者の精神に人為的な負荷を与えて、強制的に夢を見せている状態……でしょうか」

 専門の範囲ではないので、声が尻すぼみになる。

「夢にしては、お互い同じものを見ていたのよね。変な話」

「今回強制している夢が、聖女様の記憶を元にしたから、だと思います」

 マリナがあからさまに嫌そうな顔をする。

「あの女がやりそうなことね」

 彼女は腕を組んで辺りを見回す。少し考えて――

「それじゃ、実際のあたしたちは寝てるってこと?」

「そうなりますね。できるだけ急いで目を覚ましましょう」

 状況が悪いのは変わりない。一刻も早く意識を取り戻さないと。

「わかった。それで、どうすればあたしたちは目を覚ませるの?」

「外からでしたら、魔術陣の消去などで対応できますが……」

 内側から打破するのは難しい、と続けた。

 お互い押し黙る。

 幻想術の中にいながら、これが幻であるという認識ができている時点で奇跡だ。聖女の成せる業なのか、あるいはただの偶然か。

 どちらにせよ、自分の意志で動けるのに、現状なにもできないのがもどかしい……

 ――カリカリ。

 乾いた、引っ掻くような音が微かに聞こえた。

「今、なにか?」

「あたしも聞こえたわ。あっちね」

 マリナとともにそちらへ向かう。

 道どころか地面すらもないこの場所でも、不思議と進行していると感じられる。

 ――カリカリカリ。

 音は大きく、確かなものになる。

「……あの白い線、なに?」

 マリナがはるか先を指差した。

 目を凝らすと、縦に数本の線が浮き上がり、見ている間にも増え続けている。

 引っ掻き傷のような――まさか。

「あの子だ!」

 叫んだ。

 その瞬間、白線から光が溢れ、私たちは飲み込まれた。

 光の濁流に押し出される刹那、それは聞こえた。

 ――ニャア。


  ◆  ◆  ◆


 頬に、ざらざらとした湿り気を感じる。

 目蓋を押し上げると、三つの瞳が眼前に迫っていた。

「イビルキャット……」

 重い腕を伸ばして、頭を撫でる。よく見るとその子の手が赤黒い。怪我かと思ってギョッとしたが、床に描かれた魔術陣の一部が削られているのが目に入った。

 倒れた召喚者の周りで試行錯誤していたのだろう。部屋の小物がそこかしこに散らかっていた。

「……うう、二日酔いみたい……」

 額を抑えながらマリナも身を起こした。

 不快感を押しのけ、どうにか二人とも立ち上がる。

「アシュレイ、あたしたちどうして……?」

「この子のおかげですよ」

 肩に乗った三つ目の黒猫を示す。

「そうだったのね。ありがとう」

 柔らかく微笑んで、召喚獣の頭を撫でるマリナ。すぐに表情を引き締め、錫杖を握り直す。

「どれくらい経ったのかしら」

「ロウソクを見る限り、まだ日中前でしょうか」

 部屋を照らす燭台に目を向ける。

「バカより先に、あの女を見つけた方がよさそうね」

 イビルキャットを還している間に、マリナが《巧導の羅針盤》を浮かべる。針は一点を差して止まった。

「行きましょう」

「はい、聖女様!」

 甘ったるい空気に満ちた部屋を飛び出し、私たちは廊下を進んだ。


 階段を駆け上がり、たどり着いたのは客室らしき扉。華美な装飾が目立つ、上流階級向けの部屋だろう。

 マリナはためらいなくドアノブを引いた。

「あらぁ、せっかく素敵な夢を見せてあげたのに、もう起きてしまったの?」

 金色の髪が揺れ、ヘンリエッタが振り返った。甘い匂いが漂う。

 真っ赤な絨毯が部屋の隅まで敷かれた、真四角の部屋。家具や調度品はなく、唯一中央に鎮座する豪奢な椅子の上に――

「ゆ、勇者様……?」

 意識がないのか、背もたれに体を預けたまま目を閉じて静止していた。こんなに静かな勇者様を見たのは初めてかもしれない。

「あのバカがずいぶん大人しいと思ってたけど、人を寝かしつけるのが得意みたいね。ヘンリエッタ」

「まぁ、名前を覚えていただけるなんて光栄だわ。ふふ」

 聖女の皮肉を微笑みながらかわす女。

 銀色の錫杖の先端をヘンリエッタに向け、聖女が詰問する。

「結局なにがしたいのよ、あなたは?」

「まだそんなことを気にしていたの? でも、そうねぇ。優しい思い出を振り切ってまでわたくしに会いにいらしてくださったものね。語らないのは不躾かしら」

 ヘンリエッタが手袋を外し、眠ったままの勇者の黒髪を撫でる。

「……ねぇ、わたくしって、天才でしょう?」

 視線だけをこちらに向けながら問いかけてきた。

「それで?」

「稀代の才能に秀でた美貌、そんなわたくしでもぉ……一人じゃなにもできないの」

 妖艶で、余裕溢れる態度を崩さなかった彼女の表情が曇る。

「権力も財力も、いつも男たちの持ち物。それは別にいいの。ただ、いちいちそれに頼らないといけないのは本当に、本当に――億劫だった」

 顔を歪めて吐き捨てた。

「結局、わたくしの名前なんて、歴史の海に沈むだけ。いずれ忘れ去られるのは避けられない。そんなの、絶対にイヤ」

 彼女が右手を掲げた。

「だったら、この世界が忘れられないほどのことをしてあげればいいのよ」

 ヘンリエッタの手のひらが床に向けられる。直後、絨毯が赤い炎の輪を広げた。

「アシュレイ!」

 聖女が私の服をひっつかみ、ドアの外へ駆け抜けた。開け放たれた入口から、熱気が背中に吹き付ける。

「聖女様、勇者様が!」

「どうせあいつは死なないわ! それよりも……」

 燃える室内に目を凝らす。そこに佇むのは金色の髪の女。そして――

「――! 聖女様、床に!」

 絨毯が燃えて灰になり、その下に描かれていた赤黒い文様があらわになる。

 炎の勢いが収まると同時に、魔法陣の模様がほのかに光り出す。

「ヘンリエッタ、あなたなにを……!」

「わたくし、世界に名を残す【悪女】になると決めたの。世界が望む【勇者】と【聖女】、その道を阻んだ唯一の存在として!」

 彼女の宣言に呼応するように、陣から風が吹き荒れる。腕で遮りながらも薄く目を開け、あることに気付いて私は声を上げた。

「あれは、召喚陣です! なにか呼びだすつもりです!」

「呼ぶって、なにを?」

「よく見えな……くっ」

 風向きが急に逆になる。バランスを崩すが転ぶのは避けられた。召喚陣の中央に吸い込まれているのは大気だけでなく、周囲の魔力だと理解した。

 けれど――

「こんな膨大な魔力、いったいどこに……?」

 呟いた疑問に答えるように、ヘンリエッタが歓喜の声を上げる。

「ああ! やっぱりここに来て正解だった! ここはかつての戦いの中心地、ぶつかり合って堆積した魔力が残り続けている場所」

「八百年前の、戦いの地……!」

 そうだ。この円形の湖は、八百年前に召喚された勇者と聖女が、その時代の使徒を討ち果たした跡地。当時の戦場は湖の底深くに沈み、誰も立ち入ることなく時が過ぎていたのだろう。

「さあ、【勇者】を媒体においでなさいな。今代の【使徒】よ」

 うっとりしたようにヘンリエッタが呼びかける。

「使徒……って……」

 とんでもない。

 使徒は魔神によって呼びだされる存在だ。自分たちの世界を脅かす者を、自分の意志で呼びだすなんて……

「狂ってるわね」

 同じようなことを聖女も考えていたようだ。

 がくん、と足元が揺らぐ。高波に船が揺られていた。

「これ、他の乗客も危ないんじゃないの?」

「船が転覆したら大変です!」

 重心を低くして振動に耐えていると、遠くから乗員のざわめきが聞こえた。

 その間にも収束した魔力が召喚陣の中心に集まる。中央の勇者を主軸に集まっているように見えた。

「くっ!」

 聖女が杖を向ける。空間に亀裂が走り、陣へと向かっていく。が、耳障りな音を立ててそれは弾かれた。

「ふふ、うふふふ、あはははは!」

 女の哄笑がこだまする。魔力の風に髪を掻き乱されたまま、ヘンリエッタは笑っていた。

 なんとかしなければ。けれど、身体から魔力が奪われているのを感じる。この状況を打破できる召喚獣は見当がつかないし、呼びだす猶予もない。

 どうすれば。どうすれば――


 黒い影が走り抜けた。

 私たちの背後から、薄茶の髪の男が乱入してきた。魔弾のようにまっすぐヘンリエッタへ向かい、小手の付いた拳が彼女のみぞおちに食い込む。

「……ッ」

 声も出さず苦悶の表情を浮かべ、危害を加えてきた相手をにらみつけるが、直後に全身が虚脱する。

 男は脱力したヘンリエッタを一度支え、焦げた床に横たえる。

 術者の意識が途絶えたからなのか、周囲に吹き荒れる風が収まった。

 男の言葉が漏れる。

「対魔術の障壁は厚いものだったが、物理面は脆かったようだな」

「あ、あなたは……」

 男の背に声を掛ける。立ち上がり、振り返ったその顔には見覚えがある。

「もしかして、同じ馬車に乗ってた人?」

 マリナも思い至ったのか、男に問い質す。

 しかし彼は鋭い視線を部屋の中央――椅子に座るトシヤに向ける。

 つられてそちらを向けば……


「あぁ~、トシヤさん! こんなところでも会えるなんて、やっぱりわたしたちってウ・ン・メ・イ、なんですね!」


 甲高い声が耳に飛び込んでくる。と同時に――

「……………………はぁ?」

 地獄から響くような怒りの重低音。

 場違いなほどに上機嫌な黄色い声には、残念ながら私にも覚えがあった。

「まさか――」

 正面ととなりを交互に見やる。

 椅子に眠ったままの勇者。その頭を豊満な胸元に押し当てて満面の笑みを浮かべる若い女。すぐ横の修羅。

 風が止んだのは術者の意志が消えたからではない。

 召喚が――成功してしまったんだ。

 緩く巻いた茶色の髪に、黒い革製の……少々目のやり場に困る、少ない布地の衣装。その背には真っ黒なコウモリのような羽が生えていた。

「はぁ~? 鬼嫁さんもいるのなんでです?」

 腫れぼったいタレ目が聖女に向く。

「こっちの台詞よ」

 奥歯をギリ……と噛み締めながらマリナが言葉を漏らした。

 次の瞬間。迷いなく《天理の杖》を正面に掲げ、空間のひび割れが女の元に収束する。耳をつんざく音が辺りに響いた。

 しかし――

 その衝撃は、女がふらりと挙げた片手に防がれる。

「な……!」

 マリナが目を見開く。

 それとは対照的に、女は自身の手をしげしげと眺め、なにかに思い至ったようだ。

「もしかしてわたし、めっちゃ強くなってます? ラッキー!」

 羽を羽ばたかせながら、トシヤの膝の上で楽しそうにはしゃぐ。

 鼻息の荒いマリナが再び敵を見据え――

「冷静になれ、聖女。相手のすぐそばには勇者がいるんだぞ」

 黒服の男が落ち着いた声で宥める。

「いるからやってんのよ」

「ど、どういうことだ?」

「残念ながらそういうことです」

「どういうことだ?」

 男の声に動揺が混じる。私の補足にも同じ返答をされた。

「どこまでも面倒な女ね、ヒメコさん」

 マリナが怒気も隠さず名前を呼ぶ。

 ヒメコ――幻の中で見た、マリナがトシヤに対して敵意を向ける原因になった存在。少なくともマリナの記憶での情景を見る限り、穏便な話し合いは困難だと思われる。

「うん? ああ、なるほど、そういうことですか」

 ヒメコがなにかに納得したのか、一人うんうんと頷いている。

「おそらく、聖女様たちと同じく、前提知識が付与されたのだと思います。魔神の【使徒】として」

 マリナに状況を説明する。

「つまり、あの女は――」

「明確な敵ってことですね」

 マリナの言葉をヒメコが次ぐ。

 両者の視線が交わる。見えない火花どころか爆炎が散って見えるようだった。

「――なにか来る」

 黒衣の男が辺りを伺い、腰の剣に触れた。こちらもキョロキョロと見回す。

『【使徒】様!』

『お迎えに来たぜ!』

 ヒメコの左右に黒煙が渦巻く。宙に表れたのは黒い翼を持つ――

「あらぁ! イケメン!」

 状況を把握する前に、ヒメコの歓喜の声が上がる。

 整った顔立ちに尖った耳。灰色の肌に礼装を纏っている二人の男。スレンダーながら威圧感を感じる。

「魔族……」

 無意識に言葉が漏れた。

 世界の裏側に封じられた魔神を信奉する種族。魔神とともに裏側へと居住を移し、人間が生きる表側の支配を望む者たち――そう聞いている。

「マゾク?」

「魔獣よりも魔力濃度が高い種族で、魔術の技量は人間よりはるかに優れています。表の世界にいることは稀で、かつては交流がありましたが、今はほとんど断絶されています」

「つまり?」

「敵です。今の状況では」

「そう。わかりやすくて助かるわ」

 言い直すと、マリナは納得してくれたようだ。

『使徒様、少々経緯は異なりますが、顕現のほど、大変喜ばしいことと――』

(こっち)にいると魔力がどんどん削れていくから、一度(あっち)に帰ろうぜ』

 礼儀正しい魔族の言葉を、軽い口調の魔族が遮る。前者が軽口魔族をにらみつけるが、すぐにヒメコに向き直った。

『お迎えの準備も整えております。一度、我々とともにお越しくださいませ』

「えー、どうしよっかな~」

 唇に指を当てて小首を傾げるマリナ。

『ご要望があれば、なんなりと』

「あっ、じゃあ一人連れてってもいいです?」

 ヒメコが挑発するようにマリナに視線を向ける。

「あんた、まさか……!」

「運命の人は一緒にいないとだめじゃないですか~。ねっ、お願いしますね」

 ヒメコの希望を聞いて、魔族の片割れが恭しく頭を下げる。

『かしこまりました』

 瞬間――

 黒煙に視界が阻まれた。部屋をすべて覆うような、闇色の濁流。

「うわっ! 聖女様、大丈夫ですか!」

 すぐとなりにいたはずのマリナの姿すら見えない。

「アシュレイ、あいつらあのバカも連れて行く気よ!」

「そんな……」

 勇者を追ってここまで来たんだ。目の前にして取り逃がすわけにはいかない。

 自分の方向感覚を頼りに、勇者のいたであろう方向に手を伸ばす。

 しばし宙をさまよった手のひらは、なにかしらの布地を掴んだ。それを離さないよう強く握っていると、徐々に黒い煙が晴れてきた。

「――驚いた。お前か」

 頭上から降ってきた低い声に顔を跳ね上げる。

「あ、あれ、勇者様じゃない?」

「勇者はあっちだ。危うく切り捨てるところだったぞ」

 どうやら手にしていたのは男の外套だったようだ。彼の指の先を見ると、椅子の上で舟をこいでいるトシヤの姿があった。

「あ、あれ? 勇者様がいる……?」

 静寂を取り戻した周囲を見ても、使徒と魔族たちの姿はすでに消え失せている。

 彼らの会話から、トシヤが連れ去られると思っていた。

「勇者様はご無事のようです。よかったですね、聖女様!」

 理由は不明だが、本来の目的である勇者の身柄の確保はできそうだ。安堵の気持ちをマリナに伝え――

「…………あれ?」

 返答はなかった。

 決して広くない正方形の部屋。焦げ臭い床。黒服の男に、倒れたままの金髪の女。部屋中央の椅子で眠る勇者。

 いない。

「せ、聖女……様……?」

 駆けだした。

 開いたままの部屋の扉を通り抜け、廊下を見回す。

「聖女様!?」

 いない。

 さらに先へ進もうとしたが、誰かに肩を抑えられる。

「落ち着け。難しいだろうが、冷静になれ」

 黒服の男に諭されるが、押し寄せる不安に身体が震えていた。

「な、なんで聖女様がいないんですか? どうして、なんで――」

「しっかりしろ召喚士ッ」

 両肩を掴まれ揺さぶられた。

 強い語気。以前にも、クラレンスに同じように言われたことを思い出した。

 少しだけ思考がクリアになる。

「あ……」

 なにか言おうとすると、鼻の奥がつんとして涙がこみ上げてきた。

 自分の不甲斐なさが本当に腹立たしい。

「うう、なんで……なんで前も今も、私は、なにもできないのか……」

 視界が歪む。袖口で顔を拭った。

「今の状況は想定外過ぎる。一度体勢を立て直すぞ」

 男は周囲を見回すと、部屋の中で横たわるヘンリエッタを肩に抱えた。

 その光景をぼんやりと眺めているとき、ふと疑問がよぎる。

「……あの、あなたは誰なんですか?」

「俺は――」

 男が言葉を選んでいるとき――気の抜けた音が割って入った。

「へぶぢっ」

 くしゃみの勢いで頭が揺れ、椅子から転げ落ち床に額を打ち付ける。

「いってぇ! な、なんだぁ?」

 寝ぼけ眼に半開きの口。まだ目覚めきってないまま、その視線はこちらを捉える。

「え、あれ、なに、この状況?」

「勇者様……」

 呆れなのか諦めなのか、自分でもよくわからない呟きがこぼれた。


  ◆  ◆  ◆


「もー、なんでトシヤさんじゃなくて鬼嫁を連れてきちゃうのよー!」

『申し訳ありません使徒様ァ!』

『だって視線の先がそっちだったから……!』

 長身の男二人が腰を九十度に曲げ、一心不乱に謝罪していた。

 豪奢なソファにうずまり、脚を組んだヒメコ。頬を膨らませていたが、すぐに気を取り直した。

「まあいっか。愛し合ってれば絶対また会えるもんね」

 右手を一振りする。

 ネイルの色が一瞬で変わり、色合いをまじまじと眺めて満足そうに頷いた。

「この色もかわいい~! 便利ね、魔法って」

 一人はしゃぐヒメコに、おずおずと魔族の男が問い掛ける。

『ところで使徒様、あの聖女はいかがなさいましょう?』

『殺すか?』

 聖女――マリナの姿はここにはない。

「そういえば、あの女どこ行ったの?」

『魔封じの牢に閉じ込めております』

「ふぅん」

 返答を聞いて、顎に指を添えながら思案する。

「あの女の生死はどうでもいいけど、素敵な舞台の観客になってもらいますかね」

 嬉しそうに画策すると、不敵な笑みを浮かべた。


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